04-11:「なるべく早い方がいいでしょう」

 そこは落ち着いた雰囲気のレストラン。しかし広い店内で客が座っているテーブルは一卓だけ。他にも沢山テーブルがあるのに客の姿は見えない。


 その一卓のテーブルに着いた客たちの為だけに、店内の奥でバンドが音楽を演奏している。その曲のせいもあって、店員や厨房の人間には客たちの会話は聞えない。


 テーブルに着いているのはすべて男性で六人。みな身なりは良い。片側についた三人は全て恰幅も血色も良いが、反対側に座る男たち三人は服装こそきちんとしているが、どこか貧相で表情からも余裕の無さが伺えた。


 男たちはとりとめの無い会話と共に食事を楽しんでいたが、メニューも残り少なくなってきた頃、恰幅の良い男デルガドが本題を切り出した。


「それで何十万ほど用意すれば良いのですかね。ビンガム殿」


「50万もあれば充分だ。幸い熱心な同志が民間軍事会社を経営しておる。しかし如何に同志と言えども無償で部隊を提供して貰うわけにもいかんからな」


 その答えに、デルガドたちは声を潜めて何事か話し、そして肯き合った。


「承知しました。その程度なら何とかなるでしょう。所定の口座に分割して振り込んでおきます。マネーロンダリングはそちらでもお願いしますよ」


「有り難い、デルガド殿。もちろんあなた方の要望も民間軍事会社の方へ伝えておこう。手はず通りに進めば我々双方にとって有益な結果になるはずだ」


 ビンガムと呼ばれた貧相な男はホッとしたようにそう言った。それに釣られたのかデルガドの口も軽くなったようだ。


「それにしても皆さんとこうしてテーブルが囲めるとは思いも寄りませんでしたぞ。我々と皆さんは、なかなか意見の一致を見ることが出来なかったのですが、今回ばかりは話が違いますからな」


「左様。神君ヴァルデマールさまの血を逆賊ベンディットで汚すなどあってはならぬのだ。皇家シュトラウスに仕えたものは、一致団結してあのギルという無法者を排除せねばならん」


 ビンガムはいわゆる神聖派の重鎮。彼等はシュトラウス王朝の血統を神から与えられた神聖なものと考え、特に初代ヴァルデマール・シュトラウスを神君と崇めているのだ。


 神聖派の思想は事実上、宗教と言っても過言では無い。そんな彼等がシュトラウス王朝の血を引くルーシアとの婚姻を、一方的に発表したギルを許すはずがない。


 一方のデルガドは前皇帝ヘルムートの治世で、様々な特権を得て利益を独占していた貴族や商人たちの代表。彼等は俗に旧特権派と呼ばれている。


「その通りです。ビンガム師。これまで色々とありましたが、全て水に流すとは行かないまでも、当面は休戦してベンディットの血を引く者が、姫さまに近づくのを阻止せねばなりません」


 デルガドもビンガムにそう答えた。デルガドを代表とする旧特権派は、基本的に利益にしか興味が無い。


 旧特権派は現在の皇帝グレゴールから敵視され、現在はある辺境空域に立てこもっている。


 立てこもってると言えば聞こえは良いが、皇帝グレゴールにより辺境空域に封じ込められているのが実情だ。利益の独占を保障してくれた旧シュトラウス王朝の治世を懐かしみ、その復権を支持してるに過ぎない。


 資金的には恵まれているが、辺境空域以外に戦力を持たない旧特権派にとっては、文字通り宝の持ち腐れになっている。


 精神的な拠り所か、現実的な利益か。前皇帝派の中でも、神聖派と旧特権派の思想は極端に違う。


 しかし今回ばかりは即物的な目的という意味で一致したのだ。


「我らの同志が経営する民間軍事会社だが、すぐにでも動けるという話だ。すでに準備は進めて貰っておるが、決行はいつぐらいが良いですかな」


「なるべく早い方がいいでしょう」


 ビンガムの問いにデルガドの隣りにする男がそう助言した。デルガドはその言葉に一つ首肯して答えた。


「ギルが会見してから銀河標準時で三日。奴が入学する学園宇宙船は宇宙港に二週間ほどしか停泊しないようですから、あと一週間のうちに用件は済ませねばなりません」


「うむ。それは可能だ。しかしデルガド殿。貴殿らの準備もある。大丈夫なのか?」


「急がせます。ウィルハム宇宙港という場所が、我々にとっては重要なのです。他に移動されてしまったら、一から作戦を立て直さなければなりませんからね」


「そうだな。本当に帝国学園宇宙船ヴィクトリー校に姫さまがおられ、無事に玉体を確保できたら。その時こそ、デルガド殿たちの助力が必要になりますからな」


「ええ、その通りです。姫さまをお迎えして、我らの領地サーク辺境空域でシュトラウス王朝の御旗を掲げましょうぞ」


 デルガドはそう言うと、手を上げウェイターに乾杯のグラスを用意するように合図を送った。

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