ビトレイアル:完全予想外の刺客

 ついに、大学か。

 ガラス張りの、キラリと輝くキャンパスに、俺は胸を膨らませる。

「勝太君……なんか緊張する」

「大丈夫だって」

 そこで、プツンと会話を切ってしまった。

 最近の僕らは、何やらそりが合わない。俺と早織の性格が合わないのか、けんかをする頻度が多くなっている気がする。また、早織が何かに頭を抱えている姿もよく見かける。その時、俺はなんと声をかけたらいいのか分からず、ただ素通りするだけだった。

「おぉー勝太くーんと早織。どう? 大学の雰囲気は」

「すごいです」

「ありきたりな感想ですね」

「いや、だって……」

 俺と早織がギクシャクしていれば、当然伊織先輩と俺の関係もギクシャクすることになっていた。

 今も、隠していても皮肉が溢れ出す口調。


 あの告白から一年後、俺と早織はとよやま園へ行った。

 組は別々で、話す機会も減っていた。誘うのも、かなりためらった。それでも、俺は早織を誘ってとよやま園へ行った。

 ――あの時のコーヒーカップは本当に嫌だった。

 正確に言うと、コーヒーカップの入口だが。

 あの時は、あまりにも気まずい、息も止めてしまうようなムードが漂っていて、何かに乗った記憶がない。そもそも、何か乗り物に乗ったのかということが分からない。


 そんな、如何にも最悪な関係を決定的に変えたのが、三年の冬休み前の短縮授業の時だった。

 交差点を渡ろうとした早織はこけてしまい、足から出血をしていた。そこに、運転席が高い位置にある大型トラックが通りかかった。

 ――ヤバい。

 と思った俺は、自転車から飛び降りて走り出し、早織の腕を握って歩道へぶん投げた。それで早織は助かり、俺はというと、道路に身体をぶつけた時に擦り傷と打撲を負ったが、それは短時間で治るものだった。

 ――その時から、先輩の態度が急変したんだった。

 たびたび俺のことを報告していたのか、伊織先輩が大学からやって来て、早織の彼氏にならないか、と聞いてきた。

 付き合ってはいないが、時々連絡を取っていたあずきのことを想えば、胸が今でも苦しくなる。

 半ば強引に、俺と早織は付き合うようになった。


 最初は上手くいっていたのだ。

 それでも、大学選びの時に意見がぶつかった。同じ大学に行くか、違う大学に行くか。

 早織は、伊織先輩が五十嵐先輩を追いかけて入学した私立大学に行きたいと言い、俺は、成績を考えて地元の公立大学に進学したいと言った。

 ――結局、五十嵐先輩の鶴の一声だった。

 伊織先輩は元から同じ大学に行けと口酸っぱく言っていたが、ある凍えるような寒さの冬の日、ホットドリンクやスイーツ、本などを早織向けに持ってきた五十嵐先輩は、手紙で、「彼氏と一緒に入学してほしい。勉強は教えるから」と綴っていた。

 それがきっかけで伊織先輩はますます勢い付き、結局俺が折れた。あの時の、勉強地獄を想った時の悪寒と言ったら、言葉にできるものじゃない。

 そして、実際に俺は五十嵐先輩に徹底的に勉強を叩きこまれ、稼いだ内申点のおかげでギリギリ受験に合格したのである。




 五十嵐先輩が出てきた。

 五十嵐先輩は今、法学部に在籍しているらしい。

「やあ早織ちゃん、休みが少なく、学食がとにかく不味い我がキャンパスへようこそ」

 眼鏡をかけた先輩は、満面の笑みを浮かべて私と勝太君を迎えた。

「ありがとうございます。先輩のおかげです、入れたのも」

「そんなことないだろ。早織ちゃんがしっかりしてたからだよ」

 勝太君はどこか物言いたげな顔で見ていたが、それがだんだんと恨めし気な視線にグラデーションするのにさほど時間はかからなかった。

「早織ちゃん、まず見せたいところがあるから、ちょっと来てくれないか」

「ちょっと一馬君、妹をそんな連れ回さないでよ」

「良いだろ、それくらい」

 ちょっとカチンと来たような表情を五十嵐先輩は見せた。


 私と勝太君、姉は先輩に連れられ、校舎の裏の方に案内された。

「早織ちゃん……」

 途端に、彼には似合わぬ甘い声になり、私はビクリと身体を震わせた。

 ピン、と予感がしたからだ。

 高一の頃から、期待したり、おののいたり、色々な反応をしていたが、その時よりももっと大きな感覚。

「ずっと惹かれてたから、入学記念に付き合ってくれないか?」

 姉は、口を大きく開けて、目を見開いて、石のように固まっていた。

「ちょっと、どういうことですか!」

 勝太君は、眼球を血走らせ、唾を大量に飛ばして怒号を浴びせる。身体はワナワナと震え、大量の汗が新品の制服に絡みついていた。

 ――どうしよう。

 と悩んだのはほんの一瞬だけだった。自分の今のはやる気持ちを理解するのに、さほど時間を要すことは無い。

 五十嵐先輩は、やはり満面の笑みでコチラを見つめている。その笑みには、余裕すら感じられる。

 私は、ニッコリと微笑んで、柔らかく言った。

「ちょっとだけ、考えさせてください」



(完)

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『誰が早織を自分のものにできるか競うグループ』 DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555

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