06-13:「冷たいんですね」

「やべえ、学生に当てちまった。ありゃ死んだぞ、おい」


 フロッグ6が舌打ちした。それを聞いてフロッグリーダーが尋ねた。


「フロッグ7。今倒れたのは誰だか分かるか?」


「フロマン子爵の娘アーシュラ・フロマンかと思われます。ちらりと今、カスガ・ミナモトが見えました。そちらは無事なようです」


「よろしい。不幸中の幸いだ。五大公爵家の娘を手に掛けていたら、我々もただでは済まなかった」


「それでいいんですか?」


 安堵するフロッグリーダーにフロッグ6が釈然としない口調で尋ねた。


「こちらも一人死んでいる。お互い様だ。それに今のこの社会では人命の価値は平等ではない。だからこそ俺たちのような仕事があるんだろうさ」


 自嘲気味にフロッグリーダーは答えた。


「向こうは動揺しています。今なら突破できそうですが?」


 フロッグ7はそう進言したが、フロッグリーダーは頭を振った。


「いや止めておこう。予定通り別ルートを探す。命の価値が平等ではなくとも、無駄に殺す事もあるまい」


          ◆ ◆ ◆


「撤収していくぞ。どうやらこちらがすぐに追ってこられぬように牽制したようだ」


「即断は危険だ。警戒を解くな。管制室と連絡が取れるかどうか確認してみろ。確認出来たら状況を報告」


 すぐ横で交わされている警備兵たちの会話もカスガの耳には入ってこない。カスガは変わり果てたアーシュラの横で床に座り込んでいるだけ。


 その視線はぼんやりとアーシュラに向けられてるが、そこからは何の感情も伺えない。完全に抜け殻のような状態だ。


 何か声を掛けてやりたいが、スカーレットもうまい言葉が見つからずおろおろするだけだ。しかしミロはテロリストたちの攻撃が止んだタイミングを見計らい、警備兵たち同様、他と連絡を取っていた。


 管制室には繋がらなかったが、何とかリッキー・パワーズとは連絡が取れた。音声だけだが何も出来ないよりははるかにましだ。


「リッキー・パワーズか? 俺だ、ミロだ。現在、管制室近くまで来ている。これからカスガ会長、スカーレットと共に管制室へ向かう。キャッシュマンは宇宙港に残っている。スピード・トレイルも無事だ」


『ああ、そうか。それは良かった』


 携帯端末の向こうから聞えてくるリッキー・パワーズの口調は、どこか心ここにあらずといった雰囲気だ。その反応にミロの面が強張る。スカーレットはミロの変化に気付いて、そっと側により聞き耳を立てていた。


『良くない知らせだ』


 リッキー・パワーズがそう切り出すのは、直前の反応からしてミロには容易に想像が付いていた。


『ブルース・スピリットが死んだ。銃撃を背中に受けて即死だ。流れ弾だったらしい。残念だ』


 一瞬だけ、ミロは唇を噛んだ。


 格闘技の名手でお調子者。ミロ、いやまだ影武者を務める前のアルヴィン・マイルズに色々と格闘技の手ほどきをした少年。スカーレットにはその程度の知識しか無い。会話も交わした事があるが、いつも他愛の無い内容だったはずだ。ミロからもブルース・スピリットの為人ひととなりについては、余り詳しい話を聞いた覚えはなかった。


 それでも束の間ミロが見せた表情だけで、スカーレットはブルース・スピリットという少年が彼にとっていかなる意味を持つ人間であるのか容易に推測できた。


「そうか、分かった」


 そしてミロはいつもの冷静な表情に戻った。


「話は後だ。今は出来る事をやろう。俺は管制室へ戻る。カスガ会長もいるから、何とか生徒、学生たちを説得してみよう。お前たちは引き続き説得と避難誘導を頼む。くれぐれも無茶はするな」


 最後のひと言にはミロの、いやアルヴィン・マイルズの偽らざる心境が込められていた。


『分かった。お前も気をつけろ』


 そう答えリッキー・パワーズも通信を切った。


 視線を巡らせたミロとスカーレットのそれとが宙で交じり合う。スカーレットは咄嗟に言葉が出てこなかった。


「あ、あの……」


 そんなスカーレットに構わずミロは言った。


「管制室へ行こう。まず現状を把握しないとな」


 その声がわずかに震えているのにスカーレットは気付いた。


「カスガ会長。申し訳ありませんがご同行下さい。多くの生徒、学生たちの命がかかっているんです」


 アーシュラの遺体の側に呆けたような表情のまま座っているカスガに、ミロはそう声を掛けた。しかしカスガは動こうとはしない。スカーレットもミロに続いて声を掛けた。


「お気持ちは分かりますが、今は自治会会長としてやらなければならない事が有るはずじゃないですか?」


 それでもカスガは動かなかった。やむなくミロはカスガの左腕に手を掛けて強引に立ち上がらせようとした。そこでようやくカスガは口を開いた。


「ごめんなさい、私には何も出来ません」


 抑揚のない、まるで棒読みの台詞だ。


「私は公爵家の娘だ、自治会長だと持ち上げられて、いい気になっていただけの子供でした……。友達の一人も救えないないのに、他のみんなを助けるなんて出来ません」


「それが分かってるなら、もう少しだけ、いい気になっていて貰う。それだけで救える人間がいるのかも知れないんだ」


 ミロはそう言いながらカスガを立ち上がらせた。カスガは空いた右手に持った何かを自分の頭部へと持ってこようとしていた。


 カスガが右手に持っていたもの。それに気付いた途端、ミロは彼女を強引にねじ伏せ、右手に持っていた拳銃を奪い取った。


「俺が貴女に銃を持たせたのは、そんな事をさせる為じゃない!!」


 そう言いながらミロは拳銃をスカーレットの方へ放った。


「お願い、死なせて! 死なせてよ、どうせ私なんて役立たずなんだから!!」


 カスガは絶叫した。この状況ならば仕方の無い事だろうが、それでも普段のカスガからは絶対に想像できない姿に、見ていたスカーレットは何も出来ずただたじろぐだけだった。


「ああ、そうだ。今の貴女は役立たずだ。カスガ・ミナモト。役立たずなら役立たずなりに俺の言う事を聞いて貰う。貴女は何も考えなくていい。俺の言う通りに動いて、俺の言う通りに指示すればいい。それだけだ。全て片付いたら好きにしろ。その時になっても、まだ死にたいというのならもう止めはしない。勝手にくたばれ!」


 ミロはカスガをそう罵り、また立ち上がらせた。言葉も無く見守るのはスカーレットだけでは無く警備兵たちも同じだ。ミロはそんな警備兵たちに視線を送り、それからアーシュラの遺体へ目を向けた。


「お願いします」


 警備兵も言わんとする事は分かった。遺体の搬送だ。


「了解した。丁重に扱わせていただきます」


 警備兵は敬礼してそう答えた。


「離して……、離してよ。私は友達の側にいたいだけなのよ」


 反論する声にもう力はない。それでも抗うカスガを引きずるようにしてミロは管制室へ向かう。


「友達はいない。もう死んだ」


 ミロが発した言葉にスカーレットは追いかけようとした足を止めざる得なかった。


「そして俺たちはその分を生きなければならない」


 もともと日本人形のような整った容姿のカスガだ。ミロに力なく引きずられていく姿は、まさに魂のない人形にも思えた。カスガは紙のように白くなった相貌を、恨めしげにミロへと向けて言った。


「冷たいんですね」


 ミロは答えた。


「よく言われる」

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