04-12:「嘘よ!」
「……そんな、私。私は娼婦じゃない!!」
アマンダは思わず立ち上がり、そう叫んでいた。
学園宇宙船ヴィクトリー校内部にある生徒用遠距離通信室。アマンダはそのブースの一つにいた。
リープストリームを通じた恒星間超高速通信は、個人で利用するにはまだまだ高価に付く。
その為、学園では生徒や学生、教職員の為、このよう公共通信設備が用意されているのだ。
広いフロアはパーティションで区切られたシートとディスプレイが並んでおり、それぞれの席での通話は外部に漏れることはない。
「馬鹿を言うな。今のお前は娼婦を蔑む事などは出来ないはずだ」
数百光年の先からの通信はほぼタイムラグなしで届いている。故郷の邸宅にいるアマンダの父ガレスはディスプレイの向こうからそう言った。
「娼婦は仕事で男と寝る。それがお前ときたらどうだ。自分の感情と欲望を優先して、家の事など考えず、下賤な市民階級の男と寝て、あまつさえ駆け落ちしようとしたではないか。お前には名誉あるブレア子爵家の娘としての役目があるはずだ」
「違う、違うの! 私はハロルドを愛していたの! 本当に好きだったの!! 一時の感情や欲望じゃ無いって、何度も言ったじゃないの!」
カスガや他の自治会役員、友人たちには見せない激しい感情を、アマンダはあらわにして父に食ってかかった。
「違うものか! お前があの男と知り合ってから関係を持つまで、何日有ったというのだ? 真の愛情とは長い時間を掛けて培っていくものだ。一ヶ月経つか経たないかのうちに男女の関係になるとは。盛りの付いた犬猫でももっと分別があるぞ!!」
「お父さんは何も分かっていない! 人を好きになるのに、時間なんて関係ないのよ!!」
アマンダはバンと通信装置のコンソールを叩いた。娘の性格は良く分かっている。次に通話を切ると察した父ガレスは最後の手段に出た。無言でディスプレイの通話終了アイコンへ指を伸ばしたアマンダだが、通話とは別にデータファイルが送信された事を示す表示に気付いた。
「量子暗号署名付きのメールだ。お前と私宛に届いた。差出人は、お前が愛し合っていたと言う男だ」
量子暗号署名とはその名の通り、生体情報を量子暗号化したデータを添付する事により、本人に手になるものと証明するもの。第三者が偽造するとしても、大変な労力と時間を食う事になり現実的では無い。
アマンダがディスプレイのデータファイルをタップすると動画ウィンドウが開いた。
「ハロルド……」
思わず座っていた椅子から立ち上がり、感極まったアマンダはそれ以上、何も言う事が出来なかった。
そこに映っていたのは彼女が初めて愛した男性の姿だった。ハロルドはブレア子爵邸に出入りしていた庭師の息子。父に付いて庭師の見習いをしていたところ、アマンダと知り合い、いつしか二人は愛し合うようになった。
ハロルドの一族は長らくブレア子爵邸の庭師を務めてきた。彼等にとってブレア子爵の家族は雲の上の人々なのだ。
お互いの子が愛し合う事などあってはならない。双方から反対されるのは目に見えていた。
それ故に思い詰めた二人は、故郷の惑星を離れて駆け落ちを計ったのだが、僅か数時間後、宇宙港に到着する前に取り押さえられてしまったのだ。
その後アマンダは帝国学園宇宙船ヴィクトリー校へ入学を強制されたのだ。宇宙港へ向かうバスの中で父の手の者に拘束されて以来、アマンダはハロルドと会っていない。
もう一年半ほども前の事だ。
「……やぁ、アマンダ」
動画のハロルドはそう話し始めた。背後に映るのはブレア子爵邸の庭だ。
許されたんだ……。ホッとすると同時に、アマンダの双眸から熱いものが零れ落ちる。引き離されてからハロルドがどうなったのか詳しくは知らない。しかし二人同情的な使用人たちから、ハロルドとその一家が庭師の仕事を解任されたとは聞いていた。
ハロルドの父とまだ現役だったその祖父は、共に腕の良いの庭師だったが、ほぼブレア子爵一族専属だった為、これから仕事を探すにしても大変だろう。
アマンダはそれが気がかりだったのだ。
「元気かい? 帝国学園に入ったそうだけど……。ああ、俺は元気だ。またお屋敷で仕事をさせて貰ってる」
ハロルドのその口調はどこかおぼつかない。しかし久しぶりに見る愛する人の姿に、アマンダはそこまで注意が回らなかった。
「親父や爺さんからも、君のお父上にお詫びしたんだ。もちろん、俺からもだ。それで許して貰ったんだ。君との関係を完全に解消する……、つまり別れるという条件で、またお屋敷で働かせてもらう事になった」
最初アマンダはハロルドが何を言ってるのか理解できなかった。
父の手で強引に引き裂かれたとは言え、アマンダ自身はまだハロルドを思っていたし、また彼もそうだと信じ切っていた。
そしてハロルドはぎこちない笑みを浮かべて言った。
「実は俺、もう結婚したんだ。一年前かな。君はもう学園から帰ってこないと聞いて……。君と交際する前から、付き合っていた女がいてさ。いや、もちろんアマンダの方が魅力的だったよ。でも、ほら。俺とアマンダは生きる世界が違いすぎる」
言葉が無かった。アマンダはいつの間にか椅子に座り込んでいる事さえも、自分自身で気付かなかったのだ。
「もうすぐ子供も産まれるんだ。だから、君も俺の事なんて忘れてさ。お父上の言う通りに生き……」
「嘘よ!」
アマンダは絶叫した。
「嘘よ、嘘!! お父さまがハロルドに言わせてるんだわ! 脅迫して、言わせてるのね。何て卑怯なの!!」
「……嘘でも卑怯でも無い」
ディスプレイの向こうのガレスは貴族の仮面から父の顔に戻っていた。しかしその表情は言いようもなく悲しげだ。
「あいつの方から言ってきた。許して欲しい、実は他に付き合っていた娘がいるとな。……これを見ろ」
新たな映像が表示される。それは誰かの結婚式の光景だ。そこにはアマンダが信じたくないものが映っていた。満面の笑みを浮かべるハロルド、隣りの女性も晴れがましく幸福な表情だ。そして二人は結婚衣装に身を包み、周囲はそれを祝福する人々がいた。
質素だが良くある、そして幸福な結婚式の光景だ。それはアマンダを絶望にたたき落とすには充分すぎた。
これもまた量子暗号署名付きとガレスが説明するまでも無い。アマンダには真実と分かっていた。父のやり方はいつも強引だがすぐにばれるような嘘は嫌うのだ。
本当に絶望した時は涙すら出ない。アマンダはそれを実感した。
「ギル皇子に取り入れ、アマンダ。幸い皇子は女には手が早いと聞く。それがお前とブレア家にとって一番幸せな選択なのだ。なにもそのまま皇妃になれとは言わん。時期皇帝争いでブレア家が一定の権威を保てればいいのだ。そうすれば私も責任を持ってお前に、本当に相応しい男を探してやる。……不甲斐ない父で済まん」
そうだ……。それこそが私の役目だったんだ。ようやく思い出した。
アマンダは胸中でつぶやいていた。没落していく一方の貴族に生まれた娘。他に子はおらず、カスガのようなカリスマやアーシュラのような戦闘技術も無い自分が、父や一族のために出来る事。
それは女という事。それを最大限に生かす事。
生まれた時からそうだった。そして死ぬ時までそうなんだ。それは分かっていたはず。だからこそ、それから逃れようとして、一時の甘い幻想に身を委ねた。
いつ通信が切られたのか、自分で切ったのかも分からない。父が映っていたディスプレイは暗くなっていた。アマンダはコンソールに突っ伏してつぶやいた。
「やだな。もう……、死んじゃおうかな」
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