第七話 僕とキミと彼女

 話は戻ること7月2日の火曜日のケイが科学教室に行ってからのこと。


「キミは一度、


 僕の目の前でそう語る夏凪 カナはいたって真面目な顔をしていた。だが僕には彼女の言っていることが全然分からない。なぜなら、僕が彼女のことを知ったのは昨日のことで、対面をしたのはつい先ほどの事だからだ。


「言ってる意味が全然分からないんですが……どういうことです?」


「まぁ、キミには私にそんなことされたなんてないと思うけどね」


 彼女の話は聞けば聞くほど意味不明になっていく。だが、その時も僕の原因不明の震えは止まらない。それでも、彼女の話は信用ができない内容だった。


「その顔だと、私の話は信じてもらえていないようだね。まぁ信じる方が難しいこととは思うけど」


「はい、もちろんあなたのような人間の話、信用していません」


「キミはいつもトゲトゲしているなぁ。そんなんじゃ、に嫌われちゃうよ」


「ケイの話は今はどうでもいいでしょ…」


「いや、よくないんだなこれが。さっきの話の中心人物がキミとケイくんなんだから」


「僕とケイ?」


 夏凪はエリサに対してうなずくと、旧校舎の廊下に出されたボロボロの椅子を2つ持ってきてエリサを座らせ、それと向かい合うように夏凪も座った。


「エリサちゃんはさ、ケイくんに告白して振られた時の想像をしたことある?」


「あるわけないじゃないですか、そんなこと…」


「まぁ、そう見栄みえを張らずにさ。ホントのところはあるんだろ?」


 そんなことを肯定なんてしたくなかったが、僕は自然とうつむき首を小さく振った。


「その時のキミの想像を当ててあげるよ………




 


 キミは振られたらケイくんととかしようと思ってたでしょ」


「……」


「もっと詳しいところまで当ててあげるよ。キミは学校の屋上でケイくんに告白して、振られたら自分の身を外に投げ出そうとしている。でも、それじゃあ心中はできない。でも一部の例外を除いてはね。キミはさ、ケイくんの優しさを知っているから彼が身をていして守ってくれるという確信があった。だから、最期に彼の優しさに触れてから二人で死にたいと思ったんじゃ……」


「もうやめてください!!」


「………」


「なんで分かるんですか?そうですよ、僕はケイと心中しようとしてましたよ!彼に振られた後の世界なんてどうでもいいから……ケイに振られてしまったら今までの関係が崩れてしまうから。それでも僕はケイを愛していたい、彼に愛されていたい!!!だからケイを求めてしまう………これっていけないことなんですか?」


 エリサは感情的になるあまり瞳から涙をこぼしながら、今まで言葉にしていなかった部分を形にしていた。


「そういうのを自己中心的って言うんだよね……」


「でも…僕は………彼を愛して…」


「じゃあ教えてあげるよ、その選択を選んだキミの未来を………!!


 結果的にキミは生き残るんだよ!渡来 ケイという一人の命を奪って!」


 夏凪の怒りが誰もいない旧校舎に響き渡る。


「え……どうして…僕は……」


「彼がキミという大切な友人を死なせるわけがないだろ!本当の優しさを知っているなら分かるはずだ!」


「そんな………」


「その時だよ、キミのことを怒りのあまり殴ったのは…

キミは泣きながら言ってたよ、こんなバカなことするんじゃなかったって………」


 先程まで否定し続けてきた彼女の話を僕は何時いつしか本当のことなんだと感じてしまっていた。そして決して経験したことのないその状況に思わず絶句した。人生でこれほどまでの絶望はしたことは無かった。僕が落ち着くまで夏凪 カナは目の前で何も言わずに待ってくれていた。それは優しさなのか、それとも怒りなのかはもう考えられなかった。そして少ししてから僕は彼女に問い掛けた。


「でもまだ分からない………なぜ僕の経験していない事をあなたは経験していて、それが僕の震えの原因なんですか………?」


「さっきも言ったでしょ。キミがなんだって」


「それって………」


「今まで起きたことは本当に一度起きているんだよ。まぁ今ではそれを覚えているのは私だけだけどね。キミは私に殴られたという事実やケイくんを死なせてしまった記憶を失くしているだけで、体のどこかでは覚えているんだよ。としてね」


「でも、ケイは今生きていますし僕に殴られた傷なんて今までなかったですよ……?」


「それはね、


「何ですかそれ………??」


「エリサちゃんは超常現象とか神様のたぐいを信じる?」


「何ですか突然…?僕はそういうのは漫画の世界だけのものだと思ってるんで信じてはいないですけど……?」


「エリサちゃんはそう言う派の人間だよね。まぁこの話はまた今度会った時に話すことにするよ~。こんなに一気に話したらエリサちゃんが混乱しちゃうから」


 夏凪先輩はそう言うと立ち上がりながら笑いを見せていた。帰ろうとするその背中には先ほどまでの怒りは感じられなかった。改めて僕は夏凪先輩という人間が分からなくなっていた。


「先輩!最後に一つ聞かせてください!」


「なんだい?」


 軽く首をかたむけながら夏凪先輩はこちらに振り返る。


「先輩にとって……ケイはどういう存在ですか?」


 僕の質問を聞いた先輩の表情は笑顔から次第に真剣な顔へ変わっていった。その先輩から放たれた言葉は今までのどんな言葉よりも重いものだった。


「私の人生の希望だよ……。でも最近は分からなくなることがあるんだ。ケイくんのことも私、自身のことも」


 先輩はそう言うと今度は足を止めることなく旧校舎を出ていった。先輩がこの後ケイに会いに行くと考えると僕の心は複雑に揺れていた。先輩が言っていたことが本当なら僕はケイを死なせてしまったことになる。そんな僕が彼とこれから一緒に過ごす資格何てあるのだろうか。






 

 あの日の全てを話し終わり、エリサはオレに不安な表情を向けていた。だが、オレ自身まだ理解しきれていない所があった。


「今の話が本当ならオレは一度死んだのか…?」


 エリサはオレから目を逸らして頷いた。そのままエリサはいつもの半分くらいの声量で話し出した。


「多分、夏凪先輩の言ってたことは全てホントのこと。それは僕が一番分かってるから……」


 本人でないと分からない確証がエリサにはあるのだろう。だからオレは夏凪先輩の話が本当である前提でこの先のことを考えだした。考えていると、オレの頭に昨夜の突拍子のない発言が頭によぎる。『先輩どこかに消えちゃいませんよね』先ほどの話が本当の場合、この無意識の内に出たこの言葉は実際に先輩がことを示唆しさしているのではないだろうか?


 ケイに焦りが出てきたその時、黙っていたエリサは突然質問を投げかける。


「ケイは僕のこと怒ってる………?」


 その声は今にも泣きだしそうな程に震えていた。質問の答えなど話を聞いてすぐからケイは決めていた。


「怒ってるわけないだろ。むしろ今までよりもエリサの正直な気持ちを聞けて良かったよ」


「そうだよね……。ケイならそう言ってくれるよね。そう言ってくれるくらい優しいから僕はキミのことが好きなんだよね……」


 エリサの言葉を聞いて切り出すか迷っていたことを切り出すことにした。


「それで……さっきの告白の返事だけど………」


「そのことなんだけどね、やっぱり返事教えないで欲しいの。この7日間でいろんな心情の変化があってね考え方が大きく変わったの。僕はケイのことを


「お前の気持ちはよく分かったよ。でも、オレは今からオレの愛した人に会いに行く。それでもお前はいいか?」


「もちろんだよ……!ケイの気持ちを一番に尊重するのは親友としては当然だから……!」


 オレはすぐさま立ち上がりエリサの部屋を飛び出していく。飛び出す瞬間、エリサの方を少し振り返った。その時の彼女は満面の笑みでオレを見送ってくれていた。


 外に出ると辺りは暗闇に包まれながら雨風が猛威もういを振るっていた。自分の身を守るために傘を使おうとも思ったが、この風の中だとかえって移動するのが困難になると思い、オレは生身でけだした。


 オレはまず初めに先輩の家に向かった。電車に乗り込み先輩の最寄りの駅に到着した時、オレのもとに一本の電話が入った。


『着信主:向井むかい 颯太そうた


 電話主は先輩とエリサが話したあの日にオレが手伝いをしていた科学部の部長であり、オレの友達の向井だった。オレはホームを走りながら、すぐに電話に出た。


「もしもし?どうした?」


『あーもしもし、渡来か?一つ気になったことあって電話かけたんだが今大丈夫か?』


「あぁ、オレ今外だけどそれでも良ければ」


『全然大丈夫だぜ。むしろそっちの方がいい。いやーそれがさぁ、オレ、塾の帰り道に見たんだよ。お前の彼女の夏凪先輩』


「それホントか?」


『あぁ、ホントだから電話掛けたんだよ。こんな雨で花火大会の二日目も中止だっていうのにあの人、神社の前で一人で立ってたから。お前が近くに居るならいいんだけど』


「それって何時いつくらいの話だ?」


『今家に帰ってからお前に電話掛けてるから、45分前くらいじゃないか?』


「マジか、情報ありがとう向井!明日ジュースでも奢るよ」


『おっ!マジかよ!ありがてー』


 オレは電話を切ると向かいのホームに走り、花火大会の会場である神社の近くに止まる電車に乗り込んだ。目的地に到着するとオレは全力疾走で神社を目指していく。


 だが、目撃証言のあった場所に行っても彼女は居なかった。近くの時計を見ると時刻は11時半にまで進んでいた。相変わらず雨は降り続けている。


 この神社に近くて先輩が行きそうな場所を頭の中から絞り出す。そして導き出した答えは学校だった。オレはまだ先輩のことを全然知らない。だから、オレと先輩の共通の場を選んだ。そうと決めると、オレは学校を目指して最後の力を振り絞る。


 そして学校へ登る坂道へ差し掛かる直前の交差点に傘を差した先輩はポツリと立っていた。オレが走ってきたことに気が付いたのか、先輩は雨にも負けない声で話しかけてきた。


「どうしたんだよ渡来くん。こんな雨の中を傘もなしで走ってくるなんて」


「どうしたはこっちのセリフですよ!本当のことをオレに説明してください!」


 オレと先輩との距離は気づけば信号を挟むまでになっていた。


「本当のこと?何だいそれ?いつも通りの突拍子もない発言かな?」


「エリサから全部聞きました………先輩は何を隠しているんですか?」


「そっか………エリサちゃん言っちゃったんだ……でもね、もう遅いんだ」


 時刻は0時00分


 オレと先輩で挟む信号の表示に異変が現れた。色が赤と青で交互に点滅し始める。乗用車用の信号もまた赤、黄、青の順番で点滅を見せる。だが、それだけでは終わらない。空が明るくなったり暗くなったりし始める。咄嗟とっさに上を見上げると、そこには太陽と月、ここ日本で見ることのできるはずのないオーロラが姿を現していた。


「キミをこの何が起こるかも分からない場に近づけたくなかったな…………」


「これ何なんですか先輩!教えてください!」


「世界からリセットされるんだよ私という人間が。だから最後に言わせてケイくん」


「…………」


「私はあなたのことが大好き!!」


「待って…先輩!」


 先輩へ手を伸ばそうとした瞬間、オレの視界は暗転し、オレを含めたすべての人間が


 そして蝉は静かに息絶えた。





 










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る