第5話 僕達はいつもデジカメで写真を撮る。たくさん撮る。

紅榴こうりゅう君、来月の3日、やはり厳しそうか?」

 レッドタイガー先生にそう言われた。


 僕はルビィさんのアシスタントに行く事が多くなって、その結果、レッドタイガー先生の所に行ける日が減ってしまった。


「はい、すみません。その日は……」


「分かってる。みなまで言うな、水くさい。翡翠かわせみ先生の所でアシスタントに認められるなんて凄い事じゃないか。胸張って行ってこい!」


 レッドタイガー先生はそう言って僕の背中を叩いた。

 先生はいつも気前良く僕を送り出してくれた。

 でも僕は、その度にいつも本当に申し訳ない気持ちになる。


 違うんですレッドタイガー先生、僕はその日、ルビィさんの所にアシスタントに行くんじゃありません。


 ルビィさんとデートの約束をしているだけなんです。


 その言葉は、喉元まで出かかるも、結局言えず仕舞いだった。


 レッドタイガー先生の所は、先生を始めアシスタントも殆どが独り者なのだ。


 唯一、チーフアシスタントの黒水くろみずあきらさんだけが世帯持ちなのだ。


 一度、黒水くろみずさんにこっそりと聞いてみた事がある。

 僕とルビィさんの仲の事を先生に伝えるべきでしょうか。

 黒水くろみずさんは、レッドタイガー先生には言わない方が良い……少なくとも今はね……と言ったのだ。


 なんでもレッドタイガー先生、ずっと片思いだったキャバ嬢に振られて今は落ち込んでいるのだとか。

 そのキャバ嬢はやたら漫画に詳しくて話が合ったので懇意にしていて、思い詰めた末についに告白したのだが、あっさりと振られてしまったのだとか。


 タイミング悪すぎですタイガー先生。



 とは言え、世間はもうすぐクリスマスだ。

 因みにレッドタイガー先生は、クリスマスにはアシスタントを集めてリア充なんてクソ喰らえ会を開催するのが例年の決まりだった。

 と言っても中身は単にケーキ食べながらテレビ見てわいわいしてるだけの楽しい会なのだけれど。


 ただ、遅くてもその時には僕とルビィさんとの事がバレてしまうので、どうせ言うなら早めの方が良いとは思うのだけれど、なかなか先生には言い出せないでいる。


 そういえば一度、先生の所に女子アシスタントが入った事があって、その年はもうこんな会はやめよう!俺たちも大人になろう!と先生は言い出したのだけれど、その子がクリスマスは予定があるとなって結局通常通りに会が催された事もある。



……ああ、よそう、こんな話。



 今日の僕は、ルビィさんと待ち合わせるため、池袋の改札前にやって来た。


 もちろん、デートである。


 あれから僕は何度かルビィさんの所にアシスタントに通う事になった。


 そしてその度に僕らは仲良くなって行ったんだ。



 僕達が初めてキスをしたのは、何度目かのルビィさんの車で駅まで送ってもらった時だった。


 別れ際、僕はいつも通りにおやすみを言って、助手席のドアを閉めて駅に向かって歩き始めた。


 その時だった。


 運転席のドアを開けてルビィさんが出てくると、僕の元まで走って来た。


 僕は、今しか無いと思ってルビィさんを抱きしめた。


 ルビィさんの顔が赤く染まって、唇がすぐそばに近づいた。


 そして僕は、ルビィさんの唇にキスをした。


 ルビィさんの唇は柔らかく、そして温かかった。


 一瞬の様な、永遠の様な不思議な時間が流れて行った。


 僕は唇を離して、ルビィさんを見つめた

。ルビィさんの目は真っ直ぐ僕の方を見つめていた。


「好き……です」


 僕はルビィさんを抱きしめたまま、震える声で言った。


「私も……好き」


 ルビィさんの声も震えていた。


 そうして僕達は付き合い始めたんだ。



 僕は待ち合わせの改札口で、その時の事を思い出しなが、ぼんやりと待っていた。


 背中をつんつんと突かれて振り向くと、ルビィさんが目の前に立っていた。


 今日のルビィさんの衣装はピンク色をしたフリルスカートのワンピースに、白いレースのカーディガンを羽織っていた。

 ピンク色のパンプスと、肩から下げた小さな鞄もピンク色を基調とした色合いだ。


 今日はコンタクトなのか、メガネはしていなかった。


 一言で言うと、可愛い。とにかくかわいい。


「どお?」


 ルビィさんは恥ずかしそうに言った。


「似合ってますとっても。か、かわいいです」


「ほんと?……嬉しいな」


 そう言ってルビィさんは、はにかむ様に笑った。


 僕達のデート先はいつも、ルビィさんが次に描く予定の漫画の舞台になる場所だ。

 デート半分、漫画のロケハン半分と言った感じで、ルビィさんはいつもデートしながらもデジカメで景色を撮る事に余念が無い。


 僕はそれを嫌だとは思わない。


 何しろ、ルビィさんがデート中に撮ってる写真は、翌月には僕が写真から背景を起こして、それが漫画になって印刷されて行くのだ。

 時には僕達二人のデートの場面がそのまま漫画になってたり、二人の会話がそのまま漫画の主人公たちのセリフになっていたりもする。


 僕はそれを読む時はちょっと恥ずかしいけど、僕も漫画の世界に入った様な気がして不思議な感じになる。


 僕達は喫茶店に入って、僕はコーヒーとハンバーガーを、ルビィさんはホットミルクとサンドイッチを注文した。


 出てきた料理を、ルビィさんは角度を変えながら一生懸命にデジカメで撮影している。

「ねえ琥珀こはく君。こんな感じで良いかな?」


 ルビィさんはデジカメを僕に見せてくれた。

「うん、良いと思うよ、でもサンドイッチとハンバーガーはこの前も撮ったから、今日はケーキにしておけば良かったかな」


「むりしなくて良いよ。食べ物の素材はいっぱい持ってるから、こういう時は好きな物食べよ」


「うん」


「それよりさ、今日ちょっと行きたい所あるんだ。予定変更しても良いかなあ」


 ルビィさんの言葉は意外だったけど、僕は二つ返事でOKした。ルビィさんと一緒だったら、何処に行っても楽しいから。

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