走竜に乗る
炎弩の背中に乗り、山や、畑、田んぼばかりだった風景から、あっという間に人々が行き交う街並みが見えてきた。
まるでタイムスリップでもしたかのような感覚になる。小学生の時に課外授業で行った、江戸村や明治村を連想してしまうからだ。これは本物なんだろうか? この国ってもしかしたら日本の江戸時代、もしくは明治初期なんじゃないの? そんなことを思いながらいると、そこを通り過ぎ、街から離れた場所に降りた。
「街に行くって言ったのに、何でこんなとこに降りるんだよ?」
「街中で龍が人間になれば、それだけで大騒ぎになるであろう」
龍の飛ぶ速度は、普通の人間には見ることができないほど速い。突風でも吹いたかのような感覚らしい。
「あっ、そっか。慎重にいかなきゃいけないんだったな」
「さよう」
「じゃあ、歩いて行くってこと?」
「いや、走竜でゆくぞ」
「そうりゅう?」
「そなたも見ればわかるはず」
「ふーん」
そうりゅう? 恐竜の親戚みたいなものなのかな? 龍がいるのなら、それくらいいてもおかしくないのか。と、心の中で少しの疑問を抱きながら、炎弩の進む方へとついて行った。
土や草の匂いがする。普段、生活してるときには特に感じもしなかった。それに、正直、畑や田んぼの匂いって好きじゃない。でも、今感じてる匂いは、そんなに嫌な雰囲気はしない。ほんのり暖かく、さつま芋やじゃがいもを蒸しているかのような匂いと、草も青くさいわけじゃなくて、お茶の瑞々しいすっきりとした匂いに近い、ゴクリと喉を鳴らしたくなる。そのまま景色に目をやっていると、やっぱりここは江戸でも明治でもないんだと理解するしかなくなる。
どう見ても田舎そのものという景色が続く。人もそんなに多くはないし、家は十数メートル感覚にあるくらいだ。その家々が古い日本を思わせるけれど、どうやらそうじゃなさそうだ。ただ、俺が知らないだけなのかもしれない。けれど、さっき見た家も今見た家も台形で連なっていて、屋根は三角錐の形をしているものが3つ並んでいる。藁葺きでもなくて、瓦でもなくて、鱗のように何かが段違いに重ねられている。
しばらく歩いていると、先の方に家とは違う建物が見えてきた。そこには人が集まっていた。近づいていくと、どうやら駅にも見えなくはない。
「炎弩、これって……駅?」
「えき? そなたのところではそういうのか? ここは乗り場降り場だ」
「のりばおりば」
「さよう、ここは走竜の宿場のようなものだ」
「宿場ね……」
ふと、建物の上を見上げると駅名なのか建物の上部に文字が書いてあった。変な文字で見たこともないものだった。人の声をよく聞いてみると確かに日本語を喋っている、それなのに、何なんだろこの文字はと意味が分からなかった。
「なぁ、あれって何語?」
上の文字を指差して炎弩に聞いた。
「龍国一語だ」
「りゅうこくいちご?」
「さよう」
「はっ? だってさっきからここら辺の人の会話聞いてたら、日本語じゃん」
「日本語とはそなたも話していた言葉か?」
「話していたって今もだろ? お前だって今もずっと日本語喋ってるじゃん」
「炎夏、そなた気づいてはおらぬのか? しかし、頭の中の記憶はしっかりと刻まれているようだ」
「何が?」
「今そなたの喋っておる言葉のことだ」
炎弩が何を言っているのかよくわからない。りゅうこくいちごなんて知らないし、喋れないし、ましてや覚えているなんて、何のことだか全く理解できない。
「炎夏、わたしをそなたの友達だと思い、日本語を話すと意識して、喋りかけてくれないか?」
「はっ? だから……」
意識してってしなくても日本語だろーよ。と、心の中で思いはしたけれど、とりあえず、何度も頭の中で日本語、日本語と繰り返して、いつものバイト先の砂原壮太に話しかけるつもりで、喋ってみようと思った。
「あっ、あっ、あう」
あれっ? 何かがおかしい。意識した途端急に喋れなくなった。日本語……
「キョウモチコクカヨ」
…………。
「おい、どうなってんだよ! なんか言葉に詰まるんだけど」
炎弩の二の腕を掴みながら、少し戸惑っている自分がいる。
「意識するから詰まるのだ。わたしたちは意識をせずに、多言語を交わすことができる」
「はっ? ってことは何語でも勉強しなくても話せるってこと?」
「そういうことになるな」
「んなわけねーだろ⁉︎」
思わず炎弩の頭を叩いた。
「ごめん」
「なぜ、そなたはわたしを叩いたのだ?」
炎弩は特に怒っている様子もなく、至って冷静に聞いてきた。
「えっ? ごめんて」
「わたしは怒っているわけではない。これくらいのことでいちいち怒っておったら何の時間も取れないではないか」
「あ、あぁ……って俺のことバカにしてないよな?」
「バカにするほどでもあるまい。戯けた奴と思うだけだ」
…………。
「って、やっぱバカにしてんだろ?」
「短期は損気と言うであろう?」
「まぁ、そーだと思うけど」
「こんなことをやっている場合じゃない。走竜が来てしまう」
そういうと、炎弩は俺の手を引き、走って入り口前の受付のようなところまで来た。走る速さが尋常じゃない程に速くて、ほぼほぼ引きづられていた。つま先がヒリヒリする。
紙切れをもらい、そこにハンコを押され中へと入っていった。
「やっぱ、駅じゃん! 何? 電車でも来るの?」
「そう、走竜がもうまもなく参る」
駅といっても、電子看板あるわけでも、音楽が流れているわけでも、コンビニや売店があるわけでもない。田舎のポツンとある駅のようなものだ。
駅のホームはレンガのような石畳が敷き詰められている。高さがあるわけではなく、地面から階段の一段分高くなったくらいだ。
ここに来るまではずっと土舗装された道だったからか、歩くたびに土の弾力が感じられた。でも、このホームの方が歩き慣れた道に近いはずなのに、なんだか変な感じがした。
「来たぞ」
炎弩の指差す方を見ると、電車がこっちに向かってきていた。やっぱり電車だよなと思ってもみたが、こんな古い時代風なのに電車があるって、ここはどんな世界なんだろうと不思議に思うしかない。
ゆっくりと電車がホームに入ってくると、その様変わりな風貌に呆気にとられた。
そうりゅう……
「そうりゅうってもしかして走る竜って書く?」
「んっ? あぁ、いかにも。それがどうした?」
「いや……」
やっぱり、そうか。電車というよりかは、汽車に近いんだろうけれど、どう見ても竜にしか見えない。
この世界だか、いいけれど、向こうでこんな派手なものが走っていたら、毎日が祭りになりそうだ。どんなものなのかと内心ドキドキしながら乗り込んだ。
Dragon au lait 俺と龍と2分の1 帆希和華 @wakoto_homare
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