『まがいもの』と呼ばれた白エルフの、ちょっとおセンチなひととき

アソビのココロ

第1話

『白いなんて変なの……』


 ……私の心をツキリと刺す言葉。

 ……ああ、これは覚えがあります。

 ……遠い昔の夢ですね。


『おかしいね……』

『関わってはいけませんよ……』

『あの子はまがいものだ……』


 のろのろと目を覚まします。

 朝食が苦手なクズの根っことノビルの葉のスープだったせいでしょうか?

 夢見が悪かったです。


 朝食後すぐに寝るなという、わずかに残る理性の声を無視し、じっと自分の手を見ます。


「……まがいもの、か」

「アビゲイル様。お目覚めですか?」

「私って白いですね」


 声をかけてきた家政婦が笑います。


「もちろん族長は白いですよ。伝説の族長ですからね」


 私達森エルフの一族は、緑がかった肌と髪の色をしているのが普通です。

 私のように全身が白い者は他にいません。


「今更気にされているんですか?」

「少しだけ」

「あらまあ。アビゲイル様の美しい肌色は、女性として羨ましいですけれどもねえ」


 そうなんでしょうか?

 『白き族長が民を導く』という古い言い伝えがあるそうで、今でこそ伝説の族長なんて呼ばれている私ですが、子供の頃の言われようはひどいものでした。

 まがいもの扱いでしたからね。


「族長の魔法だって素晴らしいですよ」

「かもしれませんね」

「それ以外は……げふんげふん」


 まあ、失礼な!

 私が魔法以外に能がないみたいに!

 否定はしませんけれども!


「こんにちはー」


 あっ、ユーラシアさんの声だ!

 ユーラシアさんはノーマル人の友人で、精霊と親しいという不思議な少女です。

 時々魔物肉を持ってきてくれるありがたい存在でもあります。


 思わず耳を澄ませます。


「やあ、精霊使いのお客人。どうされた?」

「アビーが肌を白くするまで肉を待ちわびてるらしいから、お土産に持ってきたんだ」

「ハハッ、族長の肌はいつも白いぜ」

「いつも肉を待ってるのかー」


 やたっ! 肉だ!

 玄関で待機!

 

「こんにちはー」

「いらっしゃいお肉!」

「カンがいいなあ。確かにお肉だけれども」


 ごそっとお肉(加工前)が山積みです。

 狩りたてをすぐに持ってきてくれたんですね。


「ああ、何という幸せの重み!」

「わかる。でもまだお肉になる前だぞ?」

「この世の全てがお肉でできていればいいのに」

「焚き火するだけで焼き肉が食べられちゃうわけか。あたしもその世界に住みたいな」

「そうでしょう! 火事になっても食べ物に困らない、夢の世界ですよ」

「本当だ。アビーすげえ!」


 ユーラシアさんとは実に気が合います。

 感性が似てるんでしょうね。


 そういえば、私を『アビー』と愛称で呼んでくださるのも、今やユーラシアさんか海の女王ニュデさんくらいです。


「今日はどうされたんです?」

「どう、ってことはないな。お肉の使者としてちょっと様子見に来ただけ」

「あら、お肉の使者さん。おかけになってくださいな」


 飲み物をお出しします。

 柑橘の香りが私の好みなのです。


「レモンバーベナのハーブティーですよ」

「レモンバーベナ?」

「ええ。そろそろ葉も揃ってきて、ハーブティーにすると飲み頃の季節なんです」

「ふーん、好きな匂いだな」


 首をかしげているユーラシアさん。

 御存じないハーブだったようですが、気に入ってもらえたようですね。

 布教しておかねば。


「この木欲しいな。分けてくれない?」

「そうでしょうとも!」


 つい勢い込んでユーラシアさんの手を勢い良く握ってしまいました。

 私が勧めるまでもなく、レモンバーベナの良さを一目で理解するとは!

 やはりユーラシアさんとは感性が合いますね。


「レモンバーベナは同族に不人気なのです!」

「えっ、どうしてかな?」

「まがいものだと言うのです!」

「まがいもの?」


 ユーラシアさんに説明します。

 私達森エルフは柑橘の実が大好きで、だからこそ匂いだけ柑橘に似るレモンバーベナをまがいものとして嫌うということを。

 再び首をかしげるユーラシアさん。


「確かに匂いは似てるかもしれんけど、この木のせいではないじゃんねえ? 手軽で素敵なハーブだと思うわ」

「私はレモンバーベナが不憫で……ノーマル人の間に広まって評価されたら勝った気になれます。見よレモンバーベナよ、あれが巨木の星だっ!」


 同じくまがいものと呼ばれた我が身を顧みて、どうしても力が入ってしまいます。


 あれ? おかしいですね。

 ユーラシアさんが、アビーのノリはわからねえって顔をしています。

 ともかくレモンバーベナの苗をたくさん持っていってもらわないと!


 その後しばらくして、ユーラシアさんは帰られました。

 そろそろ昼食の時間です。

 私はお肉をいただきましょう!


「アビゲイル族長、ユーラシア殿がいらしたのですか?」

「カナダライさん」


 森エルフとしては大柄でガシっとした体格のカナダライさんが入ってきました。

 カナダライさんは、族長たる私をとてもよく補佐してくれているのです。


「ええ、お肉を持っていらしてくださったんですよ。一緒に食べましょうよ」

「ハハッ。御相伴に与かりますかな」

「……変な夢を見たんです」

「変な夢?」

「ええ。子供の頃の」

「ああ」


 カナダライさんとは長い付き合いです。

 これだけで私がどんな夢を見たのか、見当はつくでしょう。


「族長は伝統的な森エルフらしくはなかったですからな」


 頷かざるを得ません。

 私は色が白いだけでなく、一般的な森エルフが得意とする弓術も風魔法もからっきしですから。


「その分、火魔法氷魔法雷魔法の威力は凄まじいではないですか。ケイオスワードの知識も一族随一です」


 思わず苦笑する。

 それはケガの功名ですよ?

 私に元々火魔法氷魔法雷魔法の素養があったのはその通りですが、魔法の威力が強いのは若い頃村にいづらく、冒険者活動に一生懸命だったからです。

 魔法の組み立ての根幹をなすケイオスワードの知識も、冒険者時代に得たものですし。


「変な夢というのも、まがいものと中傷されたとかいうものなのでしょう?」

「そうなんです。カナダライさんはさすがですね」

「安心してください。族長はまがいものなんかじゃありません」

「カナダライさん……」

「今では立派な危険物です」

「ひどいっ!」


 カナダライさんは私のこと、危険物と思っていたんですね?

 散々迷惑をかけたことは間違いないですけれども!

 宥めるようにカナダライさんが言います。


「まあまあ。肉が焼けてきましたぞ」

「肉はラブ! 肉はジャスティス! 肉はミート!」


 いい匂い。

 お肉を美味しくいただきながら思います。

 まがいものなんて呼ばれているものでも存在価値はあるんですよ。

 レモンバーベナも評価されるといいな、と。

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