05-06:「お前らしくもないな」

 その日までに学園宇宙船ヴィクトリー校に必要な物資の搬入は終わっていた。予定されている入港期間もあと数日。


 今日から三日間、学生、生徒、そして教職員たちも授業や学校行事を休んで、自由にウィルハム宇宙港へ出入り出来る。


 いわゆる全校休日だ。


 一日目の朝から始まり、三日目の夕方には学園宇宙船へ戻る。二日目は丸一日完全休養という事で、ウィルハム宇宙港にあるホテル等での外泊も許可される。


 滞在先については学園側に報告しておかなければならないが、それが事実かどうかについては、トラブルでも起こさない限り調査もされないので、かなり自由に振る舞えるのだ。


 もっとも深窓の令嬢ばかりは集まってる中等部女子ノーブルコースだけは当然例外。家族でも来ない限りは、いつものように『聖域』内にある専用の寮ですごす事になっていた。


 大半の学生、生徒、教職員が休日を利用してウィルハム宇宙港へ滞在している状況は、ギルの命を狙う傭兵部隊にとっては実に好都合だった。


          ◆ ◆ ◆


「ポーラも事情は分かってくれた。ギル皇子の件、シュライデン一族にとっては何のメリットもないのだからな。今まで通りルーシアを守ってくれるそうだ。念の為、いつでも連絡できる通信機を渡しておいた。シュライデン一族のコネで入手した、学園の古い緊急コードを利用した装置だ」


「そうか……」


 自動運転のハイヤーの中で、スカーレットからそう聞かされたミロは、いささか浮かぬ様子だ。そんなミロに対面のシートから身を乗り出してスカーレットが尋ねた。


「私が勝手にポーラと会って事情を説明した事が不満なのか? 男性が女子中等部ノーブルコースの生徒と会うのは大変だとこの前も説明しただろう」


 スカーレットは自分が一人でポーラに事情を説明した事に、ミロが不満を持っているのだと誤解したようだ。


 少し口を尖らせている。


 そんなスカーレットにミロは笑った。


「いや、違うんだ。ポーラの気持ちを利用しているようで、少しな」


「気がとがめるというのか。お前らしくもないな。ポーラがやりたいと言ってるのだ。好きにさせるのが、あの子の為でもある」


 無闇に得意げな様子でスカーレットはそう言った。


「それは確かにそうなのかも知れないが……」


 スカーレットの態度に苦笑を漏らしながら、ミロはハイヤーのウィンドウに掛かったカーテンを開けた。


 ハイヤーが走ってるのは学園宇宙船とウィルハム宇宙港を繋ぐ桟橋。


 双方とも直径数十キロという巨大構造物なので、桟橋と言っても数キロもの長さがある。

 その上は学園宇宙船から宇宙港へ向かう生徒、学生、教職員を乗せたバスで渋滞しており、ハイヤーも走るというよりは、停まっている時間の方が長いという状況だ。


 正午には目的地に着かなくてはならないが、どうやら予定通りにはいきそうにない。


「……なんだ、あのクルマは」


 渋滞しているのは学園宇宙船から宇宙港へ向かう車線のみ。反対側の宇宙港から学園宇宙船へ向かう車線には、何も走っていないかと思ったが、大型トレーラーが一台やってきた所だった。


「物資の搬入作業はもう終わったはずだが……。会長から何か聞いていないか、スカーレット」


「ああ、あれは搬入作業とは関係ない。警備会社のトレーラーだ。パーセク警備保障だな」


 自分の席から反対車線を走るトレーラーと、車体に描かれたロゴマークを確認してスカーレットは答えた。 


「あのパーセク警備保障は一般的な警備の他、コンピュータやネットワークのセキュリティも請け負っている。学園宇宙船が停泊している間、操船機器のメンテナンスをやると言っていたから、その一環だろう」


「なるほどな……」


 そうは答えたものの、ミロはまだ釈然としない顔だ。


「ギルに何か仕掛けるなら今が好機だ。休日で学園内には人がいない。あいつの会見からそう日は経ってないから、まだ警備体制も整っていない。今は迂闊に部外者を学園に入れるべきではないのだがな……」


「気持ちは分かるが、メンテナンスをやらないわけにもいかないし、学園側も信頼の置ける企業しか校内に入れないはずだ。物資の搬入でも分かっているだろう?」


 頻りに気にするミロに、スカーレットはそう言った。


「それもそうか。念の為、カスパーやキャッシュマンに会社の情報を調べておいてもらおう。いずれにせよ何かあればマリウス公との話で何か分かるだろう」


 ミロは携帯端末を取り出してメールを送信した。


 二人はマリウス・シュライデンから重要な話があるとウィルハム宇宙港へ呼び出されたのだ。


 もっとも現シュライデン公爵家当主であるマリウスが直接宇宙港へ来るはずもない。万全なセキュリティを備えた通信設備を持ったシュライデン家の宇宙船アネモス号がウィルハム宇宙港に到着している。


 その通信設備で屋敷にいるマリウスとリープ通信によるテレビ会議を行うのだ。リープ通信機を使ったテレビ会議設備は学園宇宙船にもあるのだが、盗聴傍受を恐れたマリウスは念には念を入れて専用の宇宙船を寄越したのである。


「存外に心配性だな、貴様は。連中も休みなのだから、そっとしておいてやればどうだ」


 そんなミロにスカーレットは嘆息してぼやいた。


「キャッシュマンは何かの買い付けで、スピード・トレイルと一緒に宇宙港に行ってるが、カスパーは通常の情報収集作業にいそしんでいるらしい。ついでにやってもらうだけだ」


「あいつは学園に残ってるんじゃないか? そもそも学園で情報収集と言っても……。あっ」


 カスパーの情報収集が主にどういう手段なのかを思い出したスカーレットは思わず頬を紅くした。


「他人の命を預かってるなら、心配して過ぎる事はない。自分の命を失う時は一瞬だが、他人の命はそうもいかない」


 ミロはウィンドウのカーテンを閉じると、まるで自分自身に言い聞かせるように言った。


 他人の命を預かり、それを失えば後悔が残る。そして後悔は判断を遅らせる……。


 ミロは、いやアルヴィン・マイルズは胸中でその言葉を思い返していた。

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