第四話 嘘つきと罪人

 7月2日火曜日


 夏凪 カナは今日も教室で本を読んでいた。いつもと違うことがあるとすれば、隣に恋人の渡来 ケイがいることだろう。ケイは自分のスマホを見たりなどもせず、ずっと夏凪のことを見つめていた。夏凪はその視線を気にすることなく本を読み進めていく。本の区切りも良くなったところで夏凪はケイに問い掛けた。


「私のことばかり見ていて渡会くんは暇じゃないのかい?」


「夏凪先輩と一緒に居られればそれでオレは幸せですよ」


 実に嬉しいことを渡来くんは笑顔で言ってくれた。彼のそんな表情に私も笑顔を見せていた。


 時間はホームルーム開始時刻の5分前。


「じゃあ、オレそろそろ教室戻ります。今日も一緒に帰りましょうね夏凪先輩」


「あーそのことなんだけれど、私、今日委員会があって一緒に帰れそうにないんだ」


 ケイは驚きを隠せないような表情をしながらも諦めずに違う提案を持ち掛けた。


「夏凪先輩の委員会が終わるまで待っててもいいですか?」


「別にいいのだけれど、何時に終わるかなんて分からないよ」


 夏凪の言葉に了承しながらケイは自分の教室へと走って行った。


 あんなにも私との帰りを楽しみにしているとは思わなかった。でも、渡来くんには悪いのだが、さっきのはなんだ。今日、私には委員会の仕事などない。というか所属すらもしていない。すべてはを対策するためなんだ。


 放課後、夏凪は人気ひとけのない旧校舎の廊下を歩いていた。旧校舎には10月の文化祭で使用される舞台の土台など、様々な物を置く場所となっている。そんな場所には普通の生徒なら誰も近づかない。だが、夏凪の後ろには怪しげな影があった。その者の足音に気づいた夏凪は言う。


「後ろに居るのは気づいているよ」


 その場には静寂そのものがあった。だが少しすると小さな影が一つ動き出した。


「なーんだ。分かってたんですね


 そこに居たのはショートカットで金髪の小柄な少女が居た。顔を見る限りハーフのようにも見受けられる少女はどんどん夏凪と距離を詰めていく。


「キミと私は知り合いでもないと思うのだけれど」


「はい。知り合いでも何でもないですよ。僕が一方的に認知しているだけです、の夏凪先輩」


「泥棒犬とはまた面白い言葉をつかうね。普通は猫じゃないのかい?」


 夏凪の小馬鹿にする言葉を聞いた少女はヤレヤレといった余裕の表情を浮かべている。そして自信満々の顔で夏凪へ言い返す。


「僕は猫が大好きです。そんな猫に泥棒呼ばわりなんて何があってもしません」


 夏凪がどれだけあわれそうにそうに少女を見たところで彼女は依然として堂々としている。いわゆる天然というものであろう。


「それで何がなんだい?」


「とぼけても無駄です。僕の……僕のケイを横取りしておいて!」


「ケイって私の彼氏の渡来 ケイくんかい?」


 彼女は夏凪の言動に怒りを示しながら先ほどよりも距離を詰めてくる。


「余裕そうなのがまたムカつきます。何で僕じゃなくてあなたが選ばれるんですか?僕の方がケイを愛しているっていうのに」


「参考まで聞いておきたいのだけれど、愛してるっていうのはどのくらいのものなんだい?」


「そんなの決まっているでしょ、僕は自分の命を賭けられるくらいにケイを愛しているんだ!なんたってケイは私を救ってくれたから。こんな僕を地獄から救ってくれたんだから!」


 彼女がそう叫ぶと同時に旧校舎の2階から降りてくる2人の足音が聞こえてきた。喋り声からして男子生徒二人組。その声は夏凪だけでなく少女にも聞き覚えのある声だった。そうして、二組の男女は対面する。


「あれっ夏凪先輩じゃないですかー。こんなところで何やってるんです?それにお前も…?」


 拍子抜けした声の主はケイであった。手には科学の実験道具を持っているようで、ケイの隣の男子生徒は大きなガスバーナーを持っていた。謎の少女は動揺しているようだったが、夏凪は声色こえいろ一つ変えずに返答する。


「美化委員会で文化祭の用具点検をすることになってね、そうだよねエリサちゃん」


 夏凪の問いに少女は畏縮いしゅくしながら首を小さく縦に振る。それを見たケイは安心したのか顔を緩めていた。


「それはよかった!まだエリサのこと何ものに知り合ってるなんて先輩すごいですね。そいつ普段はツンツンしているんですけど根は良いやつなんで仲良くしてやってください」


「もちろんだよ、渡来くんの彼女としては昔のキミを聞けるいいチャンスだからね」


「それは何だか恥ずかしい話ですね。オレはとりあえず科学部の友達の手伝いしてくるので、先輩の委員会が終わったら、悪いんですけど科学室に呼びに来てもらってもいいですか」


 夏凪は快く了承して科学室へ向かう彼らに手を振った。そうして後ろを振り返ると悪いものでも見たかのような顔をする少女が居た。詰めてきた距離も自然に離されていた。だから今度は夏凪の方から距離を詰めてみた。


「なんでそんな顔してるんだい


「な…なんで……?なんでそんなに僕を知ってるんですか……?」


 エリサの体は気づけば小刻みに震えていた。それもそうだろう、なんだってエリサにとっては奇妙なことが起こり続けているからだ。


「ケイはさっき僕のことをあなたに紹介もしていないって言ってたし、あなたも僕のことを知らないって言ってたじゃ……」


「キミの事なら知ってるよ。京本きょうもと エリサ、アメリカ人と日本人のハーフで3歳の時に日本に引っ越してきて、小学校でいじめにあっているところを渡来くんに助けてもらった。そんな感じだろ?」


「ケイから聞いたわけでもないのにどうしてそこまで?それに、あなたに名前を呼ばれてから何だか震えが止まらない。な……なんなんですか…あなたは?」


「やっぱり


 常に疑問を顔に浮かべているエリサに夏凪は答え合わせをすかのごとく、自分という夏凪 カナについて説明していく。それはまだ渡来 ケイにすら語っていないこと。


「まず、エリサちゃんの震えの原因は私だよ。キミは一度、


 エリサは知る、夏凪という人間を。だが、今語られる夏凪の正体をケイが知るのはまだ少し先の話。


 今日という日の蝉の声はこれまで以上に騒がしい。





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