第4話

 何かの滴が頬に落ち、俺は目を覚ます。


「ナバロ起きて! 起きてよ、ナバロ!」


 フィノーラの声だ。


目があったとたん、彼女は大声を上げた。


「気がついた! 気がついたわよ、みんな!」


 辺りを見渡す。


ここはグレティウス、魔王城の最深部。


悪夢を設置してあった最後の扉の前だ。


開かれた扉の向こうに、破壊された悪夢が見える。


「壊されたのか?」


 誰かの声が聞こえた。


それはどうやら、俺の口から出た言葉だったらしい。


聞き慣れているはずの声なのに、聞き慣れない感じがする。


「あぁ。……。多分、な」


 ディータがのぞき込み、その顔を歪めた。


聖騎士団の紋章をつけた連中が、この地下空洞にあふれかえっていた。


「壊れるには壊れた。だけどまだ、壊れきっちゃいねぇ」


 人混みの向こうに、半壊した悪夢が見えた。


欠けたクリーム色の台座の中に、どす黒く浮かぶ真球が浮かんでいる。


それは全ての光りを吸収する黒だ。


「だけどなぁ、ナバロ……。お前、死んだかと思ったぜ」


 ふと自分の体を見る。


頸動脈は切られ、肩口は裂け、腹には大きな穴が開いていた。


結界を落とされた時の衝撃で、全身の骨が砕けている。


赤黒く染まった包帯が、血を吸った服の上から巻かれていた。


「……。また生まれ変わったのか?」


「は? 何言ってんだお前。助かったんだよ。奇跡的に」


 ディータの手が、俺の頭を撫でた。


悪夢の側にいたイバンがやってきて、フィノーラの膝から俺を抱き上げる。


「帰ろう。動けないのだろう。手当と休息が必要だ」


 イバンが立ち上がった瞬間、悪夢の本体は、その殻を破り外へ飛び出した。


驚きと戦慄が広がる。


それをあざ笑うかのように、黒の真球は広間の天上へ激突した。


「が……、岩盤を突き破るつもりだ!」


 それは砲弾のように岩肌にめり込むと、そのまま山を打ち砕き、どこかへと消えてゆく。


「エ……、エルグリムの悪夢だ! エルグリムの魂が、またどこかへ飛んで逃げたんだ!」


 それは空を飛び雲をまき散らし、山を越え街を飛び越え、とある場所へ落ちる。


俺にははっきりと、その場所が分かる。


「まだ悪夢は続くんだ。エルグリムは再び蘇る!」


 大騒ぎの中を、俺はイバンに抱かれ運ばれて行く。


再び生まれ変わったエルグリムとして、もう一度。


いつかその正体を、誰かに話せる日はやってくるのだろうか……。


「ナバロ。体が治ったら、俺とルーベンへ行かないか?」


 イバンは言った。


「ビビさまに挨拶をしに行こう。お前の聖騎士団への入隊を、楽しみにしている」


 そのすぐ両脇を歩く、フィノーラとディータが言った。


「私は嫌だからね。そんなとこ、絶対に行かない」


「ルーベン? なんだってそんな片田舎に、わざわざ戻らなきゃならねぇんだ?」


 二人の声に、イバンは笑った。


その目で俺を見下ろす。


「どうするかは、ナバロが好きに決めればいいさ」


「……。そうだね。傷がちゃんと治ったなら、考えてみるよ」


 俺は大きな腕に抱かれながら、光りあふれる魔王城の外の世界へと、運ばれて行った。





【完】

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エルグリムの悪夢~転生魔王は再び世界征服を目指す~ 岡智 みみか @mimika

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