05-14:「殿下! 何を仰いますか!」
「また突入されただと!!」
ギルは怒りに任せてテーブルの上に置いてあったグラスや飲料水のボトルを腕で薙ぎ払った。
「何をやっているんだ、どいつもこいつも! 狙われているのは俺なんだぞ! 汎銀河帝国の皇子、ギルフォード・ロンバルディ・ベンディットだ! それを分かっているのか!!」
「重々承知であります、殿下」
立体ディスプレイではピネラ中尉が表情を変えぬままでそう答えた。
「警備隊及び学園宇宙船乗員は、生徒学生の避難誘導の他、宇宙港から出港作業を行いつつ、侵入者の撃退を試みている最中です。安心して我々にお任せ下さい」
「安心できないから文句を言ってるんだ!」
ギルにそう怒鳴りつけられてもピネラ中尉は、やはり顔色一つ変えない。
「それでは何かありましたらまた連絡いたします」
そう言うなり一方的に管制室からの通信を切ってしまった。
「状況を整理しましょう」
緊張感を押し隠してキースは立体ディスプレイのコンソールを操作する。管制室から転送されたデータがそこに映し出された。
「突入した襲撃艇は五隻。一隻は接近中に対空砲火で撃破されました」
「撃破率20%か。酷いもんだ。連中を追い払ったら、警備隊長は更迭してやる」
ギルはぶつくさとそうつぶやく。
「突入箇所はメインドックと船底部貨物ドック、そして船腹部の緊急用ドック。船腹部は一隻、残りは二隻ずつ突入されています。それぞれの場所で現在、警備部隊とテロリストが交戦中です」
「……被害は?」
ディスプレイに表示されたデータを眺めていたギルは何かに気付いたらしい。突然、真剣な表情になり身を乗り出してキースに尋ねた。
「状況が混乱しており正確な情報は……」
それを遮りギルは声を荒らげて繰り返した。
「被害状況だ! どこで何人死んで、死因は何かだ!」
「は、はい」
キースは再びコンソールを操作した。
「正確な人数は分かりませんが、メインドックだけでも安否の確認出来ない生徒学生が最低でも四人。警備兵の死者は今のところ確認出来ていませんが、最低でも重傷者が五人ほど……。また情報が入ってきていませんが、宇宙港の警備兵および一般市民にもかなりの死傷者が出ているようです」
「一般市民や生徒まで手に掛けるなんて……。ひどい」
アマンダがそうつぶやくが、ギルの耳には届かない。ギルは表示されたデータを見てにやりと笑った。
「ほぉ、こりゃ面白い。見ろよ、こいつを」
ギルが指さしたのは生徒学生の推定死因、及び警備兵が受けた怪我の原因である。
「メインドックで死んだ生徒たちは襲撃艇が突入した時にあおりを食らっている。一方、警備兵の死傷者はテロリストからの銃撃が原因だ。これが何か分かるか?」
キースとアマンダは顔を見合わせるが、アーシュラはギルの指摘に気付いたようだ。
「テロリストは生徒、学生へ攻撃していないという事ですか。殿下」
「その通りだ」
「そんなおかしいです!」
すぐさまアマンダが反論した。
「現に生徒や学生も亡くなってますよ!?」
「いいや、おかしくねえ」
ギルはそう言うと窓に歩み寄りカーテンを開けた。学生寮の一室という扱いになっている屋敷の周囲には警備兵の姿は見えない。全て侵入者の迎撃に向かってしまったのだろう。
それを見てギルは不機嫌そうに吐き捨てた。
「ちッ! 皇子が狙われてるって言うのに、のんきなもんだぜ」
そして室内へ向き直るとギルは言った。
「要するに侵入者の目的は俺。そしてできる限り生徒や学生には手を出さないよう、クライアントからの要望なんだろう」
「でも殿下、現に生徒も死んでいるんですよ!」
反論するアマンダをギルはじろりと睨みつけた。
「一回や二回寝たくらいで、俺に意見するな!!」
その言葉にアマンダは唇を噛んで引き下がってしまった。このやり取りでキースはようやく二人の間に何があったかを察したらしい。当惑した顔をアーシュラへ向けた。アーシュラは呆れたように嘆息するだけだ。
「お前等は俺を馬鹿だと思ってるだろうが、これでも父親は皇帝グレゴール陛下だ。馬鹿は皇帝になれねえ。だから俺もそれほど馬鹿じゃねえ」
ギルは意味ありげにそう言うと、改めてキースに命じた。
「おい、管制室にいる学園長のオッサンに連絡を付けろ」
「わ、分かりました。殿下」
指示には従ったものの、キースはギルの態度に不穏なものを感じ取っていた。しかしこうなってはもう後には引けない。
行き着くところまで行くしかないのだ。
「学園長のジマーマンですが、何か御用ですか殿下。今のところ状況に変化はありませんが、警備部隊は殿下の御身の為、奮戦中で……」
学園長を遮ってギルは言った。
「さっきから緊急警報も流しているが、ここからも学園内全体への放送は出来るな?」
「そりゃ出来ますが……」
怪訝な顔で学園長は答えた。
「俺から一発、学園内へ向かって放送する。すぐに回線を開け」
「殿下がそうおっしゃるなら、すぐにも出来ますが、一体何をお話になると……」
「いいから学園全体へ向けて回線を開け。このギルフォード・ロンバルディ・ベンディットが訓示を行うというのだ! お前は従えばいい!!」
テーブルを蹴り飛ばしながらそう言うギルに、学園長はすっかり怖じ気づいてしまった。
「おい、君。すぐに回線を……。ああ、そうだ。今すぐだ……。殿下、準備は整いました」
振り返り乗員に指示を出した学園長は改めて振り返りそう言った。
「よし、それでいいんだよ」
立体ディスプレイの隅に学園の隅々にあるスピーカーと回線が繋がった事を示す表示が浮かんだ。
「殿下、くれぐれも侵入してきたテロリストを挑発するようなお言葉は……」
「そんな真似はしねえよ」
ギルはにやりと笑った。大方、警備兵を叱咤激励するのだろうと学園長やキース、アーシュラ、アマンダたちは考えていた。
しかしギルの言葉は彼等の予想をいとも簡単に裏切った。
「帝国学園宇宙船ヴィクトリー校の生徒、学生諸君。余は汎銀河帝国第九皇子ギルフォードである。現在テロリストがこの学園宇宙船内に潜入、交戦中である。テロリストの目的は、このギルフォードだ。よって現在テロリストと交戦中の警備兵諸君は、一旦、戦闘を中断。余の警備を最優先にせよ!」
「殿下! 何を仰いますか!」
「そうです、ギル殿下。戦闘を中止して殿下の警備を最優先にしたら、敵を誘導するようなものですぞ!」
キースと学園長が注意したものの、ギルはまったく意に介さず、むしろ調子に乗って続けた。
「帝国学園宇宙船ヴィクトリー校の生徒、学生諸君! 余を、このギルフォード・ベンディットを守れ! 今こそ銃を取れ! 汎銀河帝国皇子のギルを守る為に立ち上がってくれ! 命を賭けるのだ、無論ただとは言わぬ。功績を挙げたものには充分な褒美を与えよう! 例え命を落としたとしても、その家族はもちろん子々孫々まで、このギルを守ったという栄誉と富を与える事を約束しよう!!」
呆気にとられて、もはや誰もギルを制止する事が出来なかった。
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