08-09:「分かりました。姫殿下」

「ルーシア・シュライデン……、いやルーシア・シュトラウスだな?」


 歩み寄ってきたギルにその名を呼ばれてルーシアの面に緊張が走った。


「どうしてその名前を……」


 見上げた先にある男の顔には、おぼろげな記憶があった。


「確かロンバルディ家の……」


「覚えて戴き恐悦至極に存じます」


 ギルは先程ポーラが口にした言葉をそのまま繰り返した。


「汎銀河帝国第十皇子ギルフォード・ロンバルディ・ベンディットにございます。ルーシア姫殿下」


「私は姫などでは……。それよりも早くポーラを!」


「私に斬りつけたのは、この男です。ルーシア。だからこの男は私を助けるつもりなど毛頭ありません」


「そんな……」


 狼狽えるルーシアにギルは好機を見いだしていた。


「いえいえ、結果的に怪我をさせてしまったものの、これは彼女を危険から救うために役無く行ったものです。なにしろ彼女は自分の身体に爆弾を括り付けて、私ごと爆発させようとしましたからねえ」


「そんな、なぜ……」


 そう問いかけようとしたルーシアだが、すぐに答えに思い至った。


「私が、シュトラウスの娘だからですね……」


「それは違いま……」


 言いかけたポーラを遮りギルが言った。


「そうだ、その通りだ。ルーシア・シュトラウス。あなたが前皇帝ヘルムートの孫娘だから、彼女はこうして死にかけているんだ」


「違う、違います! 気にしないで、ルーシア。私は父が、シモン家がグレゴールから受けた屈辱を晴らそうとしただけ……。ただの個人的な復讐です」


「そんな事はどうでもいいんです!」


 ルーシアは毅然として声を挙げた。


「私はポーラに死んで欲しくない。だからお願いします、ポーラを助けて。あなたが誰でも構いません。ポーラを助けてください」


 そうギルに懇願した。


「分かりました。姫殿下。応急処置はいたしましょう」


 ギルはそう言うとポケットに手を突っ込んだ。


 通信機か救命用具を出すものだと思ったルーシアだが、そこから出てきた物の正体を察してギルから離れようとした。しかしポーラを抱えているルーシアよりも、ギルの行動の方が一瞬早かった。ギルの手に握られたスタンガンがルーシアに触れた。


「……あ!? な、何を……」


 スタンガンと言っても、昔のような高圧電流によるショックだけに頼ったものでは無い。


 即効性の麻酔薬も併用しており、安全且つ瞬間的、そして失神している時間もある程度は調整できるという代物だ。


 ルーシアはポーラの横に、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


「おい、スミス。お姫さまを運べ。それとゲート付近の状況はどうだ?」


「戦闘は続いています。まだ突破はされてないようですが、あそこを通って区画外へ出るのは無理と思われます」


 カートから降りたスミスはそう言いながら倒れているルーシアに歩み寄ってきた。


「ふ~~ん……。おい、学園長先生よ。ここからVIP用の避難船デッキに行くには、どうしたらいいんだ? 偉いさんの娘を優先的に避難させる事もあり得る。ノーブルコースの敷地内から行けねえって事は無いよな」


 カートの方へ戻りながらそう言うギルに、学園長は慌てて情報端末を操作した。


「え、はい。それは当然ですが……」


「ルーシア……、ルーシアさま……」


 出血は止まる気配が無い。血の気の失せた顔で、ポーラはルーシアを渡すまいと、その身体に覆い被さった。


「すまんな」


 スミスはそう言うといとも簡単にポーラの身体を持ち上げどかし、ルーシアをだき抱えた。


「お願いです、ルーシアさまを連れて行かないでください……。お願い、私はどうなってもいいですから……」


 スミスの足にすがりつきポーラはなりふり構わず懇願した。


 スミスはそんなポーラをふりほどくと、ポケットから何かを出し目の前に放った。応急用の止血キットだ。止血帯や止血剤、鎮痛剤がセットになっている。


「殿下の約束は守らせて貰う。急げ、それ以上の出血は命に関わるぞ。出来るだけ動かぬようにして助けを待て」


 それだけ言うと、スミスはルーシアを抱えたままカートの方へ向かった。


 こんなもの……! 敵の施しなど……!! 


 一時はそう思ったポーラだが、ルーシアをこのままにしておくわけにはいかない。スカーレットに連絡を取れば、ミロが何とかしてくれるかも知れない。まだここで死ぬわけにはいかないのだ。


 ポーラは血の気が失せていく震える手で止血キットを取った。

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