第6話 僕は、流行る動悸を抑えるのに必死だった。

 ルビィさんが僕を案内してくれた先は、どう見てもいかがわしさ満点の建物だった。


「あ、あの、本当にここで合ってます?」


 豪華なお城みたいなその建物は、入り口に幕が垂れ下がっていて中の様子はよく見えない。外の看板には宿泊幾ら、休憩幾らと大きな文字で書かれている。


 今の時間なら休憩かな……いや、そんな事考える場合じゃない。


 その建物はまさにラブホテル……だった。


「うん……あ、あのさ、どうしてもこの先の展開でホテル行かなきゃ行けないの。その取材だけしておきたいんだ。も、もちろん取材だけ……だから」


 顔を真っ赤に染めてわたわたと説明するルビィさんはとてもかわいかった。


 僕は、分かりましたと答えた。

 僕達は、初めてホテルに入ったんだ。


 入っていきなり、チェックアウトを済ませてホテルから出て行く男女とすれ違う事になった。


 その男女は僕達に気づいた後、軽く会釈して手を繋ぎながら去っていった。

 


 なんだかいけない物を見てしまった様な気がして、僕も軽く会釈を返しては見たけどすぐに視線を逸らしてしまった。

 そのままその場に硬直していまう。


 今は午前、きっとあの二人は昨日、このホテルに泊まって一晩を過ごしたんだろう。


 二人は何かを話しながら、笑い合って去って言った。


 僕は隣のルビィさんを見た。

 ルビィさんは顔を紅潮させて下を向いていた。

 ルビィさんも動かないままだった。


「い、行きましょうか」

 僕はなんとか声を振り絞ってルビィさんに言った。


「そ、そだね……取材、取材……と」

 ルビィさんも無理矢理笑顔を作った感じで、僕に引き攣った笑みを見せてくれた。


 僕達は顔の見えない受付の所に行って、おばさんと思わしき店員さんに事情を説明した。


「あの、編集から話が行ってると思ったのですが、翡翠かわせみルビィです」


「ああ、聞いてるよ。室内は好きに撮って貰って構わないけど、他のお客様だけは撮らないようにお願いね」


「ありがとうございます」


「お嬢さん初めてかい?部屋はそこのタッチパネルから……」


 ルビィさんが一生懸命におばさんの説明を聞いている。

 説明を聞き終えたルビィさんは、とてとてとこちらに歩んで来た。


「さあ、部屋に行きましょう!」

 なぜかルビィさんはやる気に満ちた表情だった。


 僕達はタッチパネルから部屋を選んだ。

 漫画のロケハンだからなるべく漫画に出しやすい派手な部屋が良いかな?と、二人でお城の内装っぽい部屋に決めた。


 そして部屋に移動した。

 ルビィさんが先に入って、ふわーっと感嘆の溜息をつくのを聞きながら僕は重い鉄のドアを閉めた。

 ドアは閉まるなりガチャンと音がして、オートロックが作動した。


 この部屋で二人きり。

 部屋の鍵は閉まっている。


 僕はこの状況になんだかドキドキしてきた。


 ルビィさんは早速鞄からデジカメを取り出して、あちこちを撮影している。


 僕は所在無げに立ち尽くしながら、そんなルビィさんの様子を眺めていた。


 ルビィさんは僕の様子に気がつくと、どしたの?と言った。


 僕は、いや、なんかかわいいな……と思って見てた……と答えると、やだもー琥珀こはく君と言いながら僕の肩を叩いた。

 

 それからしばらくは、ルビィさんの撮影を待ちながら僕も部屋の中をうろうろしてみた。

 僕はこう言う場所に来るのは初めてだったので、どうして良いか分からなかったんだ。

 いや、これはあくまで取材なんだから、何もしちゃいけないんだけどね。


ルビィさんは時々僕を呼んだ。


「ねえ琥珀こはく君、ベット大きいねー。しかもふわふわ。寝ちゃおうかな」


「だ……だめですよルビィさんっ」


「ねえ琥珀こはく君、凄いよこのバスルーム、来てきて」


「え?うわほんと……何これジャグジー」


「ねえ琥珀こはく君、これ何かな」


「そ……それは、マッサージ機……かなー」

「ねえ琥珀こはくく……」


 そう言って途中で言いかけたままルビィさんが硬直しているのに気がついた。


 僕は、どうしたの?とルビィさんの元に歩み寄った。


 ルビィさんが見つめていたのは備え付けのロッカーだった。


 ロッカーは、扉が透明になっていて、中に入っている物がライトアップされてよく見えるようになっている。

 お金を払えば、中に入っている物を自由に使う事が出来るのだ。


 いわゆる物販コーナーだ。


 そして、そこに入っているのは、大人のおもちゃと呼ばれる物たちだった。


 なるほど……これは気まずい。


 ルビィさんは、そこに入ってる一つの物を指差して言った。

 ルビィさんの声は、いつになく落ち着いていて、そして色っぽかった。


「ねえ、琥珀こはく君。この衣装……」

 ルビィさんが指を指していたのは、真っ赤なレースのセクシーなランジェリーだった。

「私にもこれ、似合うかな」


 僕は思わず、ルビィさんがこの真っ赤な下着だけを着けているところを想像して、悶絶した。


「る……ルビィさん……だめです……僕には刺激が強すぎです」


 僕は思わずルビィさんを抱きしめてそのままベッドに連れて行きたい気分になったのを、必死で堪えた。


 僕はだんだんと呼吸が乱れて来るのを感じていた。


 ルビィさんも汗をかいている様に見える。

 それがより一層、僕の心拍を乱れさせた。


 できれば一旦外に出て気持ちを切り替えたいのだけど、ドアにはしっかり鍵が掛かっているから出ることは出来ない。


「ご、ごめんね琥珀こはく君。そ、そろそろ行こっか」


 僕の様子に気づいてなのかそうじゃないのかわからないけど、ルビィさんは取材を切り上げる事にしてくれた様だ。


「は……はい。では出ましょう」


 僕は受付に電話して、チェックアウトをお願いした。


 受付のおばちゃんは、折角だからもっとゆっくりしてっても良いのよ。楽しんで行きなさいな……とか言っていたけど余計なお世話なのだ。


 僕はいえ、大丈夫ですと答えると、ルビィさん行きましょうと言ってルビィさんの手を取って外に出た。


 ルビィさんは会計を済ませて、領収書を貰った。


 ホテルを出る時、今度はホテル入って来る若い男女とすれ違った。


 僕達は、その男女に軽く会釈をして、ホテルを出た。


 いつの間にか、僕はルビィさんの手を握っている事に気がついた。


「あ、ごめん」と言うと、ルビィさんは、

「良いよ」と言って笑った。

 僕もつられて笑った。


 外に出た僕達は、何もしてないのにお互いなんだかどっと疲れていた。


「なんか、疲れちゃったね」

 ルビィさんは肩で息をしながら、額の汗を拭く様に な動作をしながら言った。


「そ、そうだね……な、なんだか不思議な気分だよ」


 僕も肩で息をしていた。乱れていた呼吸がようやく落ち着いてきた。


「さ、デートはこれからだよ。楽しもう」


 ルビィさんはいつもより明るく振る舞っている様に思えた。


「う、うん。そうだね。行こうか」


 そうして僕らは中断していたデートを再開したんだ。



 それは、僕達の初めてのラブホテル体験だった。

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