07-06:「側に居させて下さい」
「ポーラ?」
ノーブルコースの寮も一部屋という扱いながら実質は一軒の屋敷だ。ルーシアは硬い表情で自分の部屋に入ってきたポーラに怪訝な顔を向けた。
「どうしたんです、ポーラ。今は緊急事態です。全員自室で待機せよとの先生方のご指示ではありませんか?」
「側に居させて下さい」
ポーラのその言葉だけで、ルーシアは何かを察したようだ。整った顔立ちに陰りが差す。
しかしすぐさま真剣な面持ちになると、ポーラの傍らに歩み寄り尋ねた。
「何かあったのですね?」
ルーシアもノーブルコースに在籍する他の生徒同様、詳しい状況は聞いていない。
ただ学園宇宙船に危険が迫っており、ノーブルコースの生徒は寮の自室で待機と言われているだけだ。
「テロリストが侵入したそうです。現在、船内で交戦中との事です」
ポーラのその言葉にルーシアはわずかに眉をひそめた。
「……お兄さまかスカーレットから聞いたのですね」
しまった……。
ポーラは自分の浅慮を悔いた。ノーブルコースの生徒が、外部の情報にたやすく接する事が出来ないのは道理。
それを承知していれば、何者かがかなり強引な手段を使って連絡したに違いない。そう推理するのはたやすいはずだ。
しかしポーラはスカーレットから事情を聞くや、いても立ってもいられずルーシアの元へと駆けつけてしまったのである。
こうなったら隠していても仕方ない。ポーラは決心した。
「はい。スカーレットさまから連絡がありました。現在、ミロさまと一緒に学園宇宙船の管制室にいらっしゃいます」
「ポーラ、正直に答えてください」
ルーシアはポーラに顔を近づけると尋ねた。
「私が原因なのでしょうか?」
そう尋ねるルーシアの表情から哀しみと強い意思が伺える。やはりこの人は前皇帝の血を引いているのだ。
今さらながらポーラはそれを実感していた。
「情報が錯綜していて詳しい事は分かりません。実は先日、皇位継承権のある皇子が転入しており、侵入したテロリストはその男を狙っているようです」
「皇位継承権のある皇子? あの、それはどなたなのでしょうか?」
ルーシアの面に緊張が走る。ポーラはミロが皇位継承権を持つ皇子とは知らないはずだ。すると別の皇子が転入してきたのだろうか。ルーシアはまずそれを尋ねた。
「はい。ロンバルディ侯爵家のギルフォード皇子です。何でも色々と問題が多い方だそうで、一部の過激派を扇動する言動があったと聞いています」
前皇帝の血を引く娘と結婚して、シュトラウス王朝とベンディット王朝の統合を図る。なにしろ当の本人が目の前にいるのだ。ポーラはギルが言っていた事は伏せて置かざる得なかった。
「ロンバルディ侯爵家のギルフォードさま……。前に何度かお会いした記憶があります。何しろ子供の頃なので、良く覚えていませんが……。そうですか、あの方も皇位継承権を……」
ルーシアはそうつぶやいた。『あの方も』と口にしてしまったが、ポーラはその言葉を訝る余裕などなかった。
「とにかく今は危険です。私も念の為、ルーシアと一緒にいます」
「確かにポーラが一緒なら心強いですが……」
ルーシアは少し言い淀みながらも続けた。
「お願いです。決して無茶な事はしないで下さい。危なくなったら一緒に逃げて下さい。約束です」
「はい、もちろんですわ」
そう答えたポーラの手を取りルーシアは微笑んだ。
「有り難うございます。それでこそお友達です」
そんなルーシアに笑みを返しながらも、ポーラは後ろめたさを感じていた。
私はルーシアに嘘をついているのだ。
一緒に逃げるわけにはいかない。ルーシアに危険が迫るようならば、自分は彼女を守らなければならない。
文字通り、自分の命を賭けて。
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