第三話 神様っていると思う?

「キミのことを私はなんて呼べばいいかな」


 下校の電車を待つ最中に彼女はケイの耳元でそうささやいた。急な耳への攻撃にケイは咄嗟に一歩後ろへ後退する。だが、握られた手がくさびとなり逃げられない。


「なになに~?キミは耳が弱いのかい?だとすればキミ、めちゃくちゃ可愛いなぁ」


 そう言いながら彼女はオレの頭をでてきた。バカにされているのは分かっているのだが、その時間はそんなに悪い気はしなかった。そんなことよりも気になったことがオレにはあった。


「呼び方をどうするとかより先に先輩の名前を教えてください。オレ先輩に初めて会った瞬間に告白したもんだからまだ知らなくて……」


「何だそんなことか。私はいいけれど、名前が変だったからとかいう理由で私を嫌いにならないでくれよ」


「そんなんで嫌いになんてなりません!オレは先輩の全てを愛します!」


 ケイの言葉を聞いた彼女は笑っていた。ケイ自身、最後の言葉は余計だったと思い、顔を赤く染めた。


「私の名前は夏凪なつなぎ カナ。渡来 ケイくんの彼女だよ」


 自分の名前を変というくらいだから、少しは身構えていたケイを彼女、夏凪 カナはいい意味で裏切ってきた。彼女に似合う美しい名前で何も変ではなかったから。だからこそケイは可笑おかしくなってつい笑ってしまった。それを見てバカにされたと感じたのか、夏凪は不満そうな表情を浮かべている。


「そんなに笑わなくたっていいじゃないか。キミは人の名前を笑うような人間だったのかい?」


「違うんです先輩。先輩の名前が可笑しくて笑ってるんじゃないんです。ただ先輩があれだけ『嫌いにならないで』って言っておいて、いいお名前だったんで笑ってるんです」


「それでも、そんなに笑うものなのか!」


 夏凪は恥ずかしさと怒りとが混じり合っているのか、ケイの手を握った手をブンブンと振り回していた。


 そんな時に二人の待つ電車がちょうど到着した。降りてくる人も乗り込む人もさほど多くない。まさに田舎の駅と言った感じで、二人は横に並んで出発の時を待った。


 この駅に来る前にケイと夏凪は自分の家の最寄り駅を話していた。ケイの駅の前の駅が夏凪の最寄りということもあり、ケイは帰りを送るということになった。初めは遠慮していた夏凪であったが、ケイの猛烈もうれつな押しにより首を縦に振った。


 夏凪の最寄り駅に着くと外の景色は何時いつしか日暮れ前になっていた。相も変わらず駅には人がいない。改札を抜けるとそこには住宅街が広がっていた。一駅変わるだけでケイの住んでいる場所とは雰囲気が全然違って、緊張の気持ちが高まった。


 すると、ケイの緊張を和らげてくれるように夏凪が話しかけてきた。


「キミは神様っていると思う?」


「急にオカルト的な話をしますね先輩。まぁ、オレはどちらかと言えば否定派の人間ですよ」


「否定派なんだね。なんだか意外だなぁ」


「そう言う先輩はどうなんですか?神様いると思うんですか?いないと思うんですか?」


「私はいると思うな。だって今朝初めて会って一目惚れした男の子に告白してもらえたんだよ。これは奇跡という他ないと思うんだ。神様が運んでくれた奇跡だと思うんだ」


 その言葉にオレは深く共感した。だから今日という最高の一日は神様からのめぐみなんだとそれからは思いだした。でもオレは知らない。この後の





 それから他愛のない会話をしている内に二人は夏凪の家へ着いた。彼女の住む家は庭の手入れが綺麗にされている古びた一軒家だった。


「今日は送ってくれてありがとうね」


「いえいえ、健全たる男子高校生としては当然のことですよ」


 『そっか』と呟き、夏凪の表情は何かを思いついたかのようにニコリと笑った。


「健全たる男子のキミに一つ提案なんだけど、今日、家は私一人なんだけど、どう?健全な男子を卒業してみない?」


 オレは唖然あぜんとした。オレは今、一目惚れした女性に夜のお誘いをされているというのか?ただ、オレの考え方が薄汚れているだけだと思ったが、これは間違いなく誘いだ。オレは迷った。あってもない彼女とそんなことしていいのかと。


 ケイの揺れ動く気持ちが表情に出ていたのか、夏凪は大笑いしながら言った。


「なんてね。冗談だよーキミにはまだ健全な男子でいてもらうからね」


 冗談を本気にしていたことが分かりケイは自分の赤くなる顔を下に向けて隠した。今は絶対にこんな顔を見られたくなかったケイはその場から立ち去ろうと口を開いた。


「それじゃあオレは帰りますね先輩!!」


「うん!今日はホントにありがとうね


 別れ際に言われた自分の名前に答えるようにオレは先輩の名前を声に出した。


「はい!!」


 ケイは勢いよく駅の方へ走っていく。そこには喜びの表情があった。それを玄関前で見送っていた夏凪は一つの独り言を呟いた。


「明日くらいには彼女が来そうだね」


 蝉の声はその時には静まり返っていた。


 




  


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