第2章 はじまり
記憶にない
「ゔぅあぁぁーーー!」
絶叫マシーンは好きだけれど、これは度を超えている。口からすべての内臓を吐き出してしまいそうなくらい、加速度がかかっていると思う。炎弩の背中に乗り再び龍のいる世界に来た。
1度目は道路にぶち当たるところまでしか記憶になかったけれど、今回はわかっていてやっていること、しっかり目を開けてどうなっているのか見ようと思っていた。
でも、無理だった。
道路に飲み込まれていくまでは見れたけど、そのまま気を失ったらしい。
目が覚めると前と同じ、洞穴に寝ていた。……ちょっと待てよ、この前のことを思い出してみた。上体を起こし確認する。裸になって、ムスコさんが朝の主張もしている。……服⁉︎ ない。何も着ていない。……ってことは……
「すまぬ。やはりわたしは洗濯が下手なようだ」
見計っていたのかと言いたくなるくらい、ちょうどいいタイミングで炎弩がスタスタと入ってきた。
「また、やってしまった」
と、どう見ても縮んだ服を手渡された。
「は~、洗わなくもよかったのに」
2度もお気に入りの服をダメにされ、虚しさが、たった数秒だけれど、頭を流れていった。見知らぬところに行くんだから、多少おしゃれをした方がいいと思ったのがバカだった。……まあ、本当なら見知らぬところじゃないのかもしれないけれど、記憶にない。
「そうともいかんよ」
「えっ? 何で? 洗濯が趣味とか?」
「趣味とは?」
「えっ? 趣味は……」
「いや、それはいいのだが、そなたは覚えていないのか? 前のときといい、今回も」
「えっ? 何? 俺の記憶に関係してるの?」
「記憶と言ってもわたしたちの記憶とは関係ない」
「どういうこと?」
炎弩は少しため息混じりに口を開いた。
「そなたはよく吐くのだな」
「吐く? どういうこと?」
何と俺はこっちの世界に来たときに前回同様に今回もここで嘔吐していたらしい。——全く記憶にない。炎弩がそのときの俺を真似て見せてくれた。
『もういい、もういいよ。触んないでよ! ったく!』
ゲロゲロゲロ。
『やだー、ついたー。ちょっとこんなの着てられない! ちゃんと洗ってよね!』
「そなたはそこで着物をすべて脱ぎ散らかした」
『ちょっと! どこで寝るっての? ないよ~、ないよ~、寝るとこ確保して~~⁈』
『炎夏、しっかりせい!』
「そこでわたしは背中を叩いた」
『いやん、いたい』
「そなたはそのままここに倒れ込み、わたしが藁の上まで運んだのだ」
「あはは! 何だよそれ⁉︎ お前ものまねのセンスあるな!」
地面を叩きながら爆笑した。むちゃくちゃウケた。俺が酔っ払い、やっていたことを上手く再現していた。あのとき背中が痛かったのは、こいつに叩かれたからだったんだ。
今も若干ながら痛い気がしてきた。
「いや、そんな照れるではないか。これくらいのことでそんなに喜ばれるとは」
開いた口が塞がらないとはこの状況のことだろうか? なぜか炎弩の感覚がズレている気がする。照れるって言っても恥ずかしくてだよな、普通は。この反応じゃ、褒められて嬉しくて照れているって感じしかない。そりゃ、バカにしているわけじゃないけれど、別に褒めているわけでもない。
いや、ごめん。子バカくらいはしているかも。
でも、なんだか安心した。単なるお堅い奴なのかと思っていたが、こんなふざけた事もやれるなんて、親近感が湧いた。
「炎弩、お前、そのキャラの方がいいよ!」
立ち上がり炎弩の肩を抱いた。
「キャラとは?」
「はっ? まぁ細かいことは気にするな」
肩をポンポンと軽く叩き、そのまま洞穴から出た。腰に手を当てて周りの景色を、特大のパノラマ写真を作るかのように見渡した。清々しい、なんて気持ちがいいんだ。こういうのを空気がうまいって言うんだよな? まるで汚れた身体が浄化されていくような感覚がした。
「代わりと言うわけではないが、これを穿いて、これを着てくれ」
渡されたのは、炎弩が着ているものと同じような浴衣とブリーフにも見えなくはないふんどしのようなものが手渡された。
「まだ、このままでいいけど」
だってこんな全裸でプラプラできるなんて最高じゃん! 締め付けられるものもなくて気持ちも楽だ。
「そういうわけにはいかぬ」
「えっ? なんで?」
「なんで? そなたは街に出るのに裸でいいと言うのか?」
「はっ? んなわけないじゃん。って街に出る?」
「さよう、街に出てまずは、腹ごしらえ。それと、街の情勢、龍王は今のどうなっておるのか探らねば」
「へぇ~」
「何を呑気な返事をしておる」
「ごめん」
「街の中には、反乱者達の使いも紛れている。だが、わたしたちの仲間もそれぞれの土地に散らばっている。」
「えっ? 反乱者って敵ってこと?」
「まぁ、そうだ。油断はできぬ。見つかれば殺されかねん」
「殺されって、マジかよ?」
ほとんど何も考える暇もなくここに来てしまい、炎弩の言っていた戦いの話が、今更になって現実味を帯びはじめた。
「だが、そんなすぐに戦いが始まるなどありはしない。あれから1年は経っておる」
「そ、そうか」
でも、そう言われても殺し合いがあるのかと思うと恐怖心は拭えない。自分は龍のいる世界に来たんだ。
「わたしもまともに街に行くのは1年弱だから、どう変わっておるのか、行ってみないことには分からぬのだ」
「そういえば、俺たちの子供はどうするんだよ?」
「子は安全な神社に預けている、わたしらが出向けば、逆に危険がおよぶかも知れぬ。ことが終わるまで関わらぬ方がよい」
「そうだな」
どんな子なのか正直見てみたかった。これも軽い気持ちなのかもしれない。
あまりにも今までの自分とは掛け離れすぎていて、どう向き合っていけば正解なのか全然見当もつかない。
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