06-11:「下着よりも命の心配をしろ」

『ミロの兄貴、狩猟用の散弾銃や軽機関銃も見つかったぜ。これから追いかける』


 通信機代わりにしている携帯端末からスピード・トレイルがそう言ってきた。


「ああ、すまない。この辺りにはまだテロリストも潜入していないようだが気をつけてくれ」


『へへ、エレーミア・ラウンダーズがこの程度でくたばるものかよ。何かあったらまた連絡するからよ』


 そう言うとスピード・トレイルは携帯の連絡を切った。


「銃撃音が聞こえる。頭の上だ」


 スカーレットが言う通り、確かに通路の上の階では剣呑な状況になっているようだ。管制室に連絡を取って状況を確認したいのだが、ハッキングの影響か、先程からまた通信状況が悪くなってしまっていた。本来は使用されない閉鎖区画を通っているせいかも知れない。


「これ以上、先には行けないようです」


 カスガは周囲の状況と携帯端末の情報を参照しながらそう言った。


 ここまで順調に閉鎖された通路を移動してきたミロたちだが、ここで行き止まりになってしまったのだ。目の前は金属板とコンクリート、そしてプラスティック製のパイプで塞がれている。例えそれを突破しても、その向こうに人が通れそうな隙間はない。


「もともと通路ではなく単に取り残されていた空間だからな。ここまで来られただけでも儲けものか……。さてそうなると……」


 ミロは頭上を見る。


 銃器同様、宇宙ヨットから拝借してきた小型ライトで照らしてみると、ぞんざいな作りながら、ひと一人が通れそうな扉らしきものが見て取れた。


 金属やプラスティックのパイプは、そこへ昇る為のハシゴ代わりに組まれているようにも思える。階段のようなものは周囲にないから、上の階へ行くにはどちらにせよこれを使う羽目になりそうだ。


 ミロの視線からその意図を察したようだ。スカーレットはいささか不服そうな顔で尋ねる。


「上の扉から出るつもりか? 出た途端、蜂の巣は嫌だぞ」


「俺も嫌だ」


 そう言うなりミロはパイプに手を掛けて昇り始めた。それを見てスカーレットは慌てた。


「ちょっと待て! 行くのなら、私が先に昇る」


「女を先に行かせるわけにはいかないだろう」


 話を聞かずに昇るとするミロの制服を引っ張り、スカーレットは力尽くで止めようとした。


「駄目だ、駄目だ。お前は……、お前はいずれシュライデン一族の当主になる男だ。ここで死なれては困る。お前がここで死んだら、私だってのうのうと生きているわけにもいかない」


 途中でスカーレットは言い淀んだ。


 事情を知らないカスガを前に、ミロの影武者をしているアルヴィンをどうやって止めて良いのか躊躇したのである。


 いずれにせよミロ本人であれ、その影武者をしているアルヴィンであれ、ここで犬死にされてはシュライデン一族の将来も断たれる。次期皇帝候補には生きていて貰わなければならないのだ。


「いいから降りろ!」


 スカーレットは制服の裾を引っ張って無理矢理ミロを引きずり下ろして言った。


「この中で一番、家格が低いのはハートリー男爵家の私だ。公爵家の子女を死なせるわけにいかない。死ぬなら私が死ぬ」


「死ぬのが前提か」


 ミロは呆れたような笑みを浮かべて言った。


「前提というわけではない! 最悪の場合を想定しての話だ。私だってこんな所で死にたくはない。しかしミロやカスガ会長を危険な目に遭わせるわけにはいかない」


 そう言うなりスカーレットはパイプに捕まり昇り始めた。


「おい、スカーレット! 無茶はするな!!」


「一応、彼女の言う事も道理は通っています。今は行かせてあげましょう」


 カスガはミロに向かって言った。ミロは不服そうだったが、それ以上は反論せず、スカーレットに続いてパイプを昇り始めた。


「会長は俺の後で構わないか?」


「申し訳ありません」


 カスガもミロに続いて昇り始める。そうしている間に頭上の銃撃音は少し収まってきたようだ。


 これなら出るなり蜂の巣は避けられるかも知れない。そう思ったスカーレットは少し緊張が解けたのか、突然、スカートの裾が気になり始めた。片手を離してスカートを直す。


「おい、どうした? 両手でしっかり掴まれ。落ちたら俺や会長も巻き込まれるんだぞ」


 ミロが下からそう言ってきた。


「分かってる! 分かってるから、上を見上げるな。ちゃんと昇っている!!」


 妙に必死なスカーレットにミロは訝しげな顔だが、カスガは同性だけあってすぐにその理由に気付いたようだ。


「彼女はあなたに下着を見られることを恥じているんですよ。ミロ」


 その言葉にミロは呆れ、そして嘆息した。


「馬鹿馬鹿しい。下着よりも命の心配をしろ」


 至極もっともな指摘をする。


「う、うるさい。昔、下着が見えるのを恥じて、ビルから飛び降りられずに焼け死んだ女性もいるのだぞ!」


 対してスカーレットの答えはどこか見当外れだ。


「あら、あの事件は確かまだ女性用下着が普及する前の事件ではありませんでしたか?」


 カスガは首を傾げてそう指摘した。


「そうだったかな? まあいずれにせよそれくらい下着は重要なのだ」


「分かった、分かった。分かったからさっさと昇ってくれ。今はお前の下着論を談じてる場合ではないのだ」


「あら、スカーレットさんの下着どころか、その中身にも、もう興味は無いと言わんばかりですわね。自治会長として風紀の乱れは看過できませんわ」


 スカーレットに向かってぼやくミロを、カスガはそうからかって見せた。


「か、会長! 何をおっしゃいますか、私とミロはまだ……!!」


 狼狽えるスカーレットにカスガは笑った。どうやら少しは落ち着いたようだな。その笑みにミロは胸をなで下ろした。


 先に昇りきったスカーレットは扉を内側から叩いてみる。しかし反応はない。銃撃が行われているのなら、それどころではないのかも知れない。耳を当ててみると散発的だが、まだ銃撃の音が聞こえてきた。しかし少し遠く感じる。


 問題は扉の向こうにいるのが警備兵か、テロリストか。発砲音だけでは区別が付かない。


 拳銃を構え、慎重に扉を開けようとしたスカーレットをミロが止めた。


「やはり俺が行こう。これまでの出方からテロリストも無用の被害は避けたいようだ。公爵家の跡取りと分かった方が都合がいいかも知れん」


「そうは言うがもしも……」


 しかしミロは最初からスカーレットの意見を聞くつもりはないようだ。彼女の横を通り抜け、無造作に扉を開けた。


「うわ、なんだ?」


 突然、開いた壁に当惑する声が飛び込んできた。開いた扉の向こうに見えた姿にスカーレットとカスガは安堵した。それは帝国軍軌道海兵隊の制服。帝国学園宇宙船警備隊の部隊章もあったからだ。


「全校学園自治会執行部員のミロ・アルヴィン・シュライデンだ。カスガ・ミナモト自治会長をお連れした。管制室へ案内いただきたい」


「カスガだと!」


 警備兵が答える前に聞き覚えのある声が響いた。


「アーシュラ、何をしてるの? それにその武器は、一体……?」


 ミロの背後から顔を出したカスガが、アーシュラを見つけてそう言った。


「それは後だ、カスガ。それよりもなぜミロと一緒にいる!?」


 警備兵たちがその辺から調達してきた机や椅子の影に隠れていたアーシュラは、反射的に立ち上がりかけてしまった。


「頭を下げろ、学生! 狙われるぞ!!」


 警備兵がそう叫びテロリストへ銃撃を加える。アーシュラが頭を下げると同時にテロリストからも反撃があった。


 予想通り本気でこちらを攻撃するつもりはないようだ。ミロはそう判断していた。あくまで威嚇に留めているが、銃に込められて撃ち込まれるのは実弾。引き金を引くのが子供だろうが天使や女神だろうが、あるいは意思のない機械だろうが、当たる時には当り死ぬ時には死ぬ。


 自分が手にしている武器に、まだカスガが眉をひそめているのを見て、アーシュラはをポンと叩いて言った。


「ギル皇子から賜った対人レーザーライフルだ。これで手柄を立てる。手柄を立てて更にフロマン家を盛り上げるのだ」


 その答えにカスガは愕然とした。


「貴女は……。ギル皇子は確かに皇族ですが、彼に貴女が手を汚してまで賭ける器量があると思うの?」


「ギル皇子の器量など関係ない! それだけの器量が無ければ、我々でもり立てればいい。所詮、皇族などそんなものだ」


 アーシュラのその言葉にスカーレットは気まずい顔をミロへ向ける。しかしミロは気付かぬふりをして警備兵に今の状況を確認しているところだ。


「姐さん、お~~い、姐さん。武器持ってきましたぜ」


 気まずい雰囲気になりかけたところに助けが来た。階下からスピード・トレイルが声を掛けてきたのだ。スカーレットは逃げようにしてまた扉の向こうへ戻った。


「ちょうど良い所に来てくれた。助かった」


 思わず本音が口を突いて出るが、スピード・トレイルは単に上で起きてる銃撃の事と解釈してくれたようだ。


「ミロの兄貴と会長さんは大丈夫ですか?」


 そう言いながら武器を渡すが、背の低いスピード・トレイルではなかなか困難だ。スカーレットも途中まで降りて受け取り答えた。


「ああ、問題ない。自治会のアーシュラもいる」


 警備兵と話を終えたミロも扉の所へ戻ってきた。


「この先はテロリストが立ちはだかってるらしい。スピード・トレイル、お前はもう一度、宇宙ヨットの所へ戻っていてくれないか。場合によっては別のドックに戻る事になるかも知れない」


「分かりました!」


 階下で敬礼しながらスピード・トレイルは残りの武器をスカーレットに渡した。


 スカーレットから武器を受け取ったミロは、それを警備兵たちへ渡していく。階下で最後の一丁を渡し終えたスピード・トレイルは、何かに気付いたようでスカーレットに声を掛けた。


「あ、姐さん。パンツ見えてますよ」


「そういう話は止めろ! 恥ずかしいだろう!!」


 スカーレットは顔を真っ赤にしてスピード・トレイルに文句を言った。

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