05-08:「頼まれずとも!」
「パーセク警備保障のアンソニー・クックです。定期メンテナンスに参りました」
「お待ちしておりました。……おや、いつものホン・ガオさんはいかがされました?」
帝国学園宇宙船ヴィクトリー校の管制室で待っていたジマーマン学園長は、入ってきたメンテナンス要員に、手を差し伸べながらも訝しげな表情を浮かべた。
「ホン・ガオは来週末まで休暇中です。こちらのヴィクトリー校は初めてですが、全員学園宇宙船のメンテナンスの経験はあります」
「なるほどそうですか」
握手を交わしたもののジマーマン学園長は不安げにクックとその部下を見ている。
何しろギルが余計な会見をして無駄に耳目を集めてしまった直後だ。いつもと違うメンテナンス要員が来れば気に掛けるのも道理だろう。
「状況は承知しております。本社の方に問い合わせても構いません。なんでしたらホン・ガオの班が休暇明けになるまでメンテナンスを延期することも出来ますが」
「来週末まで宇宙港に停泊するわけにもいきませんな。出来るだけ早く離れたいくらいでして」
そう言うと学園長は苦笑した。そのやり取りを背後で見ていた船内警備部隊の指揮官ピネラ中尉が声を掛けた。
「管制室は警備兵が監視しております。専門知識はありませんが、妙な真似をすればすぐに対処可能です。それほど気に病むことは無いかと思います」
「そうか。それもそうだな」
自分を納得させるように何度か肯くとジマーマン学園長はクックの方へ向き直り言った。
「それではお願いします。クックさん」
「承知しました」
クックは部下を促して、学園宇宙船の制御システムコンソールに付いた。
「学園長殿。念の為、パーセク警備保障本社にもう一度身分照会をしてみます」
「ああ、頼んだよ。ピネラ中尉」
背後で二人がそんな会話をしているのが耳に入る。しかし身分照会などしても無駄だ。パーセク警備保障はクック以下の要員を制式に派遣したと答えるだろう。
「点検から入るぞ」
「了解しました。クック班長」
バスケットコート程の広さの管制室には、数人の警備兵が配置されている。それ以外にも学園宇宙船の乗組員も待機していた。しかし誰もがいつも通り入港時に行われる定期メンテナンスだろうと気を緩めているようだ。
「いつも通り外部位置灯のチェックから行こう」
「了解しました。班長。点滅させてみます」
マニュアル通りの対応。誰も不信に思うことはない。しかしそれを合図に作戦は実行されたのだ。
◆ ◆ ◆
「赤、赤、青、白、赤、青……。信号来ました。
「よろしい」
コンキスタドーレス社で今回の作戦を指揮するフォラン大尉は、その報告を受けて肯いた。ここはウィルハム宇宙港に停泊中の擬装貨物船の中。作戦の指揮管制室だが、外部からはただの貨物用コンテナにしか見えないはずだ。
指揮管制室の監視用ディスプレイには学園宇宙船ヴィクトリー校が映っていた。現在は停泊中のために使用されていない位置灯が点滅している。それは『無事潜入成功。任務開始』を告げるメッセージである。
フォラン大尉は通信機へ向かって言った。
「現時刻10:32を以て作戦を開始する。
◆ ◆ ◆
「ギル殿下は相変わらずか。困ったものだ。今回の件で皇族の皆さまも大層お怒りと聞いている」
リープ通信回線で送信された映像で、マリウス・シュライデン公爵は嘆息していた。
「今のところ皇帝陛下のお考えは分からん。しかしあの陛下のことだ。ギルに何があっても口を挟むことはするまい」
「なるほど」
シュライデン家所有の宇宙船アネモス号の通信室で、ミロは皮肉な笑みを浮かべて肯いた。
「それだけの事をしたのだ。殺されても文句は言えまい。逆に言うと殺害されても自業自得とお考えというわけですね」
「そうだな」
マリウスも苦笑で肯き返した。すでに故人である本物のミロ・ベンディットにとってマリウス・シュライデンは伯父に当たる。
皇位継承者は成人するまで身分を明かせない慣習になっているが、それまでは建前上ミロの父だ。
惑星エレーミアでアルヴィンがミロの代わりになると言った時は激怒したマリウスだが、その後の両者の関係はむしろ良好だ。
このように笑みを交わし合う事もある。隠居したはずの父ゼルギウスが、今だシュライデン一族内で権勢を揮い、いささか影の薄いマリウスとしては、ミロの影武者を務めるアルヴィンに少なからずシンパシーを感じてるようでもある。
マリウスは真剣な顔付きに戻ると言った。
「しかしアルヴィン。気をつけろ。万が一にでもギルが今後のテロを生き延びるような事が有れば、それだけカリスマ性が増し、皇位継承争いで有利になるやも知れぬ」
ゼルギウスはアルヴィンを名前で呼ぶはない。常に『少年』で通している。一方のマリウスは周囲を欺く必要が無い時はアルヴィンと呼んでいる。この辺りからも二人の対応が違う事が分かる。
「正直なところ、もしもの事が有った場合、ギル殿下が生き残れそうな可能性はまずありそうにないのですが……」
苦笑してそう言ったスカーレットにミロとマリウスが厳しい視線を向けた。
「すいません。軽率でした」
慌てて弁明するスカーレットに今度はマリウスが苦笑した。
「いや、実のところ私もスカーレットの言う通りだと思う。だがギルは暗愚だが、だからこそ利用価値が有ると考える人間がいてもおかしくないのだ。そんな軽率な輩がうかつに協力すれば……」
「マリウス公。それでギル暗殺に民間軍事会社のコンキスタドーレスが動いているという話ですが……」
ミロが話を問題に戻すと、マリウスも厳しい顔つきで肯いた。
「うむ。恐らくロンバルディ侯爵も神聖派と旧特権派がこうも素早く手を組むとは想定してなかったろう。旧特権派が資金を負担しているのは間違いない。資金不足で自由に戦力を動かせなかった神聖派だが、結果的にギル殿下が手を組ませてしまったわけだ。それと一つ気になることがあって……」
その時だ。ミロの携帯端末が着信を告げた。画面を一瞥したミロの表情が険しくなる。
「失礼」
何かあったと察したスカーレットとマリウスは口をつぐんだ。ミロはそのまま椅子から立ち上がり一旦、テレビ会議室から出て行った。
「一体……」
スカーレットが言い終える前に血相を変えたミロが戻ってきた。そしてそのままマリウスに尋ねた。
「マリウス公。イモビーレカンパニーについてご存じですか?」
「イモビーレ? ああ、今回コンキスタドーレスについて調査を進めた時に聞いた覚えがある。確か技術提携をしたはずだ」
「もう五〇年以上も前の話ですが、そのイモビーレカンパニー創設者とはある警備会社を創設したものの、社内の主導権争いに敗れて退任しています。そして新たに創設した会社がスーパーノヴァ警備。改名、合併、分社化を経て現在はパーセク警備保障。そのパーセク警備保障が、今まさに学園宇宙船のメンテナンスをやっているんです!」
ミロのその言葉にマリウスの顔つきも厳しくなった。
「し、しかし五〇年も前じゃないか。それに会社を追われたのなら、すでに影響力なんか……」
スカーレットのその問いにミロは答えた。
「マクソンが調べた結果では、退任の原因は株主との軋轢で会社幹部とは円満な関係だったようだ。またカスパーが言うにはパーセク警備保障に至るまで紆余曲折はあったが、創設者の意向は未だに様々な形で経営方針に反映されてるという噂だ」
「少し検索してみたところ、パーセク警備保障というのは信用できる会社のようだが……。念には念を入れた方がいいだろう。私の方からも学園側に改めて調査を行うように進言しておく」
手元のコンソールを操作していたマリウスは、顔を上げてミロとスカーレットに向かってそう言った。
「有り難うございます。……念の為、すぐに学園宇宙船に戻った方がいいだろう。ポーラが付いているとはいえルーシアが心配だ」
「そ、そうか。まあ、そうだな」
すぐに帰ると言い出したミロに、一時スカーレットは落胆したような顔を見せたが、すぐに気を取りなおして椅子から腰を浮かせ掛けた。
「何かあったら知らせてくれ。私も……」
しかしマリウスが言い終える前に、このテレビ会議室が置かれている擬装客船のブリッヂから緊急事態を告げるシグナルが鳴った。
「どうした?」
ミロのその声で制御AIは回線を開いて良いと判断したようだ。すぐにインターフォンディスプレイにブリッヂにいる乗員の顔が映った。
「マリウスさま、ミロさま。会議中の所申し訳ありません。緊急事態です」
それは分かっている。前置はいい、さっさと話せ。これだから貴族制度というものは……! そう言い出したくなるのを堪え、ミロは続きを待った。
「ウィルハム宇宙港の港湾施設で連続して爆発が起きています。現在原因を調査中……。あ、また起きました。一つ一つの規模は大した事がありませんが、すでに数回連続しています」
「場所はどこだ? 学園宇宙船やこのアネモス号の近くか?」
反射的に聞き返すミロに乗員の方もすぐに答えた。
「学園宇宙船とは反対側です。商店や銀行が集まっている辺りなので、強盗と警察がやり合ってる可能性も……」
「それはない」
ミロは断言した。
「このタイミングで起きたのだ。学園宇宙船やギルそしてコンキスタドーレスと無関係なはずが無い! 十中八九関係ある。関係あるものとして行動するべきだ」
「しかし早すぎる。まだギルの会見から一週間だぞ」
狼狽えるスカーレットにミロは言った。
「一週間もあれば充分だ。それでなくとも前王朝派は、息を潜めてタイミングを見計らっていたのだ。千載一遇のこの好機を逃がすはずが無い!」
マリウスもディスプレイの向こうで肯いた。
「うむ。我々は奴らの執念を軽んじていたようだ。アルヴィン……、いや、ミロ。ルーシアを頼んだぞ」
「頼まれずとも!」
マリウスに背を向けたままミロは答えた。
「俺は俺の為にルーシアを守る。それだけです!」
そのままテレビ会議室を出て行くミロの後をスカーレットは慌てて追った。
「それでどうするのだ。ミロ。まだ学園宇宙船が狙われてるという報告はないようだが……」
「とにかくすぐに学園宇宙船に戻ろう。これは陽動だ。敵が、テロリスト共が何らかの形で侵入してくるのは間違いない。陽動ならば宇宙港に駐屯している帝国軍が侵入できないように工作する時間稼ぎが目的のはずだ」
スカーレットにそう答えると、ミロは改めて携帯端末を取り出した。
「ミロ・シュライデンである。これより通信回線を開いたままにしておく。些細な事でも構わん。逐一俺に報告してくれ」
アネモス号ブリッヂにそう告げるやすぐさま返答があった。
「爆発で被害が出た区画に消防艇、警備艇が出ていますがちょっと様子が変です。数隻、進路を変更して……」
最後まで言われずともその目的地は分かる。ミロはすぐさまアネモス号ブリッヂに指示を飛ばした。
「学園宇宙船に入り口のゲートを閉じろと伝えろ!!」
進路を変更した消防艇、警備艇は、事件の起きた現場では無く、なぜか学園宇宙船へ向かっていたのだ。
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