第六話 無知な知人

 7月7日、日曜日


 ピーンポーンとチャイムを鳴らすとエリサは家の扉を豪快に開けてオレを出迎えてくる。


「さあ、入って入って。早く新しいゲームしよ」


 エリサの家には昔から何回も訪れているせいか、緊張することもなくオレは家の中に入っていく。いつも通りエリサの部屋に向かう前にリビングに居るエリサの両親に挨拶をしようとオレはリビングの扉を開ける。だが、エリサの両親はそこには居なかった。


「今日、もしかしてお前の両親どっか行ってんの?」


「二人ともこの土日は出張で家に居ないんだよ」


 こういうことは、別に変ったことではなかった。昔から出張の多いエリサの両親から頼まれてエリサをオレの家に招待してご飯をよく食べることもあった。だから、この光景はこの家では全然変ではない。


 エリサはリビングから無数のお菓子を抱えて自分の部屋に繋がる階段を上がっていく。ボーとリビングを眺めていたオレは駆け足でエリサを追いかける。


 部屋に入ると初見の人なら男子の部屋と勘違いしてしまいそうな部屋がオレの目に飛び込んでくる。エリサは生粋のゲーマーで効率や性能を重視するあまり、部屋が男子っぽくなっていた。この部屋に文句があるわけでは無いのだが、もう少し女の子らしい部屋にしてもいいんじゃないかと何時いつも思う。


 オレは部屋に置かれた大きなテレビ画面の前に胡坐あぐらをかき、ゲームの本体に電源を入れる。そんなオレの隣に同じように座りながらお菓子の封を思いっ切り開けるエリサが居た。周辺の準備ができたのかエリサはコントローラーを持ち、大きく伸びをする。


「よし!じゃあ始めよっか!」


 プレイするのは某有名会社の出す新作の格闘ゲーム。オレたちは時間を重ねていくうちに新しいキャラクターを開放していき、日が暮れた頃には全キャラクターをこの手に収めていた。周りから見れば明らかにやばい所行だが、オレもエリサもゲームが好きだったこともあり、そこまでの道のりは全然苦ではなかった。そのゲーム好きがどのくらいのものかと言えば、お互いの家に泊まり込み、当時大好きだったRPGゲームを寝る間を惜しんでプレイしていた程だ。


 そんな仲良しなオレたちもゲームの中ではタイプが全然違う。オレは単体のキャラを使い込んで極め、エリサは幅広いキャラで多くの局面に対応していく。言ってしまえば真反対。今日もそのことをいつものようにエリサはいじってくる。


「ケイまた同じキャラ使ってんの?変わらないね~」


「いいだろ、オレにはオレのやり方があるんだから」


「そんなにそのキャラクターに魅力がある?」


 エリサが言うようにオレの使うキャラは環境を壊すように強くも、カッコイイわけでもなかった。ただオレはそのキャラが好きだった。


「オレが気に入ったんだからいいだろ。オレは一途いちずなんだ。誰よりもこのキャラを知り尽くしてやりたい」


「誰よりも知り尽くすね………。彼女の夏凪 カナのこと、何も知らない癖に……」


 オレの中の何かが刺激される。多分それは怒りでも何でもない、昨日からの謎の不安。思わずオレはエリサの方を見る。


「今何て……?」


「もう一回言ってあげる。ケイは夏凪 カナのことを自分が思っているよりも知れてない。なんなら今は僕の方が知ってると思うよ」


「そんなことないだろ。第一お前はいつかの委員会で先輩と少し話しただけだろ……?」


「そうだね。でも、その一回で僕はケイよりもあの人を知った。いや、言い方が違うかな。ケイの知らないあの人のをだね」


 人にはそれぞれ隠し事はある。それは重々承知じゅうじゅうしょうちしているつもりで生きてきた。でも、このエリサの含みのある言い方はなんだ?でも、そのが何か分かれば昨日からの胸騒ぎが何かハッキリするかもしれない。


「それオレに教えてくれないか?」


「あの人には言うなと言われているけど、僕も僕でこれを隠してるのはしんどいから教えてあげる……でも、ホントにケイはこの話を聞く覚悟はある?」


 こんな真面目な顔をするエリサなんて見たことがない。だからこそ余計に怖くなる。でも、その時のオレには一つの自信があった。これから先輩のどんなことを聞いても、ずっと好きでいられる大きな自信が。


「覚悟ならある。だから話してくれ……」


「分かった。でも、この話をする前に僕の今までケイに隠してたことを言うね」


 エリサはそう言うと顔を赤らめてから、深呼吸をして大きな笑顔を見せる。


「僕はケイのことが昔から好きなんだ…」


 あまりに急なこと過ぎて全然頭に入ってこない。オレのことをエリサが好き?オレのことをか…?しかも昔から?


 オレの目は思わず点になっていた。


「その様子だと気づいてなかったぽいね。ホント昔から鈍感なとこあるんだから。でも、今は返事しないで。これから話す夏凪 カナの隠し事を聞いてから教えて欲しい」


 オレは静かに首を縦に振った。


 二人の空間には、もう蝉の声は聞こえない……










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