05-03:「まず言っておくが俺は紳士だ」

 入り口の方が騒がしい。


 校則上、寮の一部屋という建前になっているが、ギルに与えられたのは事実上、屋敷一軒だ。

 その入り口の方でどうやらセキュリティガードたちが誰かと押し問答をしているらしい。


「どうした?」


 リビングのソファに座り、持ち込んだ銃器のチェックをしていたギルは、入り口の方へ向かいながら声を掛けた。


「はい、殿下。この女が殿下にお話があると……」


 屈強なセキュリティガード三人の間から、高等部女子の制服が覗いている。


「あ、あの……! ギル殿下!!」


 セキュリティガードの間から出てきた女子生徒にギルはいささか驚いたようだ。


「ああ、お前。カスガと一緒にいた自治会役員の、ア……。なんだっけか?」


 カスガ以外の名前は覚えていない。もとより男性の名は覚える気も無い。二人いた女子役員の名前がどちらもアから始まるのは、辛うじて記憶に残っていたが、背の高いのと小さいのとしか区別していなかった。


「アマンダ・ブレアです。ガレス・ブレア子爵の娘、アマンダです」


 何やら勢い込んでアマンダはそう言った。自己紹介は先程もしているのだが、その時は名前と自治会の役職だけ。父の名も明かしたのは、今が初めてだ。アマンダの態度、そして父の名と爵位を口に口にした事で、ギルはその意図を察したようだ。


「ほぉ……」


 にやりと口元に下卑た笑みを浮かべると、ギルはセキュリティガードに言った。


「行け。俺が呼ぶまで入ってくるな」


「了解しました」


 三人のセキュリティガードは直立不動の姿勢でそう言うと、入り口のドアから出ていき、庭にある監視所に向かった。ギル自らドアを締めると、アマンダの表情に緊張が走る。


「まぁ来い。話をしようぜ」


 そう言いながらギルはリビングの方へ向かう。アマンダはきゅっと唇を噛みしめながらギルの後を着いていった。


「さて、アマンダちゃんだったな」


 ぐるりと振り返るとギルはアマンダに言った。


「まず言っておくが俺は紳士だ。そのまま一八〇度反転して戻っても構わないんだぜ。入り口のドアには鍵を掛けてない。正直、お前さんは俺の好みじゃないんでな」


 ストレートにそう言うギルに、アマンダはますます強く唇を噛み、そして握りしめた拳が震える。徐々に蒼白になっていくアマンダの顔色に、ギルはますます調子にのっていった。


「しかし、女のそういう表情は嫌いじゃないぜ。だから俺は言う。右手がシャワールームで、左手の奥がベッドルームだ。まあ引っ越しを手伝ったお前なら、いちいち言わなくても分かるだろうけどな」


 この人は……、分かっているんだ。私が何をしようとしてるのか、そして私がどんな気持ちなのか。それを分かっていて、こんな事を言ってるんだ……。


 アマンダは立ち尽くしたまでそう考えていた。ギルはそんなアマンダの間近に来ると、少し声を荒らげて言った。


「それでお前は、俺にどうして欲しいんだ?」


「……下さい」


 下をうつむき、蚊の鳴くような声でアマンダは言った。


「ああぁ~~ッ!? 何だって!!」


 アマンダが何を言いたいのか分かってるにも拘わらず、ギルは顔を近づけて聞き返した。


 もういや! もう……! でも私にはもう行く所も、帰りを待ってくれる人もいない。それならもうお父さまの言う通りにするしかない……。


「私、私を……。抱いて……」


 涙がぼろぼろこぼれ落ち、言葉にならない。そんなアマンダに、ギルはチッと舌打ちすると、思わぬ行動に出た。


 やにわにアマンダの股間に手を伸ばすと、スカートと下着の生地ごとその恥部をぎゅっと握りしめたのだ。


「ひッ!?」


 想像だにしなかった感触に、アマンダは悲鳴を上げギルの手を振り払い後退った。


「あ、あの。な、なにを……!?」


 恥辱で混乱するアマンダだが、それに構わずギルはその手をぺろりとなめて見せた。


「……なんだ、中古か」


 ギルのその言葉に、アマンダはわき上がる怒りを押さえきれなかった。


「そんな言い方、ないじゃないですか! 確かに私は男性経験がありますが……」


 そこまで言いかけた時、ギルがやにわに笑い始める。そこでようやくアマンダはギルの仕掛けに乗ってしまった事に気付いた。


「ああぁ……」


 思わぬ失態にアマンダは顔を両手で覆い、そのまましゃがみ込んでしまった。


「まぁいいさ」


 そのアマンダに向かってギルは言った。


「入学手続きやなんかで俺も忙しくてよ。この所、ご無沙汰だったんだ。使ってやるぜ。シャワー浴びて来るからベッドで待ってろ。クルマに轢かれた蛙みたいに、大股開いてな!! ははははは!!」


 そしてギルはシャワールームへ向かって行った。アマンダはしゃがみ込んだまま、帝国学園の制服の襟に手をかけた。少し顔を上げてドアの方へ一瞥をくれる。ギルの言う通りなら、鍵は開いている。そしてギルはすぐ分かるような嘘をつく性格とも思えない。このまま逃げ出しても、追ってくる事もしないはずだ。


 明日からまたいつも通りの生活に戻れる。今ここで立ち上がり、踵を返してドアから出て行くだけでいいのだ。


 でも……。アマンダは自問する。ここから出て行って、そして戻った先にあるものはなんだろう。いつも通りの生活とは何だろう。親の、貴族として生きていく為の道具でしか無い自分とは何だろう。


 結局、その道しか選べないのならば、少しでも自分と似た境遇の人間の側に居たい。

 それが自分の偽らざる心境だと理解した時、アマンダは少し驚いた。そして悟った。


 もう戻れない。


 アマンダ・ブレアは立ち上がり、制服のボタンを外した。

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