第八話 夏と恋と蝉

 私、夏凪 カナという人間について少し語らせてほしい。私は気弱な父と優しさの溢れる母の元に生まれた。私が生まれてからの生活は順調に幸せの道を辿っていった。だが、崩壊の時は突然やってくる。私の家の隣に移り住んできた、ある宗教団体の教祖に。


 両親共に人を疑わない純粋な人であったことや教祖の巧みな言葉により、私たち家族は少しずつにのめり込んでいった。家の貯金はどんどんと減っていき、気づいたころには父は勤める会社を退職する程のめり込んでいた。でも、そんな最悪な状況であっても私たちは三人一緒に暮らせていたから、私は幸せだった。


 だが、ある日その幸せは崩壊を加速させていく。私の祖父にあたる人物がこのままではいけないと思い、私を引き取ったのだ。私の父と母はそれを猛反対したようなのだが、最終的には泣く泣く私を手放した。私たち家族を引き裂いた祖父をその時は悪人としか見れなかった。だが、引き取られてから一か月が経った時のこと、新聞に信じがたいことがしるされていた。


『宗教団体、儀式で大量自殺』


 その見出しの下には両親の名前が並んでいた。教祖による私への洗脳が解けたのはその時のことだった。多くの絶望が圧し掛かり、私は初めて本当の孤独を感じた。それからだ、のは。




 それから7年が経ち、時期は高校2年の夏。気づけば私は森の奥にある無人の神社に向かっていた。そこは両親が所属していた宗教団体の神社だった。小さい頃から両親に連れられてやって来ていたので道は頭の中に完璧に入っていた。


 到着して見えたのは神様を祭る祭壇だった。昔からこの辺りでは蝉を神様の使いとして扱う風習があったためか、真ん中には蝉の形をした石像があった。祭壇の周りには信者による多くのお供え物が置かれていた。


 それを見た瞬間、私の中の感情が爆発した。両親を救えなかった自分の無力さと、あんなものに騙されていた自分のバカさがどんどん怒りへ変わっていく。そして私は周りのお供え物を蹴り飛ばし、祭壇を破壊した。すると突然、私の体が強い金縛り襲われた。指先一つ動かせない状況に焦りを感じていると、私の後ろに人ではない現れた、そんな感覚がした。だが、振り返ろうとしても体は全く動かない。不意に私の背中をその何かは触ってきた。すると、私の体の金縛りはなくなり、私は意識を失った。


 次に目を覚ました時には祭壇を破壊した日から三日が経ち、週初めの月曜日になっていた。体に異変感じられなかった。だが、決定的に違ったのは、私のことを知る人全員が私のことを忘れていたことだった。多分その日からだったんだと思う。私が神様に嫌われ、呪われたのは。


 それからの私は自分の状況を知るために様々なことを試してみた。そこから分かったことは、時間は今まで通り進んでいくが週初めの月曜日になると世の中の全ての人間から私の記憶が消えてしまうこと。私がおこなった事象やそれにより起きた事柄は世の中の人間の記憶が消えた瞬間に無かったことになること。そして、なぜか私を覚えている人など居ないのに、この世界には私の生活できる環境があるということ。


 そんな気味の悪い世界で私はずっと一人で過ごしていた。ずっとこのまま一人なんだと思っていた。だが、半年が経った時に彼は私の前に現れた。


「あなたに一目惚れしました!オ…オレと付き合ってください!!」


 渡来 ケイが私に告白してきた。この半年間一度だってなかったイレギュラーに驚きながらも私は返答した。


「まずは友達から始めよっか」


「そっそうですよね!まずは友達としてよろしくお願いします!」


 それから不定期ではあるが彼は記憶を無くしても私に接触してきてくれた。それが何よりも嬉しくて、楽しくて、私はどんどんケイくんのことを好きになっていた。その時は、神様が用意したこの劣悪な環境に私は無意識の内に感謝していたのかもしれない。だが、私はまだ神様を憎み続けている。






 7月8日、月曜日


 窓の外を見ると昨日の雨が嘘だったみたいな快晴が広がっていた。私は何周も読んだことのある本を閉じ、彼を待つ。人気ひとけのない私の教室に元気よく階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして、何も知らないキミが教室に現れる。私はゆっくりと近づいていき声を掛ける。


「キミ、どうかしたのかい?」


 自分が話しかけられたと気づいたキミは焦りながら答えた。


「一目惚れしました!!!付き合ってくださ………いって何言ってるんだオレは!?」


 キミの初恋が始まり…


 私にとって十八回目のキミへの恋もその時また、始まった。




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キミの体が覚えてる ~十八回目の蝉の声~ 語辺 カタリ @20002525

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