第4話 魔法少女は見て欲しい─みんな絵梨花のことを知ってて

「絵梨花〜、おねがい!地理のノート見せて」

「もう、また?」

呆れたような声色を出しながらも、絵梨花の口元は緩んでいる。

「いいけど、もう来年は受験なんだし、そろそろ勉強もしなね」

「ありがと〜!絵梨花、ほんと好き!」

そう言って、ノートを受け取ると、奈々は駆け足で部活へ行った。大会前らしい。

あの子は結構、何でもかんでもあたしを頼る。今日みたいにノートをねだりに来たり、忘れ物を借りに来たり、愚痴を言いたい時なんかもそう。あたしはそれに、最大限応えることにしている。

誰かの役に立っていたい、絵梨花はずっとそう思っている。朝起きてから夜お布団に入るまで、ずーっと。

「ありがとう」と言われると、心の中の空っぽの器に、びたびたと水が注がれているような感覚になる。器から溢れ出した水が身体にまで染み出してきて、胸の辺りが水に浸かったみたいにちょっとだけ苦しく、でも恍惚になる。絵梨花はそれが好きだった。

何かを差し出すと得られる感謝の言葉や、こんなふうに誰かや何かに尽くす自分を考えると、びたびたと自分の中の何かが満たされていく。この感覚のほかは、何も無くなったっていい。

授業を真面目に受けるのは、自分のためじゃなくて、奈々のためだ。もっと言えば奈々以外の、クラスメイト全員のため。

教室に残ってノートをまとめ直していると、緑色の装飾のついた携帯が鳴った。絵梨花はノートをしまって、化粧ポーチを取り出す。アイシャドウは、4色パレットの、得意な色で塗る。緑は顔色が悪くなるから、メイクには使わない。一通りのメイクが終わったら、更衣室で戦闘服を見に纏う。グリーンのフリルで装飾が施された、動きやすい膝丈のワンピース。胸元に大きなリボンとエメラルドが嵌め込まれている。それからボブの髪にアイロンをかけて、グリーンのカチューシャをかぶる。

知っていて欲しい、こういうあたしを。

絵梨花は怪人が出たという街外れの空き地まで走る。本当に急いでいるからなのか、絵梨花にもよくわからない。でも知っていて欲しい、こういうあたしを。誰かのために走って、誰かのために戦って、人生全部かけて魔法少女のあたしを、誰かに知っていて欲しい。

「みんな大丈夫?怪我はない?」

戦闘は苦手だ。回復とか補助魔法が得意なのは、きっと偶然じゃないと絵梨花は思う。誰か気づいて欲しい。あたしたちが、絵梨花が、こんなふうにして街を守っていることを。そしていざって時に、絵梨花を頼って欲しい。

今日も怪人はあっけなく消えてしまった。可哀想に、あの人だってきっと寂しいだけなんだわ、と絵梨花は思う。

そんなに見ていて欲しいなら、絵梨花みたいにすればいいのに。

戦闘が終わると、みんないつも通りなんとなく解散になる。瑠璃子ちゃんが辞めるって言い出した時はちょっと驚いたけど、でも、前からなんとなく、そんな気はしていたから、取り乱すことはなかった。

あたしと違って瑠璃子ちゃんは、軸足がどこか別のところに、しっかり地面についたところにあるような感じがする。気のせいかもしれないけど。

でも寂しいなあ、と絵梨花は思う。魔法少女として助けたりサポートする相手が、1人減ってしまうなんて。絵梨花は時々考える。誰も困らなくなったら、誰も絵梨花を必要としなくなるんじゃないかって。そうなったら困るから、いろんなところで人を助けるようにしている。

「ねえ、絵梨花ちゃん」

振り向くと、ミミカだった。ピンク色の衣装は、いつみてもよく似合う。

「瑠璃子ちゃんのこと、説得して欲しいの」

「え、どうしてですか?」

ミミカちゃんも瑠璃子ちゃんも、一応年上なので敬語で話すようになった。別に気にしなくていいよって言われるけど、学校の部活とか一回経験しちゃうと、どうしても敬語になってしまう。

「どうしてって、瑠璃子ちゃんが魔法少女辞めたら、誰が世界を救うの?」

前も言ってたな、と絵梨花は思い出す。その予言については知らないけど、世界を救ったら、世界中の人が、あたしを頼ってくれるのかな。

「瑠璃子ちゃんにも色々あるんでしょう、その、就職とか。私だって、来年は受験があるし、無理強いはできないですよ。あたしたちが頑張ればいいじゃないですか」

「絵梨花ちゃんは、瑠璃子ちゃんがいなくなってもいいの?」

「いいっていうか、しょうがないかなって」

ミミカちゃんは、あたしよりいくつか年上だけど、子どもがそのまま大人になったみたいな喋り方をする時が時々あって、不思議とそういう時の方が、変に口答えしちゃいけないような気持ちになる。真剣そうな瞳に、絵梨花は後ろめたくなる。あたしはこの人みたいに真っ直ぐじゃない。なのにこの人は、みんなが自分と同じくらい真っ直ぐだと思ってる。ピンクの瞼の奥の両眼が、怖いくらい輝いて、彼女は再び口を開いた。

「そっか。でも、ひと声くらいかけて欲しいの。こんなふうにお願いできるの、絵梨花ちゃんしかいないから。ね?わかってくれるでしょ?お願い」

あ、と絵梨花は思った。絵梨花ちゃんしかいないから、か。見抜かれているのか、あるいは無自覚か、いずれにせよ心の中の空っぽの器が、びたびたに満ちていくのを感じた。たぶん、無自覚だろう。ずるい人だなあ。

「わかりました」

絵梨花は真っ直ぐミミカを見つめてそう答えた。そのかわり、と心の中で付け足す。

そのかわり、知っていて欲しい、覚えていて欲しい、こういうあたしを。

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魔法少女の葬送 トワイライト水無 @twilight_mizunashi

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