06-06:「目茶苦茶だな」

『生徒、学生の皆さんは誘導に従ってシェルターに避難して下さい。敵はテロリストです。戦闘に巻き込まれないうちに避難して下さい』


 カスガの声が全校校内放送網で学園宇宙船全体に流れた。


 生徒、学生の避難誘導を手伝っていたカスパーやジャクソン・マクソンは、その放送を校内の通路で聞いていた。


 その放送に教師の一人が色めき立つ。


「おい、どういう事だ。自治会会長ごときがギル皇子のご命令を無視しろと言ってるのか!」


 その教師はギルから与えられた軽機関銃を手に、テロリストたちの撃退へ向かうところだったのだ。


「先生、学園宇宙船には警備兵がいるんですよ。専門家に任せればいいじゃないですか」


 自治会執行部員がそうなだめるが、教師は納得してくれない。


「ギル皇子にもしもの事が有ったら困る。警備兵は皇子に着いていて貰わねばならない。そうなればテロリストを撃退するのは我々しかいないだろう」


 ミロの言った通りだ。その教師は武器を手にしてすっかり気が大きくなり、自分の立場を見失っている。しかもそれは教師だけではない。教師の背後で生徒や学生たちも騒ぎ立てた。


「そうだそうだ! ギル皇子だけじゃない、俺たちの学園を守るんだ!」


「テロリストに舐められてどうする!!」


 執行部員は彼等をなだめようとするが、なかなかうまくいかない。そのうち投げかけられる罵声に少しずつ本音が混じり始めていた。


「カスガ会長は有力貴族の娘だ。この先も安泰だろうが、俺たちはそうもいかないんだよ!」


「貴族といっても金のない連中が、皇子に目を掛けて貰える機会なんて、そうあるもんじゃない!!」


「金なんざ、いくらでもくれてやる! いくら金があっても今の帝国じゃあ、皇帝や貴族の気まぐれでおちおち暮らせないんだ!! 俺は皇子を助ける手柄を立てて貴族になってやる!!」


「分かった分かった!」


 執行部員を手伝っていたジャクソン・マクソンが思わず割って入った。


「とにかく逃げたい奴だけ逃げろ。俺たちが誘導する。戦いたい奴は戦え。止めはしないって」


 ローカスト派の元リーダーであるジャクソン・マクソンに、かつてはそのメンバーだった学生が食ってかかった。


「おい、ジャクソン!! 貴様、その態度はなんだ! 貴族に取り入って懐柔されたか!!」


 そう言われてジャクソンも気色ばんだ。


「何を言ってる! お前らこそ皇子に取り入ろうとしてるんじゃないのか!!」


「当たり前だ。皇子に取り入って何が悪い! 相手は皇帝になるかも知れないお人だ! 誰だって取り入る! それがなぜ悪い!!」


「目茶苦茶だな」


 傍らでそのやり取りを聞いていたマット・マドロックさえ嘆息する


「これが今の帝国の縮図だよ。そもそも帝国学園宇宙船のコンセプトがそうだろう?」


 カスパーが醒めた口調で肩をすくめて見せた。


「そこの学生、知った風な口を利くな。テロリストを迎え撃とうする同志は俺に続け! 行くぞ!!」


 教師は一つカスパーを叱責してから威勢良くそう叫んだ。何人かの学生が鬨の声を上げ、走り出した教師に続く。校内の通路を曲がろうとした時だ。突然、閃光と爆発音、そして爆煙が広がった。


「うぉおお、なんだ!?」


 教師とそれに続いた生徒、学生たちは狼狽えた。広がる煙は目と鼻に刺激を与える。ただの煙ではない。刺激性のガスだ。


「対人制圧手榴弾だ。下がれ!!」


 カスパーはそう指示するとジャクソンや執行部員と一緒に、武装してない生徒や学生たちを下がらせた。


 最初の爆発後もまだ花火のように閃光と激しい爆発音が響いている。手榴弾の中に入っていた子爆弾が時間差を置いて爆発を続けてるのだ。人間は激しい光と大きな音に晒されると本能的に身をかがめて防御姿勢を取ってしまう。対人制圧手榴弾はその効果が長く続くように子爆弾を内蔵しており、さらに刺激性のガスを散布する事で相手の抵抗を止めさせる非殺傷型兵器なのである。


「畜生、テロリストめ! 好き勝手はさせんぞ!!」


 教師は通路に仁王立ちになると、狙いもそこそこに手にした軽機関銃を乱射した。それもそのはず。ガスと閃光で完全に視覚を失っているのだ。


「おい、止めろ! この狭い通路でそんなに撃ちまくったら、跳弾で味方に被害が出るぞ!!」


「学生の癖に教師に命令するな!!」


 止めるカスパーを教師は一喝した。


「ええい、馬鹿教師め!!」


 壁際でガスと跳弾を避けていたマット・マドロックはそう罵りながら教師に近づいて行った。しかし直前でマットは肩を押さえて、来た方向へ転がった。


「うわぁ!」


「マット!!」


 カスパーとジャクソンはガスと跳弾を避けながら倒れたマットに駆け寄った。


「マット・マドロック、暁に死す……」


「生きてるじゃねえか」


「それに船内時間はまだ昼過ぎた」


 ジャクソンとカスパーは呆れてそう言い返した。冗談を言う余裕くらいはあるようだが、マットが肩に跳弾を受けたのは確かなようだ。制服の肩が破れ、血が滲んでいた。


「動けるか? さっさと逃げるぞ。他の生徒は大体逃げたようだしな」


「男に助けられても動けねえよ。女、呼んで来てくれ。女の子。出来ればカスガ会長がいいな」


「おい、カスパー。放っておこうぜ」


 マットの答えにジャクソンはそうカスパーに声を掛けた。カスパーもあっさりとそれに同意した。


「ああ、男の出る幕じゃなさそうだ」


「あ、嘘、嘘! 助けてくれって。肩をやっちまった」


 慌てるマットをようやく二人は助け起こした。


「くそ、誰かやられたのか? 俺が仇を討ってやるぞ!!」


 まだ通路に仁王立ちになったまま、教師はそう言った。相変わらずガスで視覚はふさがれたままだが、手探りで撃ち尽くした弾倉を交換していた。


「あいつ、どうする?」


「せめて女なら殴ってでも引っ張って行くんだがな。まぁやりたいようにさせて置こう」


 カスパーはジャクソンにそう答えるとマット・マドロックを抱えて逃げ出した。


「くそ、この怪我じゃブルースの奴と決着を付けられねえじゃねえか」


 悔しそうにそうぼやくマットにカスパーは嘆息した。


「たかがケンカじゃないか。分からんね、お前たちのような人種の考えは」


「お前みたいな軟弱野郎に言われたくねえよ!」


 そんな二人にジャクソンはにやりと笑って言った。


「お前ら二人足して割ればちょうどいいんじゃねえの」


「御免だ」


「そうだな。それだけは同感だ」


 そんな事を言い合いながらカスパー、マット、ジャクソンはシェルターがあるフロアへ向かうエレベーターに乗り込んだ。


「敵は逃げたか? おい、大丈夫か。みんな!?」


 周囲を覆っていたガスが消えかけている。教師は生徒、学生が逃げ出した事に気付かず、そう声を掛けたが、そこにまた対人制圧手榴弾が投げ込まれた。


「うぉ!? まだいたか!!」


 再び軽機関銃を撃ちまくる教師だが、侵入してきた部隊はまだ様子を伺っており、姿を見せない。弾丸はむなしく天井や床を穿ち跳弾となる。その一発が教師のつま先へ直撃した。


「うわっ!? 足をやられた!」


 教師はそう言う叫ぶなり、足を押さえて床に転がった。抵抗が終わったと見た部隊はようやく通路に姿を現した。


「こちらバッファロー4。バッファローリーダー。警備兵も学生もいません。怪我をした教師らしき男が転がってるだけです」


 先行していたバッファロー4がそう報告した。


『分かった。引き続き隔壁が降りてない通路を選びつつ前進する。周囲の警戒を怠るな。繰り返すが無駄な戦闘は行うな。出来るだけ損耗を避けるよう留意せよ』


 部隊のリーダーからの返答と共に後続の兵士たちが姿を見せた。


「バッファローリーダー、こいつはどうします?」


 ヘルメットは完全に密閉され、外を直接見る為のバイザーやのぞき穴の類はない。ヘルメットに内側に映る映像は、兵士が身につけたボディアーマーの各所に取り付けられたセンサーから、再構成されたバーチャル映像だ。その映像では対人制圧手榴弾の爆煙やガスの影響も無く、その場の様子を見て取れる。


「た、頼む! 助けてくれ、俺はただの教師なんだ。ギル皇子から頼まれて……、いや唆されただけだ」


 そこでは跳弾を受けた足を押さえ、転がり呻きながらそう命乞いする教師の姿が映し出されていた。


「邪魔だ。その辺に転がしておけ」


 バッファローリーダーからの返答があった。彼等の会話は肉声では無く、暗号化された通信で行われているのは言うまでもない。


「イエスサー!」


 バッファロー4は命じられた通り、教師の顔面を蹴り飛ばして通路の端へ転がした。


「うわッ!? く、うう……。マイク、父さんは最期まで命がけで戦ったぞ……。母さんを頼む……」


「この程度で死にゃあしねえよ」


 教師の言葉にバッファロー4は呆れてそうつぶやいた。


アナコンダAクレインCチームが遅れているようだ。我々が先行する」


 そう言うとバッファローリーダーは先を急いだ。

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