閑話
所々に設置されているランプで、まだらに照らされた暗い回廊を、ひとりの女性が歩いていた。彼女はその美しく長い金髪をポニーテールにまとめており、歩く度に緩やかにゆれる。身にまとっているのは鎧である。だが、アンバランスさはなく、二重のスカートと合わさり、一つの衣装として成立していた。彼女の金属靴が石畳を軽くたたき、高めの金属音が、彼女の一歩ごとに回廊に響く。
ふと、女性は足を止めた。向かいから近づく足音を聞いて、廊下の脇に体をどける。
回廊の内側の壁から姿を現したのは、周りの景色に溶けてしまいそうな、自然すぎて不自然な微笑を浮かべた少女だった。リュミオール王国第二王女である。
すれ違い様に、ポニーテールの女は頭を下げたが、第二王女は彼女の前を通り過ぎることはしなかった。わずかな沈黙が流れた後、彼女、リュミオール王国騎士団長ウィリアム・アシュトンは頭を下げながら、第二王女に告げた。
「第二王女様。城中であっても、このような夜分に護衛も連れずに出歩くのはおよしください。どこぞに敵が潜んでいるやも知れません。」
「騎士団長、アシュトン。私はあなたと二人で話したかったのです。」
その言葉を受け、は顔を上げた。
眼前には、先程と変わりない微笑を浮かべた王女がいた。
「お忍びになってまで、私とお話になりたいこととは何でしょう。」
「勇者様方の、教育についてです。」
「何か問題でもございましたか?」
「今日、シュンから魔動具について聞かれました。訓練では、まだ魔動具はつかっていないのですか?」
王女の質問に、アシュトンは微笑みながら答えた。
「まだ一日目です。体術の基礎も出来ていない段階から、魔動具に触れさせるのは良くないと判断いたしました。」
「魔法や体術で魔物と対抗できるなんて、この国の一部の人間だけです。他の国では、魔動具の存在は絶対視されています。魔動具がなけれは、魔王はおろか、魔物でさえ戦いづらいと思います。」
「確かに魔動具の使い方も大事でしょう。しかし、基礎となる体術があれば、より効率的に、魔動具を扱うことができるはずです。」
「それでも、魔動具がなんたるかくらいは教えてもいいのでは?魔動具の使い方なら、あなたの方が詳しいと言うからあなたに任せましたが、基礎知識くらいなら私達でも……」
「魔動具は、たしかに強くはなれますが、同時に心の甘えともなります。今はその甘えを取り除き、心身ともに徹底的に鍛え上げるべきです。」
「………」
王女はアシュトンに口をつぐんだ。
アシュトンは僅かにため息をつき、王女の目を見て言った。
「第二王女様。王女様方は、何も心配しなくていいのです。これは私たちの仕事です。王女様方は、授業をしてくださるだけで多大な貢献をされております。後は我々に任せていて下さい。」
「………わかりました。要らぬ心配だったようですね。呼び止めてすみませんでした。」
第二王女はぺこりと頭を下げて、再び仮面のような微笑で起き上がった。
「……第二王女様。王女様は、もう昔のように笑って下さらないのですね。」
「私は今でも笑っているつもりです。では、失礼します。」
「……………お待ちください。」
立ち去ろうとする第二王女を、騎士団長は呼び止めた。
「…第二王女様は、女王陛下をどう思っていらっしゃるのですか?」
「何を当たり前のことを。才能があり人望があり信念があり理性がある、素晴らしい、陛下の座にふさわしい方だと…」
「それはあなたの本心ですか…!?」
悲しそうな顔をするアシュトンに、王女はふたたび同じ顔を作った。
「それはどういう意味ですか?騎士団長。どこに聞き耳を立てている輩がいるかもわかりません。あまり女王陛下を言うと、不敬罪にとわれますよ?」
「…………はい。」
第二王女は再び後ろを振り向き、元来た道を帰って行った。
(第二王女様、リーリエ様その心配はありません、無いのです……)
騎士団長はしばらく悲しげな視線を、第二王女が角に消えた回廊に送っていた。
異世界に転生したら美女達が寄ってくる件 こはく @powa__n
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