05-07:「男はいらねえなあ」
「しかし会長はなぜ急にウィルハム宇宙港へ行く事になったんだろうな」
「知らん」
別にキースはアーシュラに尋ねたわけでもない。 車内に二人だけという気まずさから、何気なく思った事を口にしただけだ。だが機嫌の悪いアーシュラは、素っ気ないどころかむしろキースに突っかかるような口調で答えた。
「お見合いかも知れないぞ。ミナモト家は代々そうして結婚相手を選んできたそうだ」
「あの会長が結婚ね。まったくイメージが湧かないな」
苦笑するキースだが、相変わらずアーシュラと憮然としている。
「あくまで私の想像だ。本当にそうかは分からんぞ」
アーシュラが不機嫌なのはカスガからギルのお守りを押しつけられた為。
そもそもミロに入れ込むカスガへの、いわば当てつけ同然にギルに接近したアーシュラと、そしてキースだ。
カスガ抜きで公然とギルと接触できるのは願ってもない事だが、その相手が予想以上に厄介者だったわけだ。
「旧皇帝派がギルを狙うのならば、この休日に工作員を潜入させてくるだろうな。学園側も注意しているそうだが、我々も気をつけないといけないな」
「そうだな」
キースがもっともな事を言っても、アーシュラは気のない返答をするだけだ。そうしているうちに自動運転の自動車はギルの寮の前に着く。
校則上は一部屋扱いになっている屋敷の前は、武装した警備兵が固めていた。自動車から降りた二人はIDカードを兼ねている学生証を見せると、セキュリティガードたちが開ける門を通り屋敷の入り口へ向かった。
通り過ぎる時、セキュリティガードたちがサングラスの下から何か言いたげな視線を向けている事にキースは気付いた。
「どうかしましたか?」
「いえ、別になにも」
キースがそう尋ねても、セキュリティガードのタロウ・サトウはそう答えただけだった。キースは首を傾げたが、アーシュラはそれに構わずイワン・イワノフが開けたドアから屋敷の中へ入った。
「殿下、失礼いたします」
二人が来た事はセキュリティガードからすでに連絡が入ってるはずだ。しかしギルはすぐに出てこなかったし、またアーシュラも出てくるとは思わなかった。皇子とはそういう人種だと理解していたのである。
しかし何か様子が変だ。直感的にそう思ったアーシュラは、自分でも意識しないうちに大股で屋敷の中へ踏み込んでいた。
「おお、なんだ。何しに来た」
リビングの方からようやくギルが出てきた。着替えかけというわけでもないだろうが、シャツの胸元ははだけ、髪は乱れていた。
「昼食という雰囲気ではありませんね」
いささか皮肉めいた口調でアーシュラがそう言うと、ギルはにやりと笑い肩ごしに背後へと一瞥をくれた。
「まあ食っていたわけだけどな」
視線の先にはリビング。そしてソファ。今のアーシュラの声で誰かがソファから立ち上がり、慌てて乱れた服を直しているのが分かる。
「……アマンダ!?」
即座に何が起きていたのかを理解したアーシュラは、ギルの脇を駆け抜けてソファの側に居るアマンダに詰め寄った。
「お前、自分が何をしたのか分かってるのか!!」
しかしアマンダの反応はアーシュラにはまったく予想外だった。
「分かっています。分かっているからこそ、こうするしか無かったんです!」
いつも大人しいアマンダの思わぬ反駁に、アーシュラは完全に虚を突かれてそのまま引き下がってしまった。
「わははは、先を越されたな。ところでカスガちゃんは?」
リビング用の冷蔵庫から取り出したエナジードリンクを飲み干しながら、ギルは笑ってみせた。
「会長なら今日は私用で宇宙港へ行ってるそうです。……どうした、アーシュラ? アマンダも来ていたのか」
後から来たキースが代わりにそう答え、リビングを覗き込んでそう声を掛けた。
「いや、何でも無い。私も少し驚いただけだ」
そして一時ギルを睨むと、そのまま空いているスツールに腰を掛けた。
「今日は全校休日ですので、宇宙港との桟橋にあるゲートが全て開放されております。万が一、何かあると困りますので、今日はゲートが閉鎖される夕刻まで、我々がこちらに待機させていただきます」
キースのその説明にギルは即答した。
「男はいらねえなあ」
冗談だと思いキースは苦笑するが、それが本気なのだとアーシュラは分かっていた。そして徐々に危機感を強くしていた。
これは失敗したかも知れない。
評判が悪いとは承知していた。結果的に自滅するならば別に構わない。いざとなれば沈む船からはすぐに逃げ出せば良い。しかしこの男は周囲を巻き込んでいくタイプだ。
そうか……。
何か引っかかっていたが、ようやくアーシュラは合点がいった。
ミロとは正反対の人間なのだ。
ギルは周囲の人間を巻き込み沈んでいく。自分だけでは決して沈まない人間なのだ。
まずいな、その時になったらすぐに逃げ出さないと。しかし今さら逃げ出せるのか?
アーシュラは無言で唇を噛んだ。
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