Parola-∞:青春……それは。

 「最安」、という地元の寂れたファミレスのような安くて胡散臭い煽り文句にかっちり釣り上げられてよくよくフライトの詳細も見ずに決めてしまった挙句がパリロンドン経由しての四十時間オーバーという過酷でしんどい旅路であって。「言の葉」というものを俺はまだうまく把握できていないのか……そして世界は広いもんだ……ぎりぎり引っかかった地元の私立商学部一年は必須がかなりあって、ちゃらいサークルでもなくまっとうな「部」を選んでしまった俺は、思い描いていたような「キャンパスライフ」とは程遠い、ただただかつかつしていた日常に揺られているうちに前期があっさり終了してしまったが、昼夜を問わない肉体労働バイトにて何とか五泊七日の旅費は捻り出せた。


 一周半くらい廻った時差ボケが、上半身に熱を、下半身に冷えを生じさせてくるようで。思考停止状態で諸々の手続きを済ませて人の流れに任せて真っ白な通路をよろよろとスーツケースにもたれるようにして押し転がしながら。モノレールとバスを乗り継いで一時間も経たないくらいのうちに、上空の眩い白と水色と、視界を突っ切る灰白色の砂浜に挟まれて。


「……」


 思わず「言の葉」を失うほどの景色に到着したわけで。景色というよりは何だ、身体全部が包まれていてひと呼吸ごとにてめえの内部までをも同化させられちまうような。そして何だよこの見渡す以上に広がる透明度の高い……これも何だ、どう形容したらいい? エメラルドブルーかターコイズ、いやグラデが秒で押しては返していくから、この描写はなかなか紡ぎづらいぜ……言の葉……がんばれとしか言えんわー。


――手紙を書いてくださいねっ。リアルの。手書きの。これぞエアメールって感じの封筒に入れて。


 新学期が始まってしまったから一緒には来れなかった「名誉部長」からは、そんな宿題をことづかってはいるものの、来て早々の言語化困難気味のオーシャンビューに包まれて、時には陳腐化してしまうだろう言語の脆さも実感していたりするわけだが。


 それでも紡いでみるか。五感全部の感覚器から受け取ったものたちを、ただ一枚の紙っぺらに逐一書き起こしていく、「無限」をただの文字の連なりに落とし込めるのなら、その連なりだけで、相手の脳に色彩溢れる情景を描き紡ぎ出せるのなら。


「……」


 ふいに尻ポケットに挿していたスマホが無粋にも振動してそんないつものスカスカした思考は遮られてしまうが。


〈パイセンんーっ!! うしろうしろぉーッ!!〉


 相変わらず変わっていなさそうな、そんな文字の連なりだけでふっと笑わされてしまうような、正にの「言の葉」を瞬で確認した俺は、


「……」


 これでもかの真顔の無表情を形作ってから、林立するホテルの白壁が空の青と鮮やかな緑に挟まれているビーチサイドを振り返る。そこには砂浜ぐるりを巡るウッドデッキの遊歩道から、主に忠実な執事みてえな顔をしているイケメンに車椅子を押させて、わざわざこちらの波打ち際までがたがたと砂地を突っ切ってくる輩の姿があって。


 徐々に近づいてくるその変わらねえわざとらしくひん曲げられたアヒル唇からは、多分変わらねえマウント取りの言葉が、「言の葉」が紡がれて来るであろうから。


 俺も負けじと、再会までのここ一年余りを顧みて最大級のスカスカなる言の葉の初手を脳内で組み上げていく。紡ぎ出すためにひとつ吸い込んだ熱を孕んだ空気は何故か俺の表情筋を操るかのように自然と笑みのような形へと変えていってしまうがまあいいだろ。そして同時に、


 手紙の書き出しとして相応しい、これまたスカスカの言の葉を思いついた。こいつで初っ端、こちらのリアルの状況を知りたがってる御仁の出鼻をくじいて笑わせてでもしてやろうか。けど、


 振り仰いだら誇張なくその色に視界の全部は支配されたから、それはスカスカではあるが曇りない真実の「言の葉」の気がした。


――マイアミの空は、それは青い。


(了)

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