05-11:「しゃきっとして下さいよ。先生」

「ねえ、もう行くの?」


「君はもうイっただろう」


 制服を着るカスパーは背中越しにそう答えた。


「オヤジくさいわよ、きみ。その言い方」


 ベッドに寝そべる女性はけだるそうに笑ってみせた。


「さっきの連絡でも分かるだろう。どうも学園内で騒動が起きてるらしい」


 カスパーはテーブルに隠されたディスプレイを操作した。すると彼女の部屋の中空に立体映像が浮かび上がる。学園公式チャンネルの放送だ。学校側が制作した映像である事を示すロゴマークが画面の隅に浮かび上がっていた。


「メインドックに二隻の襲撃艇が突入したようです。生徒、学生の皆さんは落ち着いて学園側の指示を守って避難して下さい。この公式チャンネルは常に開いておいて下さい。まず身の安全を最優先に行動して下さい」


「あら、大変」

 女性は全裸を恥じることも無くベッドから立ち上がった。そんな彼女にカスパーは呆れたように笑った。


「緊急放送チャンネルも切っていたんじゃないか。仕方ない子だ」


 テーブルの上に表示されるアイコンを操作すると、いきなり室内に警報が鳴り響いた。どうやら十数分前からずっと鳴っていたらしい。


「映画だと私たち、このまま煙に巻かれたり、テロリストに殺されたりしちゃうのよね」


 そう言う割にはのんびりとシャワールームに向かう彼女を置いて、着替えを終えたカスパーはドアへと向かった。


「もうちょっとしゃきっとして下さいよ。先生」


          ◆ ◆ ◆


「……酷い有様だな」


 ウィルハム宇宙港と学園宇宙船のゲートを繋ぐ桟橋へやってきたスカーレットはそう呻いた。


「ここはまだ被害が少ないようだ。最初に爆発が起きた商業区画はかなりの死者が出ている」


 携帯端末で状況を確認したミロがそう答えた。二人は桟橋からゲートで学園宇宙船へ向かおうとしている所。


 桟橋に繋がる道路は街路樹が倒れ、置いてあった自動車や看板が吹き飛び、建物の窓ガラスが割れ、ドアが外れていた。低空飛行で桟橋からゲートへ突っ込もうとした襲撃機のエンジン噴射による被害だろう。


 追跡中にバランスを失ったのか、警備艇が向かいのブロックに突っ込んでいるのも見えた。


 被害が少ないというミロだが、それもあくまで比較の問題。商業区画よりはましという程度で、あちらこちらに怪我人と救急隊の姿が見える。救急車や救難艇は来ているが、本来ならいの一番に駆けつけて現場を封鎖する警察や警備隊は少ない。


 商業区画の爆発事件で手一杯なのだろう。だからこそミロとスカーレットは混乱に乗じてここまで入り込めたのだ。


「怪我人はいませんか! 怪我人!」


「そこの倉庫にかなり閉じこめられてるらしいぞ!!」


「いやぁ、助けて助けて!! 足がないの! 私の足が!!」


「救命艇回せって言ってるだろう! 急げ、何してんだよ!!」


「ドクター! ドクター、こっちです!!」


「血が止まらないんです! 習った通りにやってるのに」


 そこかしこで悲鳴と怒声が挙がっていた。


「放って置いていいのか?」


 足を速めるミロに追いすがりながらスカーレットは周囲を見回して尋ねた。


「俺たち素人が一人、二人いてもどうにもならん。港湾施設常駐の救急隊がすぐに出動できたのが不幸中の幸いだ。プロに任せよう」


 ミロは瓦礫を避けながら桟橋の方へ向かう。宇宙港全体は半透明のドームで覆われているが、それは昼の時間は青空や雲を投影している。


 今は正午少し前。ウィルハム宇宙港の標準時間が夜間になればドームの向こうに見えるはずの、巨大な学園宇宙船ヴィクトリー校の姿は、ミロたちがいる場所からは見えない。


 突然、ミロが走る足を止めたのでスカーレットはその背にぶつかりそうになった。


「どうした、また何か新しい連絡が入ったのか?」


「いや、アネモス号との通信は欠かしてないが、今のところ新しい情報は無い」


 そう言うとミロは耳に入れたイヤフォンを指さす。指向性スピーカーでもいいはずだが、この状況では騒音を加味すればこちらの方が安心だ。しかしミロが足を止めたのはそれが原因ではない。


「あそこにいるのは自治会長か?」


 そう言うとまた小走りに駆け出した。


「自治会長? カスガ・ミナモトか」


 思いの外広いミロの背中越しにスカーレットは前を覗きやった。その先にあるのは宇宙港の桟橋と接舷していた学園宇宙船のゲートを繋ぐ巨大エアロック。三車線の車道と歩道を丸々閉鎖する事が出来るほどの大きさだ。


 そう、エアロックは閉鎖されていた。つまり学園宇宙船のゲートも閉じられたという事だ。


 その閉鎖された巨大エアロックの前に一台のリムジンが停められて、制服姿の女子生徒がなにやら警備兵とやり合っているのだ。黒く長い髪を振り乱しながらまくし立てるその姿は、確かに学園宇宙船ヴィクトリー校全校自治会長のカスガ・ミナモトに間違いない。


「会長、ミナモト会長!」


 近づいたミロが声を掛けた。それに続こうとしたスカーレットだが、エアロックの真下に赤黒い血だまりが広がっているのを見て二の足を踏んだ。エアロックが閉じた所に巻き込まれたのだろうか。出来れば無事でいて欲しいと願うが、血の量は一人や二人のものではなさそうだ。


「……ミロ、スカーレットさん」


 さすがのカスガもこの状況では冷静さを保っていられないようだ。顔色は紙のようになり、その白い面に黒い髪が落ち、一種独特の凄みさえ見せていた。圧倒されたスカーレットとは対照的に、ミロは平静を装いカスガを落ち着かせるようにいつもの調子で話しかけた。


「どうかしたんですか。かなり慌てているようですが」


「慌てるもなにも……」


 カスガを厄介払いする好機と捉えたのか、警備兵が途中で割り込んできた。


「君、事件現場は立ち入り禁止だ。彼女を連れて退去してくれないか」


 その言葉にカスガはキッとなって警備兵へ振り返った。


「私は学園宇宙船ヴィクトリー校全校自治会長のカスガ・ミナモトです! すぐに学園宇宙船に向かわなければなりません!!」


「いやですからね、お嬢さん」


 警備兵はさすがに辟易とした様子だ。この状況だ。カスガと言えども我を失うのはやむを得ないか。今度はミロがカスガと警備兵の間に割って入った。


「緊急用の通路があるだろう。そこを通してくれないか。我々が学園宇宙船自治会の役員だ」


「だからそれは……」


 兵士の言葉を遮りミロは言った。


「俺はマリウス・シュライデン公爵の息子ミロ。ミロ・アルヴィン・シュライデンである。彼女は婚約者のスカーレット・ハートリー。そしてこちらがミナモト公爵のご息女カスガ嬢であらせられる」


 そしてミロはIDカード代わりの生徒手帳を示して見せた。やにわに警備兵の態度が変わる。


「こ、これは失礼いたしました!」


 これだから貴族社会は……。内心で辟易するミロだが、今はそんな事も言っていられない状態だ。警備兵は姿勢を正して敬礼して見せたが、望んだ返答は得られなかった。


「確かにエアロックを閉鎖した後も、宇宙港の桟橋と学園宇宙船の間は緊急用の通路で繋がっております。しかし現状それは使用できません」


 道理で……!


 宇宙港側で巨大エアロックを閉鎖、学園宇宙船側でゲートを閉じても、緊急用通路で行き来できる。事件事故があれば、そこから警察、軍隊、医療隊が進入する手はずになっているのだ。学園宇宙船にテロリストが突入したにも拘わらず、エアロック周辺にはその姿がないのだ。他にも大きな被害が出ているとは言え、数人の警備兵だけというのはあり得ない。あり得るとしたら……。


「学園宇宙船は出港したのか!?」


「はい」


 警備兵は答えた。


「緊急時の手順としてはあり得なくもない。宇宙港からさらなる脅威が想定される場合、一旦出港して一定の距離を置いて安全を確保する手はずだが……」


 つぶやくミロにカスガが食ってかかる。


「でも今は学園内にテロリストがいるんですよ!」


「それは分かってます、会長。きみ、申し訳ないが、シャトルシップを用意して貰えないだろうか。外部からの攻撃は無いんだろう。用意してくれれば移乗は我々で……」


 カスガに一言答えてから、警備兵に向き直ってそう頼んだミロだが、返ってきたのはまたもや思わぬ言葉だった。


「出来ません。現在、管制塔が確認を取っているのですが、宇宙港外からも未確認機アンノウン数機が学園宇宙船に接近中。また学園宇宙船もそれを回避しようとしてるのか、宇宙港から徐々に離れつつあります」


「どういうことだ!? 宇宙港から離れたら救援が遅れるぞ!」


 ミロに問われても警備兵が知るはずも無かった。

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