第3話 魔法少女は信じてる─ミミカは現実を見てない?
瑠璃子が辞めると言ったとき、ミミカはなんのことかわからなかった。魔法少女は、そのくらいミミカにとって当たり前で、辞めるなんてあり得ない。だって怪人と戦うのは、わたしたちにしかできないことなんだ。
魔法少女は世界を救う。3代前のマスコットがミミカに告げたその予言を、ずっとミミカは信じている。怪人をいくら倒しても、いずれ危機はやってくる。そのとき世界を救うのは、ミミカたちなのだ。
「それ、本気で信じてるの?」
そう言った時の瑠璃子の表情は見覚えがあった。戦闘服姿を見られた時、だいたいみんなあの顔をする。怪人と戦ってるって言ってもそう。どうしてみんなあの顔をするんだろう。本気で信じているも何も、本当のことなのに。こんなに本当のことなのに、なんでわざわざそんなこと聞くの?ミミカは瑠璃子の後ろ姿を目で追いながら悲しくなる。
一人暮らしの安いアパートに帰って、ベランダでタバコをくゆらせる。魔法少女は世界を救う。瑠璃子ちゃん、なんで辞めるなんて言うんだろう。辞めるとか辞めないとか、そういう問題じゃないのに。
「いや、だからさあ、もう決めたんだって言ったじゃん」
説得しようと思って電話をかけたとき、瑠璃子の口調はいつもより厳しかった。
「ミミカ、そんなに現実見てないと思ってなかったよ。私と同い年でしょ?就職とか将来とか、考えないの?」
ミミカは、瑠璃子の言っている意味がわからなかった。
「魔法少女も、現実だよ」
沈黙の後、電話口からため息が聞こえた。装飾の施された可愛らしい電話機が、自分自身の手汗で汚れていくのをミミカは感じていた。
「そういうことじゃないじゃん、現実って。まあ、もういいや、とにかく辞めるの。あと2ヶ月よろしくね」
乱暴に、無理やり電話を切ったあと、瑠璃子は全身の力が抜けて、へなへなとその場へへたり込んだ。ミミカ。私と同い年の現役魔法少女は、例の予言も何もかも、本気で信じているようだった。瑠璃子は、薄々みんな分かった上で、おままごとをしているんだとばかり思っていた。怪人なんているわけないし、あんなのを倒しても、世界から殺人も戦争も貧困もなくならないじゃないか。私たちが街の平和を守ってるなんて、本気で信じて魔法少女をやり続けられるほど、この世界は私に優しくなかった。だからこんな遊び半分なことはもうよして、もっと現実的なことをしよう、これからはもっと現実を見て、働いてお金を稼いで生きていこう、そう思っていたし、あの子もそのつもりなんだと思っていた。
「魔法少女も現実だよ」
ミミカにそう言われた時、瑠璃子は、彼女とはきっと、絶対に分かり合えないと悟った。本気でそう信じ続けて、これまでずっと魔法少女でいたんだとしたら、あの子はあまりにも純粋すぎる。そんなふうに素朴に信じたままいられるだろうか。
電話を切ったあと瑠璃子に襲いかかってきたのは、その純粋さへの恐怖だった。ゴテゴテの装飾のついたブルーの電話機を握り締めながら、今日見たミミカの姿を思い出していた。ツインテールもピンクのアイシャドウも、薄い唇に塗られたピンク色のリップも、カラコンもはっきりしたアイラインもふわふわした生地のピンクのワンピースもリボンも何もかも、どうしてあんなに似合うんだろう、と思いながら見ていたけれど、そりゃあ、似合うわけだなと瑠璃子は笑った。
部屋にたった1人なのに、その笑顔は引き攣っていた。本当に、心の底から信じ切っているのだとしたら、ミミカはなんて恐ろしい女の子なのだろう。
でもそんなミミカのことが、初めて、羨ましいとも思った。魔法少女の予言を信じる限り、寸分違わずミミカは魔法少女なのだ。もう二度と、そうなれないことが瑠璃子には分かっていたから、羨ましいと思うことしかできなかった。
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