06-05:「なるほど、一理あるな」

「自治会会長のカスガ・ミナモトと自治会執行委員のミロ・シュライデン及びスカーレット・ハートリー、スピード・トレイルが搭乗しております。攻撃はしないで下さい」


 カスガの通信による呼びかけで、学園宇宙船からの対空砲火は収まった。もとよりテロリストによる学園宇宙船への強行突入は一段落しているようで、周囲に他の宇宙船の姿はすでになかった。


 ワン老人より借り受けた宇宙ヨットは、順調に飛行して、まもなく学園宇宙船へ着艦できるはずだ。


「随分、リープ閘門に近づいてますねえ」


 レーダーディスプレイとキャノピー越しの光景を比較してスピード・トレイルが言った。


 画像処理がされた映像で、星空を映し鏡のように輝くのがリープ閘門。そこへ突入するとリープストリームに乗って超光速で移動できるのだが、それにはディストーションエクステンダーDEXを起動していなければならない。


 今のところ学園宇宙船はDEXを起動している様子は無い。それならばリープ閘門に突っ込んでも、靄か霞のように通過してしまうだけ。超光速飛行は出来ない。


「テロリストがハッキングして進路を設定したのか? 故意ならDEXの起動も……」


 ミロが考えを巡らせていると、管制室からの通信があった。


『こちら帝国学園宇宙船ヴィクトリー校警備部隊隊長のピネラ中尉である。無事なご帰還をお祝いしたいが、こちらもそれどころではない』


「状況は把握しています。私に全校一斉放送をさせて下さい。今すぐ生徒、学生たちの戦闘を止めさせます」


 カスガの言葉に通信用ディスプレイのピネラ中尉は苦渋の表情を浮かべた。


『そうして戴きたいのは山々なのだが、なにしろ戦えと言ったのはギル殿下なのだ。皇族である以上、そのお言葉、無碍にする事も出来ん』


「そんな……」


 唇を噛むカスガの横からミロが言った。


「全員が全員戦ってるわけでもないのだろう? ギルから武器を受け取った連中だけだと聞いている。ならば他の人間は引き続き避難するように言ったらどうだ? 戦ってるのは、武器を貰って気が大きくなってる連中だけだ。周囲の人間が避難したら、少しは頭も冷えるだろう。別にギル殿下の命令に反するわけでもない」


『なるほど、一理あるな。分かった、全校放送の手配をしよう』


 ピネラ中尉の言葉にカスガはホッと胸をなで下ろしたようだ。


「おい、ミロ。お前の言った通りだ。隠し倉庫に銃器があったぞ」


 キャビンからスカーレットが戻ってくるなりそう言った。手にはごつい拳銃を何丁か持っている。


「他にもまだ隠し倉庫がありそうだが、私の力では開きそうにない。それに妙なものでも出てこられても困るからな」


 そう言うとスカーレットはミロに銃を渡した。


「コレル社のバジリスクか。護身用としては威力が大きすぎるし、戦闘用には非力だ。これまた中途半端なものを隠していたな」


 拳銃を見たミロは苦笑した。


「まあギャングやマフィアの抗争には丁度いいのだろうな。念の為、会長にも持たせておいてくれ」


「分かった」


 スカーレットも笑みを返して、もう一丁をカスガに渡す。カスガは銃の重さに戸惑いの表情を浮かべてそれを受け取った。


「士官候補生コースではないが、貴族のたしなみとして戦闘教練は受けていらっしゃるでしょう?」


 カスガの表情に困惑したスカーレットは念を押してそう尋ねた。それにカスガは曖昧に肯いた。


「ええ、まぁ。でもその……。実際に撃つのは初めてですから……」


 そして銃に視線を落としたままでスカーレットに聞き返した。


「スカーレットさんは撃った事があるのですか? その、実戦で……。人を……」


「あります。士官候補生ですから」


 少し厳しい顔つきになりスカーレットは答え、そしてミロの方へと視線を巡らせた。ミロはスピード・トレイルと共に、学園宇宙船に宇宙ヨットを着艦させる準備をしている。


 士官候補生コースにいるからといって、全員が実戦経験者というわけでもない。スカーレットが経験した実戦とは、今の反応から察してミロと何か関係があるのだろうなとカスガは察していた。


「撃った相手はその場で倒れて動かなくなった。あとは知りません。死んだのか、生きてるのかもな。気にしないようにしている。そうしなければ自分が死ぬ。そして私はまだ死にたくない」


 まだ覚悟を決めかねているようなカスガに向かってスカーレットは付け加えた。


「学園宇宙船内では戦闘が起きている。私たちも会長を守り切れるとは言えません。私は貴女が死ぬのを見るのは嫌ですからね。自分の身は自分で守って欲しい。それだけです」


「……分かりました」


 そう言うとカスガは拳銃を受け取った。スカーレットはそんなカスガに一つ首肯するとミロの方へ向き直って言った。


「しかしミロ、勝手に使ってしまってもいいのか? あのワンとかという御老人、貸してくれたのはこの宇宙ヨットだけなのだろう?」


「なに、どうせ非合法品だ。無くなっても公然と文句は言えまい。それに拳銃の十や二十丁無くなっても騒ぐ御仁でもなさそうだ」


 ミロは背中越しにそう答えると、振り返り改めにカスガの方へ言った。


「会長。全校放送の準備が出来たそうです。こちらの通信機を介して放送できます。その間に、この宇宙ヨットは学園宇宙船の小型艇用ドックに着艦します」


「はい、いま行きます」


 カスガは肯き、通信席に座った。

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