魔法少女の葬送
トワイライト水無
第1話 魔法少女のバックヤード-奴らはミミカのことを知らない-
更衣室は禁煙だけど、誰もいないときは勝手にタバコを吸っている。くゆりくゆりと立ち昇っていく煙をぼんやり眺めては、頭の中でバイト用のセリフを反芻する。いらっしゃいませ、ありがとうございました、ポイントカードはお持ちですか、袋は要りますか、お箸おつけしますか、エトセトラエトセトラ。
ただのコンビニの店員のふりをするのは大変だ。だってミミカは魔法少女だから。こうやって夜勤のバイトをしながら、街の平和を守っていることを、ミミカは誇りに思っている。
仕事はできない方だと思う。よくモタモタしてお客さんにため息をつかれる。今日もそうだった。だからすぐに帰るのもなんだかだるくて、せめてもの反抗に、ここでこうやってタバコを吸っている。ミミカが街の平和を守ってるって、あの人たちは知らないのだ。
ピンク色に可愛らしくデコレーションされた、二つ折りの携帯が鳴る。召集の合図だ。ミミカは弾かれたように立ち上がり、タバコの火を消す。コンビニの制服を脱ぎ捨てて、ピンク色の、リボンとレースがついたワンピースを身に纏う。一つ結びの髪の毛をツインテールに結び直して、バックヤードを飛び出す。召集は街の東の方の公園からだった。外に出るためには、一度コンビニの中を経由しなければならない。ミミカはこの瞬間が嫌いだ。できる限り足早に、店内を出る。誰にも気づかれないように。
「あ、え?ミミカさん?」
間が悪く、他のアルバイトの人がちょうど近くを通りがかるタイミングだった。
「あ、お疲れ様です」
「え、あー、お疲れ様です。てかどうしたんですかその格好。コスプレですか?」
注がれる好奇の眼差しに、ミミカはうんざりする。だから誰にも見つからないようにここを出たかったのに。
「急いでるので、失礼します」
足早に店を出る。背後でする「恥ずかしくないのかな…」のつぶやきを背中で聞きながら、わざと靴音を高く立てて、ミミカは出ていく。今日は公園で戦うのだ。
ミミカが公園に着いた時、他のみんなは既に怪人と戦っている最中だった。
「遅いよ、ミミカ」
ブルーの戦闘服を見に纏った瑠璃子が、ブルーの槍を振りながらミミカに声を掛ける。
「ごめん、みんなお待たせ!」
そう言ってミミカもピンク色の剣を手に取る。
怪人は特段変わった様子はない。いつも通りにやれば大丈夫だ。
「ミミカ先輩、今日は怪我人もいないし、街の人は誘導済みです!思いっきりできますよ!」
グリーンのステッキを掲げながら絵梨花が余裕の笑みを浮かべる。
「よし、一気に畳み掛けるよ!ひかりも、準備はいい?」
ひかりはイエローの弓を構えて、黙って頷く。彼女は滅多に口を効かない。ミミカですら、殆ど声を聞いたことがない。
「じゃあ、いくよ!せーのっ」
ひかりの弓矢をはじまりにして、絵梨花の魔法と瑠璃子の槍、そしてミミカの剣が、順番に怪人を襲う。振り下ろした剣の感触がだんだんと軽くなって、怪人は気がつくと砂塵のように消えている。不気味な笑顔だけが、ミミカの眼裏に焼き付く。ミミカは怪人の正体を知らない。奴らは一体なんなのだろう。
4人は揃って息をつく。よかった、うまくいったね、と口々に言い、戦闘で乱れた衣装の汚れを払い落として、それぞれの帰路につく。普段何をしているのかも、どこの誰なのかも、お互いにそんなに知らない。
ミミカは帰り道、コンクリートを踏み締めながら何度も頭の中で繰り返す。
あたしはミミカ。魔法少女になるために、この街のみんなを悪い奴らから守るために、あたしは生まれてきたんだ。
それ以外のことなんて、どうでもいい。
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