第五話 蝉と花火
オレは神社の
「やあ、お待たせー、待ったかい?」
先輩の服は周りに吊るされている
4日前、委員会の仕事を終えて科学教室に来た先輩は帰る準備をするオレに対してお誘いをくれた。
「渡来くん、週末の土曜日にある花火大会に行こうと思うんだけれど、一緒に行かないかい?」
「もちろんです!ていうかオレも誘おうとしてました!」
こうして、すぐに二人の意見は合致して花火大会に今、居るわけなのだが、オレの中で一つの予想外が起きていた。先輩が
「その反応だと浴衣を着てくるとは予想もしていなかったようだね。渡来くんは浴衣より私服派だったのかな?」
「先輩の浴衣も私服も他も全部大好きです」
オレは急いで否定すると先輩は微笑みながらオレの言葉を指摘してくる。
「そうは言ってもキミは私の服を制服とこの浴衣以外見たことがないだろ?」
「そりゃそうですよ。これが実質初デートなんですから」
「それじゃあ、これからいっぱいデートしなくちゃね」
その時の
そんなケイの前に夏凪が手が差し伸べる。
「そんなところで立ち止まってないで早くお祭りまわろ」
ケイは自分が今、世界で一番幸せと感じながら夏凪の手を取った。
花火の打ち上げ開始の20時までの1時間ほどをオレたちは屋台で過ごした。金魚すくいや射的、たこ焼き屋、リンゴ飴などを楽しんでいると、時間はあっという間に打ち上げ開始5分前にまで差し掛かっていた。
「もう5分前ですし、そろそろ向かいますか?」
「もうそんな時間か。時間ってあっという間に過ぎちゃうんだね」
さっきまで元気だった彼女が悲しそうに空を見上げながら言う。数日程度の付き合いではあるが、その言葉は今日という一日だけに向けられたそんな軽い気持ちの言動とはオレには感じられなかった。オレのまだ知らない先輩どこかに居るんじゃないかという不安が段々こみ上げてくる。そして、オレの中の何かが吹っ切れた。
「先輩どこかに消えちゃいませんよね」
そんなことをオレは不意に口にしていた。到底意味の分からないことだが、言った本人も分からないことが分かるはずもない。なんで言ったのか、なぜこの言葉が出たのかは分からない。突拍子もないオレから出た叫びに先輩は優しく答えた。
「消えるって、私を夏のうるさい蝉か何かと勘違いしてるの?私はずっとキミのそばに居るつもりだよ」
「そうですよねオレ何言ってるんだろ。まるで初めて先輩に会った時みたいに突拍子もなく」
「私は別に気にしてないよ。どんどん突拍子の無い事を言っておいでよ。私、キミのそういうところも好きだから」
花火が見える場所に移動するのか、夏凪はケイの手を引いて人混みの中に入っていく。花火が見える位置の近くに着くと、道中と比にならないくらい混雑を極めていた。夏凪はケイの手を強く握り直してから言う。
「絶対手を離したらダメだよ」
その時の夏凪はいつも以上に大人っぽくてカッコよかった。人混みをかき分けて出た先の景色にはすでに大きく花開く花火があった。今上がりだしたのか、周りの人の声が次第に大きくなっていく。
次々と上がる花火は開いては散っていく。そんな儚くも綺麗な景色に二人は
「今日はお祭り一緒に来てくれてありがとね」
あまりに突然のことにケイの背筋はピンっと伸びる。
「いやいや、こっちこそ先輩に誘われた時、めちゃくちゃ嬉しかったです」
「渡会くんがそう思ってくれていて嬉しいよ」
自然と雰囲気は出来上がっていたが二人は踏み出せないでいた。『口づけ』という一つ先の恋人のステージに。両者共に今がその時とは感じている。でも踏み出せない、それが恋なのだから仕方がない。
だが彼女は動いた。今この瞬間という二度と訪れるかもわからないシュチュエーションーションを大切にするために。
「キ…キス………しよっか」
オレの顔を覗いて先輩は深く深呼吸をする。準備ができたのか先輩は顔を急接近させていく。すると
「もしかして渡来くん緊張してる?」
受ける準備が整って目を閉じていたオレは思わず目を開けると先輩は笑っていた。オレは男の意地を見せるために強がった。
「そんなことないです」
「それじゃあ、キミの方から来てよ」
もう夏の暑さにボーとしているのか、彼女に心を持っていかれてしまったのかなんて分からない。ただ今は気持ちのままにケイの体は動いていた。
無数の花火が上がると同時に二人の唇は重なり合う。夏凪は驚きながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
「大好きだよケイくん」
その時ちょうど今日一番の花火が宙を駆け、空一面を光が照らした。その花火は自然と二人の心を包む思い出になっていた。
花火が終わると自然に境内の外へと流れていった。その波にケイたち二人も流されていた。
「そういえばここのお祭りって変ですよね。まだ学校がある時期に開催するなんて」
「普通なら夏休みに入った学生、特に小学生をターゲットに開催するものだけれど」
「理由はあれらしいですよ、ここの神社の神様が村の人たちを救ったのがこの時期だったかららしいですよー。先輩知ってました?」
「神様か…」
先輩が何か言おうとした時、オレのスマホの着信音が鳴る。メールの発送主は「京本 エリサ」だった。発送主は確認したものの内容は確認せず、オレはスマホをポケットになおした。
「誰かから連絡あったのなら、今返しても大丈夫だよ」
「あーいや大丈夫ですよ。多分エリサの奴から明日のゲームの誘いとかなんで」
「キミたち二人はホントに仲いいね。家とかも近かったりするの?」
「近いどころか隣だから困ったもんですよ。夏休み最後になったら宿題みしてって家来るんですよ」
「彼女以外に抜けてるところあるんだね。知らなかったー」
そうやって笑いながら先輩はオレと繋いだ手を放して、オレの正面に立って、肩に手を置いてきた。
「私、キミを束縛するつもりはないからエリサちゃんと会うことをダメとか全然言わないけど、もし、もしもキミが私を裏切るような事したらホント許さないからね」
いつもは見せない先輩の怒り顔は何だかいつもよりも可愛く見えた。先輩のオレへの『好き』がストレートに伝わってきた感じがしたからだと思う。だから、オレは改めて彼女を幸せにすると神様に誓った。
「明日は私、学校の課題があって外出できないから、キミがどう過ごすかは自由だけど、今から言う約束だけはずっと守って………。私をずっと好きでいて」
答えなど考える以前に決まっている。オレの思う彼女への気持ちが答えを決めていたから。
「もちろんです!」
彼女のことをまた少し知れたと表面上では思った。だが、心の裏側で何か分からない不安が近づいてきていた。
それをまだ青年は知らない。
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