07-04:「故に選択したまえ」

「ピネラ中尉、一つ質問がある」


 静かな声でミロは言った。


「もしもこの場にもう一人、皇子がいたらどうする?」


 その問いにピネラ中尉は目を剥いた。


 警備隊長という役職柄、彼も主だった生徒、学生のプロフィールには目を通している。

 無論、目の前にいるミロ・アルヴィン・シュライデンと名乗る少年にまつわる噂も耳にしていた。


 曰く皇位継承者の一人である。曰く偽辺境伯マクラクランを倒した『ミロ』という人物である。曰く本物のミロ皇子はすでに亡くなっており、彼はその影武者である……。


 いずれも余りに荒唐無稽だ。


 そう思っていた。


 今のこの瞬間まではだ。


「仮定の質問には答えられない」


 ようやくそうとだけ返答した。しかし黒髪の少年はそれだけでは許してくれなかった。一歩、二歩とピネラ中尉に歩み寄ると続けた。


「仮定ではない。事実である」


 淡々とした口調だ。しかし圧倒的な威圧感がある。ピネラ中尉は知らぬ間に数歩、後退ってしまっていた。


 管制室が水を打ったように静まりかえっているかとピネラ中尉には思えた。しかし現実には学園宇宙船各所から次々と連絡が入り、管制室内の警備兵たちもそれに答えている。


 静まりかえっているはずなどない。しかし威圧感に襲われたピネラ中尉にはそう思われたのだ。


「事実とは?」


 ピネラ中尉はそう問い、そしてミロは答えた。


「我こそが汎銀河帝国第13皇子にして第17皇位継承者ミロ・アルヴィン・シュライデン・ベンディットである」


 ミロは漆黒の瞳でピネラ中尉を見つめたままでそう言った。誰もが言葉を失い、ミロとピネラ中尉を見守るしかない。


「……失礼だが、証拠がない」


 ようやくそして絞り出すようにピネラ中尉は答えた。


「あなたが、ミロ皇子、ミロ・ベンディットだという証拠を示して戴きたい」


 その言葉にスカーレットはハッと我に返った。そしてミロとピネラ中尉の間に割って入り言った。


「私が保証する! 私はハートリー男爵の娘、スカーレットだ! そのスカーレット・ハートリーが、この男こそミロ・ベンディット皇子であると保証する!!」


 スカーレットが割り込んできた事で、ピネラ中尉は少しばかり落ち着きを取り戻したようだ。


「……残念ですが、ハートリー嬢。貴女は彼の婚約者だと聞いています。そしてハートリー家は傍流とはいえシュライデン一族。いずれによせ身内だ。身内の証言というだけでは信用できません」


 冷静な口調でそう言うと、ピネラ中尉はカスガへと視線を巡らせた。その視線の意味を悟ったカスガは力なく答えた。


「……私には分かりません。でも、正直な所、私は彼が、ミロが皇子であって欲しいと願っています」


 ようやくそうとだけ言った。


 ミロの表情、瞳からは何の変化も見られない。しかし心中では焦りを押し殺していたのだ。


 ギルは生徒、学生でテロリストを迎え撃ち、ある程度、消耗させた上で自分の周囲に配置した警備兵の攻撃で殲滅しようと考えているようだが、それは無駄に人命を落とすだけではなく、危険きわまりない方策だ。


 こうしている間にも生徒、学生が殺されていく。テロリストがギルのいる中央区画に迫っているという事は、ルーシアも危険にさらされるのだ。一刻も早く行動を起こさねばならない。


 それにはピネラ中尉や管制室にいる警備兵たちを味方に付けなければならない。だがそれには焦りは禁物だ。


 いま一刻の焦りが、後の数年、十数年、あるいは一生を台無しにするかも知れないのだ。


 そうだ、落ち着け。アルヴィン・マイルズ。今のお前はミロ・シュライデン・ベンディット。第13皇子にして皇位継承順第17位。


 誰もがそうである事を望んでいる。だからお前はそのように振る舞えば良いのだ。


 管制室の警備兵たちはディスプレイの情報に気を取られながらも、みなミロへと視線を送っている。その視線から期待を感じる。その期待に応えた行動を取れ、アルヴィン。

 いや、ミロ・ベンディット!


 気付かれぬよう自分を叱咤したミロは言った。


「証拠はない」


 そう前置してから続ける。


「故に選択したまえ」


「選択、ですと?」


「そうだ、選択だ。フランク・クラーク・ピネラ中尉」


 ミロはピネラ中尉を見つめながら言った。

「ギルフォード・ロンバルディ・ベンディット。そして私ミロ・アルヴィン・シュライデン・ベンディット。どちらが仕えるに相応しい皇子であるか。それを選択したまえ」


「あなたが本物の皇子である証拠も無いと言うのにか?」


 ピネラ中尉は困惑を隠せないでいた。そんなピネラ中尉に向かってミロは続けた。


「そうだ。もっと単純に問おう。貴官にとって都合の良い方を選択したまえ。このままギルに従い、学生たちが命を落としていくのを黙認するか。それともこの俺を皇子と認め、ギルの命令を撤回させ、一人でも多くの命を救い、テロリストを排除するか。どちらが誇り高き帝国軍人として相応しい行動か。貴官自身が選択したまえ」


「しかし……。あなたが仮に皇子だとしても、ギル皇子よりも皇位継承順が低いのでは……」


「有事である。皇位継承順は関係ない」


 迷うピネラ中尉に向かってミロは畳みかけた。


「いずれ貴官は選択しなければならない。それが今になっただけの事だ。皇位継承順は単に産まれ、生き残っている順番に過ぎない。後継者は皇位継承順とは関係なく、実力のある人間が即位すれば良い。皇帝陛下もそう仰っている。陛下にもしもの事が有れば、皇位を巡る争いが起きる。そうなれば否が応でも選択しなければならない。誰が皇位に相応しいかを……! それが何年、何十年先かは分からない。しかしいずれ決断、選択しなければならない。その時が今になっただけだ」

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