第7話 ルビィさんのリビングで三人で食べたケーキの味は忘れない

「で、琥珀こはくっち、ルビィ先生とはどこまで行ったん?」


 そう言って迫ってきたのは、燐灰りんかいうららさん。

 彼女もルビィさんのアシスタントだ。


「なっ……何も……どこもへも行ってないです……」


 僕がたじたじになりながら答えると、燐灰りんかいさんは納得出来ないといった感じで、ジト目で睨んできた。


 燐灰りんかいうららさんは僕より若い女の子だけど、長い金髪で化粧は濃いめ、派手なアクセサリーを身につけていて、いつも露出の多い服を着ている。

 端的に言うとギャルだ。


「うそでしょ!」


 燐灰りんかいさんは大きな声で言った。


「ラブホだよ!若い男女二人でラブホ行って何も無いってどう言う事?あり得ないんだけど」


「ま、まあ、あくまで取材だったから……」


 僕は小声で言い訳する様に言った。


 因みに今、ルビィさんは留守にしている。

 アニメ会社のプロデューサーさんと次回作の打ち合わせの為に出かけているのだ。


 そう、アニメ会社のプロデューサーさんは男の人なのだ。


 男子禁制のスタジオでは直接打ち合わせが出来ないので、男の人とはいつもルビィさんは近所のファミレスで打ち合わせている。


 ルビィさんがいた先程までは、僕と燐灰りんかいさんも静かに黙々と作業を続けていたんだけど、ルビィさんが打ち合わせで居なくなった途端に質問攻めに遭う事になった。


「いい?琥珀こはくっち、アタシは琥珀こはくっちとセンセの事を応援してんだよ。センセはあんな感じでしょ?オトコ作った方が良いってずっと言ってたんだ。そんなセンセにもやっといい人見つかったじゃん。だからアタシは琥珀こはくっちの味方するって決めたんだよ」


 ルビィさんのスタジオはアシスタントさんも女性ばかりなので、敵に回した時には針のむしろになりそうで怖い。


 だから応援してくれると言ってくれる燐灰りんかいさんの事はありがたいと思うのだが、正直言って僕はこの人の事が苦手である。


 そもそもギャルがなぜ漫画のアシスタントをしているんだろう。


 因みに燐灰りんかいさん、ついこの間まで現役のキャバ嬢だったらしい。キャバ嬢をやりながらルビィさんのアシスタントもやっていたのだ。


 最近辞めて、今はカラオケ居酒屋で働いてるらしい。この人は謎だ。


 僕は言われてばっかりでは悔しいので、軽く反撃してみる事にした。


「そう言う燐灰りんかいさんはどうなんですか?良い人いないんですか?」


「そーなのよ。良い人いなくってねー。あ、そう言えば前の店辞める直前に告られたんだわ」


「え?そこもう少し詳しく教えて下さい」


「アタシ割とその人の事気に入ってたんだけどね。ほら、店辞めるって決めてたじゃん。辞める前にあんま店と揉めたく無くて断っちゃった。今だったら受けたんだけどなー」


「それは勿体ない事しましたね」


「うん。そういやその人漫画描いてるって言ってたな……少年誌で」


 ん?なんかその話聞い覚えがある様な……そうだレッドタイガー先生じゃないか!


「ち……ちょっと待って下さい燐灰りんかいさん。もしかしてその人の名前、レッドタイガー先生って言いませんか?」


「あ、なんかそんな感じだったわ……なんとかタイガー」


燐灰りんかいさんっ!」


「な、なになにっ?」


 僕は燐灰りんかいさんの手をがっしと掴んだ。そして、僕に任せて下さい!必ず取り持ってあげますと力強く言った。


 やりましたよレッドタイガー先生!今年のクリスマスは先生もリア充なんてクソ喰らえ会を卒業させてみせます!



「ただいまー」


 ルビィさんの声が聞こえて、僕は玄関に向かった。


「おかえりなさい。打ち合わせはどうでした?」


 ルビィさんは靴を脱いでマスクを外した。手にしていた紙袋を僕に手渡しながら言った。


「順調に進んでるよ。フローライトも遂にアニメ化かぁ……あ、これプロデューサーさんからのお土産。後でみんなで食べよ」


 ルビィさんの好きな銀座のお菓子メーカーの紙袋……多分ケーキだろう。これ絶対美味うまいやつだ。


「ね、私いない間に何かいい事あった?」

 ルビィさんは僕の機嫌がいつもより良い事に気づいたようだった。


「ええ、後で説明しますよ。忙しくなるなーこれから」


「えー何それ……気になるなー」


 ふてくされるルビィさんも可愛かった。





 僕達はリビングにやって来た。


 あれから僕は、ルビィさんのスタジオに来る度に暇があったら片付けをしていたので、リビングに人の入れるスペースがだいぶ増えた。


 僕は貰ったケーキを小皿に移して、お茶を入れ、ルビィさんと燐灰りんかいさんの前に置いた。


 こう言う雑用はアシスタント経験が長いと自然と覚えてしまう。


 ルビィさんは、休憩にしてみんなでケーキ食べましょ……と言った。



「ケーキ美味うまっっっっ!」


 僕はルビィさんがお土産で貰ったケーキを一口食べて、そのあまりの美味しさに思わず笑みが溢れた。


「んーっ!」


 ルビィさんもケーキを一口食べると、その美味しさに悶絶していた。


「何これヤバっ……」


 燐灰りんかいさんも目を丸くして美味しそうに食べている。


 僕達は無言でケーキを食べた。皆、目の前の絶品ケーキを真剣に味わって食べたかったんだ。プロデューサーさん、いい仕事するなと僕は思った。


 ケーキを食べ終わったルビィさんが早速、隣にいる僕の方を見て口を開いた。


「で、琥珀こはく君、私がいない間に何か良い事があったの?」


 僕はいきなりの事に驚いてごほっと咳をしてどんどんと胸を叩いてから言った。


「僕のもう一つのアシスタント先である、少年ジャスパーのレッドタイガー先生の想い人が分かったんです」


 僕はそう言って燐灰りんかいさんを見て、ニヤっと笑った。


 燐灰りんかいさんは、「あん?」 と言って僕を睨んだけどすぐに「そ、アタシだよ」と言った。


燐灰りんかいさんも、まんざらでも無いんですよね?」


「ま、まあね……」


 するとルビィさん、目を輝かせて喜んでいた。


「え、ほんと?そっか……良かったねうらら、やっとうららも良い人出来たんだね」


「そう……なるのかな?」


「よし、ダブルデートしましょう」


「は?」


「良いでしょ?ね、琥珀こはく君」


 いきなりルビィさんに振られて僕は慌てた。


「いや待って、まだ早いって」


 燐灰りんかいさんも普段見せない焦った様子を見せている。

 

「えー、じゃあ……上手く言ったら絶対ね。ダブルデート」


「はいはい」


 ルビィさんはいつに無く前のめりになっている。燐灰りんかいさんがルビィさんのスタジオに来たのは、まだ燐灰りんかいさんが十代の高校生の頃だったと言う。


 それからずっと燐灰りんかいさんは、ルビィさんのアシスタントをしている。


 それだけに、ルビィさんは燐灰りんかいさんの事が可愛いくて仕方が無いのだろう。



「今日もありがとね、琥珀こはく君」


 駅までの帰りの車の中。

 運転席のルビィさんは、助手席の僕に言った。


「ルビィさんも、お疲れ様です」


「そうだね。じゃあ、気をつけて帰ってね」

 はい……そう言って僕はドアを開けようとすると、あ、待ってとルビィさんは言った。

 目を閉じて、顔を近づけるルビィさん。

 僕も顔を近づける。


 ルビィさんと僕の唇が、触れ合った。

 どれくらいの時間が過ぎただろう。


 僕は、顔を離すと、おやすみなさい、と言った。

 ルビィさんは笑って、おやすみなさいと言った。


 そうして僕達は別れた。





 僕とルビィさんの出会いはこんな感じだった。


 さて、まだ語りたい事は沢山有るけれど、続きはまたどこかでするとしようか。


 君が産まれたのは、僕達が付き合い始めてから三年ほど経った頃だった。


 ルビィさんのチーフアシスタントである藍玉あいぎょくすみれさんは、子育てが忙しくなってきてチーフを辞めて、代わりに僕がルビィさんのチーフアシスタントに就任した。


 僕はレッドタイガー先生のアシスタントを辞め、燐灰りんかいうららさんが僕の代わりにレッドタイガー先生のアシスタントになった。


 結局、ダブルデートは実現しなかったけど、レッドタイガー先生と燐灰りんかいさんは結婚して、燐灰りんかいさんは二人の結婚生活を漫画にしてネットに出したらそれが人気になり、漫画家としてデビューする事になった。


 僕はらぴすらずりで一度プロの漫画家としてデビューしたんだけど、あまり売れなくて打ち切りになってしまった。


 でもルビィさんの方は連載漫画『フローライトへようこそ』がアニメ化して、ドラマ化、そして実写映画化とどんどん人気になって行って、『みじんこコレクション』も二期のアニメが好調で声優さんのユニットもファンの根強い人気に支えられて、ドーム公演をする程になっていた。


 おかげで僕はルビィさんの収入で養って貰う事が出来て、僕はチーフアシスタントをしながら、ルビィさんが漫画を描いている間、産まれてきた君の世話をする様になっていた。


 そうそう、僕がちゃんと掃除しているからもうこのスタジオは男子禁制じゃあ無くなったんだ。相変わらずルビィさんの机の周りの散らかり様だけはどうしようもないけど。


 僕は主夫として家事を続ける生活は自分に合っていると思うし、これはこれで悪くないと思う。


 けど、君が大きくなるまでには一冊くらい、僕の漫画が書店に並んでいる所を見せてあげたいと思っているんだ。


 だから、出版社への持ち込みは今も続けている。


 おっと、玄関のチャイムが鳴った様だ。

きっと担当の黒曜こくようさんが来たんだ。行かなきゃな。


 今日はちょっと懐かしい話をしたから、なんだかセンチメンタルな気分になってしまったな。


 このビデオは君が大人になったら見せてあげるつもりで今撮ってるんだけど、その時はどんな気持ちで見てるのかな、今から楽しみだ。


 続きはまた今度話すよ。

 じゃあ、またね、瑠璃るり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕はこの夏、少女漫画家、翡翠ルビィ先生の家へアシスタントに行く事になった。 海猫ほたる @ykohyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ