07-05:選択せよ~Alternative

 ピネラ中尉はミロの真意を理解した。


 それを示すかのようにわずかに表情が緩む。


 血統などどうでも良い。そもそも現皇帝グレゴールからしてクーデターで皇位を簒奪したのだ。今さら何を血統に拘るのか。


 自分が支え、着いていくべき器量がある人間とは誰か。皇子だから、皇帝だから人が支え、着いていくのではない。


 優れた器量の持ち主が皇子となり、皇帝となるのだ。誰を選択するのか、それそのものが自らの価値をも決める。


 故に選択せよ。


 ミロ・ベンディットを名乗る少年はそう問うているのだ。


 いいだろう、少年。


 ならば選択しよう。覚悟は決まった。だかその前に一つ。こちらも確認して置かなければならない事が有る。


 一つ首肯してからピネラ中尉は尋ねた。


「現状において貴殿が皇子であるか否かよりも、重要な点があります。まずはそれを確認させて戴きたい」


 ミロにもピネラ中尉が何を聞きたいのかは分かっていた。鷹揚に肯いた。


「いいだろう。なんだ?」


「貴殿は一年前、ナーブ辺境空域で偽辺境伯マクラクランの一派を撃破した『ミロ』なる人物、もしくは同名組織の指導者か?」


 現状を考えるとこちらの方が重要だ。ピネラ中尉は藁にもすがる思いだった。


「指導者というには語弊があるが、中心的な地位にいたのは確かだ。俺と一緒に入学してきた取り巻きフォロワーズエレーミアラウンダーズもそのメンバーである」


「では作戦、戦術を指揮しておられたのも貴殿か?」


 気が緩んだのだろう。

 ピネラ中尉は安堵した。それ故にミロの表情にわずかな変化が浮かんだ事を見逃した。気付いたのは横からそのやり取りを見守っていたスカーレットだけ。


 そのスカーレットさえミロの正体と、アルヴィンがなぜそう名乗ったかの経緯を知らなければ見逃してしまったであろう、かすかな変化だ。


 ミロは一時、唇を噛み苦渋の表情を見せた。そしてそれを振り払うに答えた。


「私一人で全て立案、指揮していたわけではない。エレーミアラウンダーズや多くの住民の支えがあって成功した事だ。しかし今も言ったように作戦の中心にいたのは確かだ」


 それを聞いてピネラ中尉は自分自身を鼓舞するように、今度は力強く肯き、そして直立不動の姿勢を取ると敬礼した。


 それが合図だった。


 手の空いている警備兵から一人また一人と、ミロの方へ向き直り敬礼をしていく。


 作業途中だった警備兵は、それが終わり次第、椅子から立ち上がりミロへと敬礼をした。ピネラ中尉から始まった敬礼はほんの数秒で管制室内を占拠していた。


 ピネラ中尉以下、管制室内にいる警備兵たちは皆、少年を皇子ミロ・ベンディットと認め、忠誠を誓ったのである。


「感謝する。今は緊急事態である。急ぎ状況を確認したい」


「了解しました。ミロ皇子殿下。こちらへ」


 ピネラ中尉に促されてミロは管制室の中央にある大型ディスプレイの方へ向かった。


 固唾を呑んで様子を見守っていたスカーレットは、安堵して崩れるように椅子に座り込んだ。


 殿下。皇子殿下か……。


 胸中でその言葉を反芻する。自然に口元がほころんだ。まだ喜べる段階ではないが、ミロが、いやアルヴィンがそう呼ばれているのは悪くない気分だ。


 スカーレットが顔を上げると、ミロの方をぼんやりと見つめてるカスガが目に入った。


「カスガ会長、落ち着きましたか?」


 平静は取り戻したようだが、まだ表情はうつろだ。スカーレットに話しかけられても、力なく肯いただけ。


 ピネラ中尉から説明を受けているミロの背中に、カスガはつぶやいた。


「どうして……、彼はあんな事が出来るの?」


「それは……」


 答えかけてスカーレットは口をつぐんだ。それらしい返答は出来ても、カスガが納得してくれるかどうかは分からない。


「分かりません」


 素直にそう答えるしか無かった。


 ミロはピネラ中尉や管制室にいる警備兵の信用を得たが、それで全て解決するわけでもない。


 侵入してきたテロリストや、ギルの命令で無謀にもそれに立ち向かおうとする生徒、学生たち以外にも、ミロには心を砕かなくてはいけない存在がある。

 そしてそれはピネラ中尉をはじめとする警備兵はもちろん、カスガにも知られてはいけない事。


 ルーシアの事だ。妹であるルーシアを気遣うくらいなら誰も不信には思わないだろう。しかしルーシアは前皇帝家であるシュトラウスの血を引く者。


 テロリストが前皇帝派の要請で攻撃を仕掛けてきたのならば、その目的にはギル殺害だけではなく、ルーシアの身柄確保も含まれている可能性が高い。


 ルーシアとその身辺警護をしているポーラ・シモン。そしてスカーレット以外の誰にもその出自を知られぬよう、身の安全を確保しなければならないのだ。


 ミロ、出来るのか?


 スカーレットは椅子から立ち上がり、ミロの方へ向かう。そんなスカーレットにカスガが声を掛けた。


「スカーレットさん、私もご一緒させて下さい。何か出来るかも知れません」


「大丈夫なのですか、カスガ会長?」


 驚いたスカーレットにカスガは力なく笑った。


「大丈夫……、と言えば嘘になりますね。でも何かしていたいのです。そうしないと……、つらいので」


「分かりました」


 スカーレットは立ち上がろうとするカスガに手を貸した。


「双方で通信の妨害が繰り返されているので、こちらに表示されている状況も完全なものとは言えません。しかし各所からの報告も合わせて、随時修正中です」


 ミロはピネラ中尉から報告を受けていた。


 カスガと共に側に来たスカーレットに気付くと、ミロはピネラ中尉に視線を送り、少し報告を中断させる。そしてスカーレットに小声で言った。


「ルーシアの事を頼む」


 肉親の事を気に掛けるのは誰しも同じ。ミロがスカーレットにそう依頼した事には誰も不審を抱かなかった。


 スカーレットは無言で肯き、カスガを空いている椅子に座らせると、管制室の壁際に寄る。気を利かせた警備兵がスカーレットに声を掛けた。


「連絡を取るならこちらの方が確実です」


 コンソールのマイクロフォンを差し出すが、スカーレットは頭を振った。


「いや、ノーブルコースの寮に連絡するんだ。ちょっとした裏技が必要になってくるからな。それに今は緊急事態だ。回線はそちらに使ってくれ」


 スカーレットがそう言うと警備兵も納得したようだ。中等部ノーブルコースの施設は、『聖域』の異名通り外部からはなかなかアクセス出来ない。


 管制室の回線を使って強引に割り込む事は出来るだろうが、その為に重要な連絡が滞っては意味が無い。そしてなによりミロやスカーレットは会話の相手と内容を聞かれたくなかったのだ。


 学園側、テロリスト側のジャミング合戦になっている為、古い緊急コードを使った通信もすぐには繋がらなかった。スカーレットが苛立ちを覚え始めた時、ようやく相手が出た。


 スカーレットは誰にも声を聞かれぬよう、唇を読まれぬように注意してその名を呼んだ。


「ポーラ・シモンか? 私だ、スカーレット・ハートリーだ」

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