08-08:「役に立たねえ連中だ」

 高級別荘のような寮の前には、一人の女子生徒が立っている。


 黒い髪をポニーテールにまとめた少女だ。それがルーシアでは無い事は一目でわかる。ルーシアの髪は亜麻色、そして幼い頃に会っただけのギルにも、少女の面立ちが違うとすぐに分かる。


 緊急事態だ。すべての生徒は避難しているはず。それを無視してこの女子生徒はルーシアの寮の前で立っているのだ。


 その女子生徒がどういう役目を帯びているのか。ギルにはおおよその想像が付いた。


 ルーシアの寮の前でカートを止めさせると、ギルは拳銃を手に取り降りた。そしてスミスに振り返ると言った。


「ゲートの方を監視していろ。テロリストたちが突破してきたらすぐに報告だ」


「はい」


 スミスは黒いスーツのポケットから折りたたみ式の電子双眼鏡を出すとゲートの方を監視し始めた。


「あ、あの私は……」


「待っていろ!」


 学園長にそう言い放つとギルは寮の方へ歩き出す。


 道路と入り口は緩やかな傾斜路で結ばれていた。女子生徒はドアの前に立っていたが、ギルが近づいてくるのを見て、数歩歩み出してきた。


「ギルフォード・ロンバルディ・ベンディット殿下であらせられますね」


「おう、あらせられるぜ」


 からかうようにそう言っても、少女はにこりともしない。少女は跪き頭を垂れていった。


「申し遅れました。私ポーラ・シモンと申します。殿下はご存じないでしょうが、ジョルジュ・シモン元男爵の娘でございます」


「ふん」


 ギルはポーラの言葉を鼻先で笑い飛ばして言った。


「ああ、シモン男爵か。いや元だったな。俺の親父が爵位を取り上げたんだよな、確か。シュトラウス家の肩を持ったという理由でな。まったく親父もケツの穴が狭いよな」


「覚えて戴き恐悦至極に存じます。それならばお話が早くなりましょう」


 頭を垂れたままでポーラは言った。


「あぁ、親父のケツの穴が狭い事か?」


「いいえ、我が一族の存続についてお話があります」


「ほぉ、ルーシアを売るつもりか」


 にやにやと笑いながらギルが顔を近づけたその時だ。ポーラは隠し持っていたナイフでいきなりギルへ切り掛かった。


「生憎と、そう来るのも存じ上げていたさ!」


 ギルはナイフの切っ先を避け、ポーラの手首に特殊合金の銃身を強かに叩き付けた。


「く……!」


 ナイフを取り落としたポーラはそれでもギルにしがみつこうとする。ギルは地面に落ちたナイフを拾い上げ、ポーラのスカートを捲って言った。


「そしてこっちの物騒な代物も存じ上げているぜ!!」


 スカートの下、ポーラの太ももにはベルトが巻かれ、そこには手榴弾が数個、止められていたのだ。しかも起爆ピンは抜かれている。


 ギルは手にしたナイフをポーラのふとももに突き立て、その下の肉ごと手榴弾が巻かれたベルトを切断した。


 興奮状態で痛みを感じないのだろう。ポーラは手榴弾を奪い返そうとするが、ギルはそれを遠くへ放り投げた。


 手榴弾は地面に落ちると同時に爆発した。それは二人を木っ端微塵に吹き飛ばすほどの破壊力は無くても、致命傷を与えるには充分な威力があっただろう。


「ポケットにナイフが入ってるのは見え見えだ。それだけで俺を殺せると思ってないだろうが、そういう奴らが考える事は大体想像が付く。自分が犠牲になれば何とかなるだろうと、安易に自己犠牲とやらに飛びつくんだ」


 ギルのその言葉にポーラは無言で唇を噛みしめた。


「まったく、ノーブルコースの生徒がこんな物騒なものを持ち込むなんて、どうかしてるぜ。学園長さんよ!」


「は、はい!」


 カートの方を振り返りそう言ったギルに、学園長は裏返った声で返答した。そのギルに双眼鏡を降ろしたスミスが報告した。


「ゲートの内側で銃撃が始まっています。完全に突破されたわけではなさそうですが、時間の問題です」


「まったく、役に立たねえ連中だ」


 その時だ。寮の方からドアの開く音と声が聞こえてきた。


「ポーラ、一体何があったのですか? それにこの人たちは……」


「ルーシア、来ては駄目です! 逃げて、逃げてください!!」


 出血が収まらぬ足を押さえながらポーラは叫んだ。


「ポーラ!!」


 ギルが振り返ると、ドアから出てきた少女がポーラに駆け寄ってきた所だった。亜麻色の髪をした少女。


 間違いない、ルーシアだ。


「ポーラ、この怪我は……。一体何が……」


「逃げて、逃げてください。ルーシア、お願い。逃げて……」


 懇願するポーラだが、ルーシアはそれに構わず抱き起こした。


「酷い怪我……。今お薬を持ってきます。いえ、お医者さまをすぐに呼んできますから!」


「駄目です、逃げて!」


 ポーラは繰り返すが、ルーシアには逃げるつもりなどまったく無いようだ。

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