07-07:「今のうちに状況報告の続きを」

 落ち着け。


 落ち着いてミロ・ベンディットを演じて見せるのだ。


 アルヴィン・マイルズは自分自身にそう言い聞かせていた。


 ピネラ中尉たち警備兵が、この場の指揮に自分を参加させたのは、皇子だからというだけではない。


 ナーブ辺境空域で偽辺境伯マクラクランを倒した英雄ミロだという理由の方がむしろ強い。


 彼等の期待に応えねばならない。


 いや期待云々を別にしても、このままではいたずらに学園宇宙船の被害を増やすだけだ。


 確かに学園宇宙船の生徒、学生、教職員や警備部隊に、個人的な恩義はまだ無い。だからと言って目の前で起きている蛮行を看過することも出来ない。


 それこそ英雄の名にもとる行為だ。


 出来るだけ被害を抑え、テロリストを排除する。


 決して楽な方法はない。


 困難な条件だ。しかしやり遂げなければならない。そしてやり遂げたあかつきには、アルヴィン・マイルズは、ミロ・ベンディットとしてさらなる評価を得るはずなのだ。


「メンテナンスの為に入ったパーセクの社員はどうしている?」


 出し抜けにそう尋ねたミロに、ピネラ中尉たちは怪訝な顔をする。そんなピネラ中尉たちにミロは重ねて言った。


「こちらが掴んだ情報ではパーセク警備保障は旧王朝派と繋がっている可能性がある。学園宇宙船が勝手に出港した原因や、船内全体の通信障害も奴らが仕組んだかも知れない。まずパーセクの社員を拘束して事情を聞き出して欲しい」


「先程、別室に移動させましたが、大人しくしているようですよ」


 監視モニターを見ながら警備兵がそう報告した。


「兵は誰かついているのか?」


 ミロの問いにピネラ中尉が頭を振った。


「いえ、監視カメラと自動ロックだけです。考えてみれば迂闊でした。このような状況ですので、兵士の一人も惜しかったもので」


 そう弁明してからピネラ中尉は命じた。


「誰か直接、行って様子を見てこい。必ず二人以上で行動しろ。小銃の使用を許可する」


 その命令に下士官が三人の兵士を指名。命じられた警備兵たちは急ぎ管制室を出て行った。


「今のうちに状況報告の続きを」


 ミロの言葉にピネラ中尉は肯き、大型ディスプレイを示しながら報告を続けた。


「300階層はA-11ブロックまで侵入を許しています。生徒、学生はすでに避難完了。少数の教職員が残っておりますが順次避難中。404階層ですが、通信途絶状態です。しかしながら敵の侵攻状況から推測して、攻撃を受けているとは思えません。確認は後回しにしています」


 別の士官が補足する。


「侵入してきた敵テロリストはそれほど重装備ではありません。対人制圧手榴弾を使って、徐々に侵攻しているようです」


「しかしいずれ対人制圧手榴弾も使い切るぞ。そうなるとテロリストたちはさらに強力な武器を使う。早めに手を打たなければ」


 ピネラ中尉や他の警備兵の報告を聞きながら、ミロは懸命に考えを巡らせていた。


 テロリストはすでに学園宇宙船の奥深くまで侵入している。ここまでの侵入を許したのはギルの無謀な命令もあるが、テロリストたちが数カ所から、それも予想以上の戦力で学園宇宙船に乗り込んで来た事だ。


 テロリストは六機の襲撃艇で学園宇宙船に接近。うち一機は突入前に対空砲火で撃墜。

 五機が突入。うち一機は退路の確保が任務なのだろう。学園宇宙船下部の発着デッキから動かずに交戦中だ。


 結局、突入部隊は四機の襲撃艇に乗っていた四〇人ほどの部隊。学園側の抵抗により被害を受けているが、それでもまだ三〇人前後は行動中。徐々に中央区画に接近している。


 ギルの命令通り、このまま中央区画でテロリストをおびき寄せ、そこで迎え撃つという選択肢もある。


 もっともその場合、ピネラ中尉が指摘したように、テロリストたちがさらに強力な武器を使い、中央区画全体に被害が広がる可能性がある。それになによりミロはテロリストたちを中央区画にあるノーブルコースの寮に近づけたくなかった。


 そこにはルーシアがいるのだ。テロリストたちのクライアントが旧王朝派ならば、ルーシアの拉致も作戦目的に入っていてもおかしくない。


 出来るだけ早く、可能な限り中央区画に近づけずに、テロリストたちを排除しなければならない。


 しかもピネラ中尉をはじめとする警備部隊、他の生徒、学生、教職員にはルーシアの事を気取られてはならない。


 ルーシアがシュトラウス家の血を引くこと、そしてこの襲撃が行われて原因である事を知られてはならないのだ。仮に今回の襲撃を排除できたとしても、ルーシアの出自が知れてしまうと、より危険にさらされてしまう。


 それだけは避けなければならない。


 どうする? どうすればいい?


 ミロは懸命に自問する。その面差しをピネラ中尉ら警備兵たちが見つめていた。


 ナーブ辺境空域の英雄ミロの手腕や如何に。学園宇宙船の危機もさることながら、彼等は軍人、兵隊としてそちらにも興味津々のようだ。


 そんな将兵たちの期待を裏切らず、そしてルーシアの事を気取られず、中央区画から少しでも遠くで、これ以上の被害を出さずにテロリストを排除する。


 これは難問だ。しかしこの難問を解かねばならない。


 落ち着け、何か方法があるはずだ。


 ミロはそう直感していた。まだ意識の表層に上がってこないが、ディスプレイに表示されている情報を見つめてると、何か勝算があると思えてきた。


 それは彫刻家が大理石を塊を見て、削り出すべき形を見いだすようなものだ。しかしだからといって彫刻家が常に望む形を削り出す事は出来ない。同じようにミロも何が有効な戦術なのか、まだ具体的に自分の直感をまとめる事が出来なかった。


『落ち着け、必ず何か方法があるはずだ』。ミロの、本当のミロ・ベンディットの言葉を思い出せ。


 敵の方からこちらに潜入してくれたのだ。勝手知ったる自分の家、それを生かさぬ手はない……。


 ミロの、いやアルヴィン・マイルズの思考は一年ほど前に飛んでいた。

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