05-04:「ウォレス・ハーシュハイザー伍長!」

「……以上で今回のミッションに関する最終確認は終わりだ。何か質問は?」


 ウィルハム宇宙港の片隅に接舷している擬装貨物船の中で、そのブリーフィングは行われていた。


 貨物船は民間軍事会社コンキスタドーレスの所有。

 当然、その中で行われているのもコンキスタドーレス社のブリーフィングだ。

 コンキスタドーレス社はクライアントの要望さえあれば、どんな軍事行動も引き受ける。相応の金銭ともみ消しの手段さえ提供してくれれば、明らかに法に触れる任務でも引き受けるのだ。


 裏では公的テロリスト企業とさえ言われている。


 そのコンキスタドーレス社だが、オーナーを始め幹部社員の大半が、前皇帝派の中でも特に過激で狂信的と言われる神聖派の支持者なのである。


 神の化身と信じるシュトラウス皇家の為、彼等はいつでも自分たちが所有する戦力を提供する意思は有ったのだが、建前とは言え民間企業を装っている以上、そうそう無理も出来ない。株主への説明も出来ないような作戦行動は取れないのだ。


 神聖派の指導者から正規の手続きを踏んだ依頼が来れば良いのだが、生憎とその過激な思想故に支持の広がりに欠け、慢性的な資金不足に陥っていた。だが今回のギルの暴走が一役買ってくれたのだ。


 現皇帝グレゴールの怒りを買い、資金力を持ちながら辺境空域に身を隠していた、いわゆる旧特権派から資金援助の申し出があったのだ。


 前皇帝ヘルムートの孫娘との婚姻を一方的に公表したギルが、余り仲が良いとは言えなかった両派に手を組ませたのだ。


 旧特権派が資金を負担して、神聖派がクライアントとなり、正式な依頼をコンキスタドーレス社に依頼したのだ。


 その内容は皇位継承者たるギルフォード・ロンバルディ・ベンディット皇子の殺害である。


「質問が無いのなら……」


 作戦参謀がそう言ってブリーフィングを切り上げようとした時だ。コンキスタドーレス社と契約している兵士たちの間から一人が手を上げた。


「ウォレス・ハーシュハイザー伍長!」


 階級はコンキスタドーレス社と契約している兵士たちのみで通用するもの。しかし帝国軍に参加経験がある場合は、できる限りその階級に就けるよう配慮される。作戦参謀に名を呼ばれた一人の若い兵士が直立不動のままで言った。


「イエス、サー! 今回の任務において、途中、作戦目的達成の妨げになるようなら、帝国学園在学中の生徒、学生との交戦も止むなしという事でありましたが、それはどの程度まで許されるのでありますか?」


 ブリーフィングルームに集まっていた契約兵士、つまり傭兵たちの間に緊張が走る。それは誰もが再確認しておきたかった事なのだ。自分たちは正義の味方では無いと分かっていても、プロの兵士が子供相手に銃を向けるのは気が引ける。


 クライアントである神聖派には大義名分があるのかも知れないが、傭兵たちにとっては決して名誉な仕事とは言えない。


「帝国学園宇宙船ヴィクトリー校には、有力貴族や政財界関係者の子弟が通っている。不要な被害を出さないというのがクライアントの要望だ」


 参謀のその答えに、そこかしこから笑いが漏れる。結局の所、答えになっていないからだ。コンキスタドーレス社と契約して日が浅いハーシュハイザーは、参謀の返答に納得がいかず、素直に重ねて質問した。


「サー、学園には士官候補生コースも有り、それ以外の生徒も選択によっては戦闘教練を受けていると聞きました。戦闘実習、教練用の武器を出してきた場合はどのように対処すればよろしいのですか?」


 その質問にまた笑いが漏れた。参謀も嘆息してから答えた。


「帝国軍制式小銃や拳銃などの小火器は装備しているが、いずれも訓練用なので弱装弾になっているはずだ。今回の任務で着用するC-A1型ボディアーマーは貫通出来ない。警備兵の装備のみに注意すれば良い。あとは装備品の対人制圧手榴弾や催涙ガス弾で対応してくれ。クライアントは無益な殺傷を好まないとの事だ」


 兵士たちはその答えに苦笑を交わし合う。完全武装で平和な学園に乗り込み、皇位継承者を白昼堂々殺害するのだ。そんな注文をしておいて無益な殺傷は好まないも何も無い。


「他に質問は……」


「あの、サー。申し訳ありません。もう一ついいですか?」


 また挙手するハーシュハイザーに、参謀はうんざりとした顔をした。それに構わずハーシュハイザーは尋ねた。


「目標はギル皇子一人ですね。それにしてはこの部隊編成は多すぎるのでは無いですか?」


 その問いに参謀の表情は厳しいものへ変わった。


「如何に皇位継承者とはいえ、殺害のみを目的とするなら、学園に工作員を紛れ込ませるだけで充分ではありませんか? その方がより確実で、また無用の被害を出さずに済みます」


 ハーシュハイザーの言う通りだ。今回のギル皇子殺害ミッションにはAからHの八班に分かれ、それぞれが十人前後の兵士が配されている。いまブリーフィングルームにいるのはその八〇人余り。


 ハーシュハイザーが配属されているのはEチームだ。後方支援の舞台を含めれば百人を越える大人数だ。確かに一人の人間を殺害するには大がかりすぎる。


「ギル皇子の殺害が目的だが、ただ命を奪えばいいというものではない」


 参謀は少し間を置いてから答えた。


「クライアントからは出来るだけ大がかりにやってくれと依頼されている。二度とギル皇子のようなよからぬ事を企む人間が出ないようにとな。要するに見せしめだ。安全と言われている学園の中で殺害されれば、前皇帝派の意向に逆らえば命が無いと誰もが理解するだろう。依頼の趣旨はそう言う事だ」


「有り難うございます。サー。納得しました」


 意外とあっさりハーシュハイザーは引き下がった。それを確認して改めて参謀は言った。


「それでは解散。作戦開始まで各自充分に休憩を取るように」


 ハーシュハイザーを含めた兵士たちは三々五々ブリーフィングルームから出て行った。


 一人居眠りしていた兵士がいたが、周りの様子がおかしい事に気付いて、左右を見回してから慌てて退出した。


「あいつも新兵か。大物だな」


 Bチームの副操縦士を務める兵士に参謀は嘆息した。


 しかし参謀は兵士たちが出て行ってもブリーフィングルームから立ち去ろうとしない。直接の指揮を執る各部隊の隊長たちも同様だ。


 しばらく世間話をしながら、何かを待っているようだ。そして十分余り。彼等が待っていた人間たちが来た。


 先程までブリーフィングルームにいた兵士たちだ。しかし全員ではない。四分の一、つまり二〇人ほどでハーシュハイザーの姿はなかった。


 参謀たちは彼等が戻ってくるのを分かっていたようだ。特に驚く風も無く、おおよそ人数が揃ったところでおもむろに話し始めた。


「Gチーム、Hチーム全員揃ったな。それではに入ろう。先程も話したようにGチームは先に学園宇宙船に潜入して事前工作を行いHチームはその支援と脱出路の確保が任務だ。しかし貴官らにはその前にやって貰わなければならない事が有る。これはクライアント同士の取引で決まった事だ。場合によっては本来の目的より優先せねばならないので他チームには機密とする」


 そして一同を見回してから参謀は言った。


「Gチーム、Hチーム。本来の目的はヘルムート前皇帝陛下のお孫さんを確保した上、学園宇宙船を旧特権派の拠点であるペイドリア辺境空域へ誘導する事だ」

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