05-10:「所属や目的が分からねえから未確認機だろう!!」
「どういう事だ。学園長、状況を説明しろ!!」
ギルは先程から何度もそう繰り返していた。
「説明にも何も……。殿下を狙った暗殺部隊が学園内に侵入したのだろう?」
カウチに腰掛けたアーシュラが呆れたようにそう言うと、ギルは無言のまま手近にあったティッシュボックスを放り投げる。アーシュラもやはり無言のままでそれを避けてみせた。
「正確な状況を確認中です。確かに船内に未確認機が潜入したという報告も有りますが、それがどこの所属で何の目的なのか。撃墜されたという情報も入ってきておりますし……」
学園長はしどろもどろになってそう答えるしか出来ない。
「馬鹿野郎! 所属や目的が分からねえから未確認機だろう!!」
もっともな指摘をするギルにキースとアーシュラは乾いた笑みを洩らすしかない。馴れているのかセキュリティガード三人は直立不動の姿勢でギルの命令を待ち、一方アマンダは落ち着かぬようにリビングをうろうろしているだけだ。
「帝国軌道海兵隊学園宇宙船ヴィクトリー校警備部隊隊長のピネラ中尉であります。殿下」
「お前が
学園長に代わって通信用ディスプレイに映ったピネラ中尉は、出し抜けにギルからそう罵倒されたが、顔色一つ変えずに続けた。
「敵襲撃艇が二隻に、宇宙港へ接舷していたメインドックから侵入されたようです。ドック内にはまだ生徒、学生が残っております。現在、安全な場所へ収容中です」
その報告にギルの顔が強張った。
「襲撃艇二隻か。最低でも二個小隊だな」
平静を装いながもそうつぶやくキースの声は震えていた。
「ああ、暗殺とは言えないほどの大人数だ。これは正面から力尽くで押し切るつもりか。宇宙港や学園宇宙船の警備部隊も少人数の暗殺部隊を想定していただろうから、これは完全に裏をかかれたか」
アーシュラが向けた視線の意味を知ってか知らずか、ギルは声を荒らげて二人にとって思いも寄らぬ言葉を口走った。
「生徒、学生なんざどうでもいい! そいつらは俺を殺しに来たんだろう!! じゃあまず俺を守れ!! それが最優先だろう!!」
キース、アーシュラは驚きを隠せなかったが、やはり馴れているのだろう。今回もセキュリティガードは無言のままだ。その中でアマンダだけは我が意を得たりとばかりに力強く肯いてみせたが、それに注意を払う人間は誰もいなかった。
「ギル殿下。お言葉は分かりますが、我々はまず生徒、学生の安全を確保しろと……」
ピネラ中尉を遮りギルはまくし立てた。
「そうだな。まず学園宇宙船を宇宙港から出港させろ。これ以上、テロリストに潜入されては事だからな」
「確かにマニュアル上、それも想定されておりますが、まずは生徒、学生の避難誘導を……」
「学園長に代われ、もういい!!」
ギルに怒鳴りつけられピネラ中尉は退き、通信用ディスプレイには再び学園長が映った。
「確かに学園宇宙船運用マニュアルには、宇宙港入港中に襲撃を受けた場合、一旦、出港して安全が確保されるのを待つという選択肢も明記されています。しかし現在、船内に敵が侵入中でして、まずそれを撃退、無力化しない事には……」
ピネラ中尉と同じような説明を繰り返す学園長にギルは痺れを切らせたようだ。
「命令だ! これは皇帝陛下の第七皇子にして第九皇位継承者であるギルフォード・ロンバルディ・ベンディットの命令である! 従わなくば皇統への反逆行為で有ると知れ! 今すぐ学園宇宙船をウィルハム宇宙港から出港させてわが身の安全を確保しろ!」
◆ ◆ ◆
「いかがいたしますか。宇宙港からもゲートを閉じろという指示の他、一旦出港して増援を待てという指示も来ています」
何とかギルをなだめすかせて通話を切った学園長にピネラ中尉が尋ねた。
「どうもこうも、こちらが聞きたいくらいです」
脂汗をぬぐいながら学園長はそう答えた。操船機器のメンテナンスに入っていたパーセク警備保障の社員たちも、二人へ興味深げな視線を送っていた。それに気付いたピネラ中尉は振り返り、探りを入れてみた。
「君たちはどう思う?」
「そりゃ当然マニュアル通りに……」
言いかけた若い社員をクック班長が視線で牽制した。若い社員はそれに気付いて慌てて訂正した。
「いえ、自分たちは部外者ですから。皆さんの判断を尊重します」
「もちろんです」
クック班長も首肯した。
無関係か……? ピネラ中尉は内心で首を傾げた。しかしまだ安心は出来ない。
「学園長、私としてはやはり避難してきた生徒、学生の避難誘導を優先したいのですが……」
「私だってそうしたいのは山々です」
スーツのポケットから取り出したハンカチで汗をぬぐいながら学園長は答えた。
「しかし皇子殿下としての命令とあっては無碍にするわけにも行きませんな。生徒、学生の避難誘導を行いながら、学園宇宙船を出港させましょう」
「同意いたしかねます。出港作業を行いながら避難誘導をするとなると、警備兵や学園宇宙船乗員の配置も難しくなります」
「なんでしたら我々が……」
ピネラ中尉と学園長の話を聞いていたパーセク警備保障の社員がまた口を挟んだ。先程とは別の社員だが、またクック班長が小声で黙るように命じた。
「今はこれ以上のテロリストが学園内に侵入するのを阻止するのを優先しましょう。出港します」
学園長は自分の言い訳するように前置してから答えた。
「了解しました。それでは警備兵を出港に備えて再配置いたします。……ああ、それと」
ピネラ中尉は管制室のコンソールについているパーセク警備保障の社員たちに声を掛けた。
「諸君は別室で待機していて欲しい。こちらの指示に従う限りは安全は保障する。何分、緊急事態なものでな」
「承知しました。こういう時ですから仕方有りません。皆さんと生徒、学生さんの安全を祈ります」
そう答えるとクック班長は素直に椅子から立ち上がり、部下たちも無言で上司に従った。
ピネラ中尉はまだ彼等を怪しんでいたが、内心でほくそ笑んでいるとまでは見抜けなかった。
襲撃艇が突入した後、運用マニュアルに従い学園宇宙船を出港させる。本来は彼等が学園長や警備隊長をそう説得するはずだった。それが一番手間取り、不信に思われる可能性が高い、この作戦での最大のウィークポイントであるはずだった。
クック班長もそれは承知しており幾度もシミュレーションを繰り返していたが、幸いその必要も無かったようだ
ギルがここまで小心者だとは、彼等
すでに準備は終えている。周囲で警備兵が見張っているとはいえ、彼等も操船やセキュリティシステムのプロではない。それに目的のものは一見無害なプログラムに見せかけてインストールしたのだ。管制室にいる専門の乗員でも、発見するまでに数時間はかかるだろう。
「こちらへどうぞ」
警備兵の一人が丁重にクック班長たちを連れ出す。このような場合、管制室にいた部外者をどの部屋に連れて行くのかもマニュアルで決まってる。それは身分、状況によっても変わるが、今回のような場合、管制室から少し離れた待機室へ連れて行かれるはずだ。
そしてその対策もすでに済ませてある。
あとは待つだけだ。
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