06-12:「まだ生きてる!」
「おい、どうした? いつの間にか人が増えたぞ?」
そう尋ねるフロッグリーダーに、フロッグ7は慎重に通路の陰から覗き込んだ。
「学生が増えてますね。さっきまでは一人しかいなかったのですが。二人、いえ三人か。壁に小さな扉があります。そこから出てきたのでしょう。抜け道でも有るのかも知れません」
「そんなデータは無かったぞ」
「長く使われた軍艦を改装したものですから。そりゃ無届けで作られた通路の一つや二つ有ってもおかしくないでしょ」
そう言いながらフロッグ7はゴーグルの顔認証システムで、突然現れた生徒二人の確認をした。
「一人はミナモト公爵の長女カスガ・ミナモトです。学園の自治会長をしています。男子生徒は……。ちょっと待って下さい。その前にもう一人の女子生徒。こちらはハートリー男爵の娘のスカーレット。あと先程から銃撃に加わってるのが、フロマン子爵の娘でアーシュラ。自治会役員です」
「ミナモト公爵の娘とは厄介だな。もしもの事が有ればシュトラウス家の復権どころではなくなるぞ」
フロッグリーダーはそうぼやくが、フロッグ7のさらなる報告で今度は頭を抱えることになった。
「こりゃ大変だ。もう一人の男子生徒、シュライデン公爵の長男ミロのようです」
「ミナモト公爵にシュライデン公爵だと!? なんだって五大公爵家の子供が二人もいるんだ。こんな所に!!」
「おっと……!」
フロッグ7は警備兵やアーシュラの銃撃を避けて通路の陰に逃げ込んだ。
「そりゃ帝国学園宇宙船ですよ。有力貴族の子供が通っていてもおかしくない」
「だからと言ってこんな銃撃戦の真ん中に湧いて出られても……。どうした、フロッグ7? 銃撃を受けたか?」
小首を傾げながらゴーグルをいじるフロッグ7にフロッグリーダーは尋ねた。
「いえ、ちょっと気になることがありまして。顔認証システムや生体認証システムにエラーが出たんです」
「人違いと言う事か?」
「いえ、学園側から入手したデータには適合しました。過去のデータによる適合率が……。あ、シュライデン家の子息だけですけどね」
「最近のデータで同一人物だと結果が出たらそれでいい。貴族には色々とあるんだろうさ」
フロッグリーダーはいささか投げやりにそう言った。
「それと今の連中が新しい武器を持ってきたようです。軽機関銃や狩猟用の散弾銃だと推測されます」
「なるほどな、道理でさっきからアサルトライフルや対人レーザー以外の攻撃があるはずだ」
フロッグ7の報告にフロッグリーダーは他人事のようにつぶやいた。
「どうします? 強行突破となれば、向こうにも相応の被害が出ます。公爵家の人間を巻き込むのは、クライアントとしても避けたいでしょう」
部下の問いにフロッグリーダーは肯いた。
「そうだな。しかしただ撤退したのでは、すぐに他のルートを探し始めたと分かってしまう。まずは牽制して奴らの動揺を誘おう」
◆ ◆ ◆
「ミロ、カスガから離れろ! カスガもなぜミロと一緒にいる」
アーシュラは苛立ちを隠せない。そしてミロよりも早くスカーレットが返答した事も、彼女をさらに苛立たせた。
「この状況ではそう簡単に動けまい。動く方が危険だ。お前もそれは同じだろう」
スカーレットの言う通り、アーシュラが少し動くとテロリストが銃撃で牽制してくる。対人レーザーライフルを装備しているので、それだけ警戒されているのだろう。
「そのレーザーライフルは他の兵士に渡した方がいい。アーシュラ。お前は狙われてるぞ。一番、攻撃力の高い武器を持っているのだからな」
「分かっている!」
ミロにそう指摘されたアーシュラは、ムキになって立ち上がりかけた。そのアーシュラにミロの叱責が飛んだ。
「立ち上がるな! 掩体から出ているぞ!! 敵から視線を切るな! 貴様、それでプロと戦うつもりか!!」
慌ててアーシュラが屈むと同時に、またもや銃弾がたたき込まれた。
「アーシュラ、ここは警備部隊に任せて私たちは、閉鎖通路から脱出しましょう。私たちには他にやらなければならない事が有るのは分かっているでしょう?」
「私たちとはカスガとミロの事か?」
その返答には、さすがのカスガも勘に障ったようだ。
「なにを子供のような事を言ってるの。アーシュラ! 向こうは人を殺しに来たテロリストよ。貴女が戦って敵うはずが無いわ!」
「そんな事は無い。もうすでに一人殺した。これさえ有れば奴らを全滅させるのも可能だ」
「殺したって……」
カスガは絶句した。そしてそのまま警備兵に視線で尋ねる。警備兵は黙って肯いただけだった。
「なぜそんな事を! 貴女は何をしたのか、分かっているの!?」
「分かっている。学園を守る為だ。あんな奴らにこの学園を好きにさせるものか。我々は金で人を殺すような連中とは志が違うのだ」
「……なるほど、分かっていない」
醒めた口調でいうのはミロだ。
「精神論を否定するつもりはないが、それを拠り所にするのは肯定できない。お前はただ意固地になっているだけだ」
「貴様……! 知った風な口を利いて、貴様は何者なのだ。ミロ!!」
「だから立ち上がるな、敵から目をそらすなと言っているだろう!」
またもや立ち上がりかけたアーシュラをミロは怒鳴りつけた。
「テロリストの様子が変だ。銃撃が散発的になっている」
アーシュラの関心をミロから敵へと誘導するつもりなのか、警備兵の一人がそういった。もっともテロリスト側からの攻撃が少なくなっているのも確かだ。
「撤収するつもりか、あるいはその逆で一気に攻勢を掛けてくるのかも知れない」
指揮を任されている警備兵はそう言うとカスガの方へ声を掛けた。
「攻勢を掛けられると厄介だ。自治会長さんは他の学生さんと一緒に、また下の閉鎖区画へ避難して下さい。そちらの方が安全でしょう」
「そうだな、そうさせて……」
カスガの代わりにミロがそう答えかけたが、途中でアーシュラが口を挟んだ。
「私はここに残るぞ! そんな奴と一緒に行けるか!」
「アーシュラ!」
カスガは声を荒らげるが、ミロはこれ以上、アーシュラを刺激しない方が無難と判断したようだ。スカーレットの方へ頭を向けて言った。
「一旦、下に降りよう。スカーレット。会長も早く」
「はい」
ミロ、スカーレットと一緒に閉鎖通路へ向かおうとするカスガの姿に、アーシュラは苛立ちは頂点に達してしまった。
「そいつから離れろ、カスガ! ミロを知ってからお前はおかしくなってしまった!!」
「おかしいのは貴女よ、アーシュラ!」
「止めろ、カスガ会長。アーシュラは興奮しているだけだ。今は何も言っても無駄だ。落ち着いてから……」
しかしミロの言葉は逆効果だった。
「私は落ち着いている! カスガから離れろ、ミロ!!」
そしてまたアーシュラは感情に任せて立ち上がり掩体の陰から姿を現してしまった。
「アーシュラ! 危ないから、お願い。落ち着いて! 敵が撃ってくるわ!」
「あんなさもしい連中の弾丸になど当たるものか!」
そう強がって見せたものの、やはり銃弾は恐いらしい。アーシュラはすぐに頭を引っ込めようとした。
その時、彼女が抱えた対人レーザーライフルが掩体代わりの机に引っかかり、バランスを崩してしまったのだ。そしてなにより今回に限って、テロリスト側の銃撃がすぐに止まず、一斉射撃だったのがアーシュラにとっては不幸な出来事だった。
バランスを崩して掩体代わりの机に手を伸ばしたが、それも所詮はただ机を積み重ねて防盾をかぶせただけのもの。簡単に崩れてしまう。慌てて別の机に捕まり、何とか体勢を立て直したものの、アーシュラは無防備なまま完全に棒立ちになってしまった。
そして頭に何かが勢いよく衝突したように、不自然な姿勢のままで倒れ込んでしまった。
目の前で何が起きたか理解できぬように、カスガはその場で凍り付いてしまった。
……しまった!
ミロの脳裏によぎったのは、恐れでも哀れみでもなく、カスガの目の前でこれが起きてしまった事、そしてそれを阻止できなかった自分への悔恨だった。
「アーシュラ!」
我に返ったカスガは絶叫した。なおも攻勢を続けるテロリストの銃撃さえ構わず飛び出そうとするカスガを、ミロとスカーレットは懸命に止めた。
「止めろ、カスガ! 止めるんだ!!」
「まだ生きてる! 生きてる!!」
到底若い女性一人の力とは思えない。ミロ、スカーレットの二人で押さえつけるのがやっとだ。もしも少しでも力を抜けば、カスガは銃弾の雨の中に飛び出して、文字通りの蜂の巣にされていただろう。
「アーシュラはまだ生きてる! 動いた、生きてるのよ!! 助けないと!」
「駄目だ! アーシュラは死んだ、頭部に直撃して貫通銃創。即死だ。あれは動いているんじゃない、生理的な痙攣か、流れ弾が当たっただけだ」
「生きてるのよ、まだ生きてる!!」
カスガはその事実を受け止められないようでミロに食ってかかる。しかしスカーレットはミロの言う通りだと分かっていた。アーシュラの目はうつろに見開かれ、尋常ではない出血が周囲に広がっている。その中にいくつか見える塊は砕け散った脳だろう。この時代の医学でもこの怪我を治療する事は不可能だ。
テロリストの攻勢に反撃するだけで手一杯だった警備兵だったが、その一人がカスガの叫びに気付いて、念の為、アーシュラの間近に寄り脈を診て顔を覗き込む。そして沈痛な顔つきで頭を振ると、再び反撃に戻った。
「あ……、あぁ。あぁ」
カスガは呆けたようにその場に座り込んでしまった。
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