第2話 魔法少女の契約規定─退職は2ヶ月前に申し出ること

ゼミ教室は、妙に日当たりがいい。

瑠璃子はPCを叩きながら、教授のする無駄話(と、瑠璃子は思っている)を話半分に聞いている。適当に頷きながら、目は就活サイトを眺めている。そろそろ、本格的に就活に取り掛からなければならない。それから、卒論も書かなければならないし。

瑠璃子は大学3年だ。受験の時に浪人したから、実際の年齢はゼミ教室の大多数より一つ上になるけど、今さらそんなことを気にする人はあまりいない。みんな気兼ねなく話すけど、瑠璃子自身が親しみを持たれない方なのか、はっきり友達と呼べるような人は、あんまりいない。

ゼミナールの時間が終わると、瑠璃子は図書館へ向かう。レポート課題に取り掛からなければならない。たしか4,000字だった、と思いながら、再びノートパソコンを開く。就活も卒論もあるから、小さい課題はさっさと済ませたほうがいいだろう。

瑠璃子が2,000字まで書き上げた時、青いゴテゴテの、二つ折りの携帯が、可愛らしい音で鳴り始めた。迷惑そうな目線に縮こまりながら、広げていた本やパソコンを片付けて、急いで図書館を出る。もらった頃はツヤツヤで可愛くて魅力的に見えたこれも、最近は、もっと似合う人がいるんじゃないかと思うようになった。

なんていうか、この趣味のも可愛いとは今も思うけど、私にはもう相応しくないんじゃないかな。

瑠璃子は化粧室へ駆け込んで、セミロングの髪を編み込みにしながら一つにまとめる。ブルーのワンピースを身に纏って、青色のアイシャドウを瞼の上に散らして、苦笑いをする。全然、似合ってないな。前はこうじゃなかった、何もかもぴったりで、瑠璃子の全身はまごうことなき魔法少女だった。

まあでもそれも、仕方ないか、と瑠璃子は独りごつ。きっともう限界なのだ。少女ってついているんだから、少女でなければ続けられない。私は多分もう、少女ではなくなり始めているのだ。今は可愛い衣装より魔法のステッキより、明日を生きる担保が欲しい。そこまで考えて、脳裏にピンクの剣がチラついた。ミミカ。普段何をしているのか知らないけど、ミミカは私と同じ歳の魔法少女だ。あの子はいつまでやるのだろう。まあ、関係ないと言えば、関係ないのだけれど。

今日の召集は小学校の校庭だった。いつも通りあの怪人が相手だ。不気味に笑うあの仮面の下を、見ることができないことだけが気がかりだ。ミミカも絵梨花もひかりも、いつも通り元気そうで、この分ならきっと、私が、瑠璃子がいなくなってもきっと大丈夫だ。

「ねえ」

いつものように滞りなく戦闘が終わったあと、瑠璃子は3人を呼び止めた。

「私、やめるね」

3人とも、驚いたみたいだったけど、1番驚いていたのは意外なことにミミカだった。

「え、辞めるって、何を?」

気が動転しすぎて、当たり前のことを聞いているのだろう。ここで辞めるって言ったら、一つしかないのに。

「魔法少女。あ、もちろん今すぐにじゃないけど、もう、申請出してて、2ヶ月後の今日に」

そう言うと、みんな残念そうな顔をしていた。

「魔法少女を、やめる…?」

ミミカだけは事態が飲み込めないようで、私の発言を繰り返すばかりだった。

「とにかくそういうことだから。じゃあね」

私はそう言って背を向けた。帰る前にせめて髪くらい解こうと、編み込みに指を差し入れながら歩き始めた時、ミミカの声がした。

「だめだよ、瑠璃子ちゃん」

「え?」

「魔法少女を辞めるなんて、そんなのダメだよ」

「なんでよ?どのみちもう私にはしんどいって」

「魔法少女は世界を救うんだよ。そういう予言があるの。瑠璃子ちゃんがいなくなったら、誰が世界を守れるの?」

ミミカの眼差しは、私ではない、遥か彼方を睨んでいた。瑠璃子はきちんと向き直って、ミミカを見た。ピンクのアイシャドウもツインテールも、なんでこんなに、見惚れるほど似合うんだろう。

「それ、本気で信じてるの?」

瑠璃子は眉を顰めてそう尋ねた。ミミカはゆっくり頷いた。少しも怯む様子はなかった。そういう彼女に背を向けて歩きながら、瑠璃子はミミカに、自分が今まで向けたことのなかった感情を向け始めていることに気が付いた。

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