エピローグ 売り切れ後の白河さん

~数か月後~



「それでチーフ、最近どうなんだい?」

「毎日毎日! どれだけ聞きたいんですか!」

「だって白河ちゃんと付き合ってから二人とも楽しそうだから」

「普通ですよ普通! そうやっていつも山上さんはからかうんですから! 皆には内緒にしているのでくれぐれも内密にしてくださいよ!」

「大丈夫、私は口は堅いから」


 全く信用できない言葉を山上さんが言ってくる。


 ――俺たちはあの後、無事に付き合うことになった。


 同じ作業場の職場恋愛だということもあり周りには内緒にすることにしている。


 ……が、中には山上さんのように勘がいい人がいるので一部の人たちには既に広まってしまっていた。


「ほら、もうすぐ彼女の出勤時間だよ」

「あー、もうこのいじり最悪なんですけど」



ガラッ!



「おはようございます! 今日も宜しくお願いします!」


 山上さんにいじられていたら、扉の開く音とともに白河さんが今日も元気よく出社してきた。




※※※




「白河さん、じゃあ今日もそこの片付け宜しくね」

「……。分かりました」


 白河さんに作業の指示を出すが、白河さんの返事には少しだけ間があった。


「……どうしたの? 何かあった?」

「二人でいるときは名前で呼んでくれるって言ったのに」

「仕事のときはそういうのナシって言ったでしょ」

「……はーい、分かりました」


 白河さんは少しだけ不満気だったが、そのまま作業を進めていた。


「ただでさえ噂されてるんだから気を付けないと」

「私は別にバレてもいいんですが……」

「社員がアルバイトに手を出したって知れ渡ったら……考えるだけで恐ろしい……」

「チーフって意外とそういうの気にしますよね」

「普通は気にするんだって」


 いつも通り二人で作業場に残り、それぞれの作業を進める。

 こうやって他愛のない会話するのもいつもの日常になっていた。


「私、もうちょっと彼女っぽいことしたいのに……」

「……この前お弁当作ってもらったときだって色々言われたのに」

「美味しくなかったんですか?」

「いや、美味しかったけどさ……」

「ふふっ」


 恋人同士なので当然だが、白河さんは俺にだけ柔和な表情を見せるようになっていた。それがとても喜ばしい。


「チーフってモテるから私心配なんです」

「モテてないし」

「……青果」

「それはもう忘れてよ。俺なんかのどこが良かったんだか」


 自分で言っておいてなんだが、一つ疑問が浮かんでしまった。


「……っていうかそもそも白河さんって俺のどこが良かったの?」


 俺が白河さんにそう質問すると少しだけ白河さんが驚いた表情を見せた。




●●●




 毎日毎日が憂鬱だった。


 学校に行けば友達がいるが、心の底から親友と呼べる友達がいるわけでもなく、毎日を同じように過ごしていた。


 私のような普通の人間は、今まで特に誰かの何かの主役になるということもなかった。


 自分が何もしなくても周りだけが勝手に進んでいくような感覚があり、誰も自分のことを見ていないんじゃないかという気持ちになるときさえもあった。


 

 そんないつもと変わらない日常。

 

 今日もいつも通り、親のおつかいで近くのスーパーマーケットにやってきていた。

 


ピッ


ピッ


ガラララララ



 いつもと同じ人がいつもと同じ時間に売り場の値下げをしている。


「あっ、それ今値下げしますのでちょっと待っててください」


 お刺身のパックをかごに入れてそのまま行こうとすると、馬鹿正直にその従業員の人が私に声をかけてきた。

 何も言わなければそのまま買っていくだけなのに馬鹿な人だなぁと思った。


 

ピッ



「ありがとうございますー!」


 手慣れた様子で値下げの機械で赤いシールを出して、お刺身のパックにそれを貼りつける。


「す、すいません」


 それをそのまま受け取って買い物カゴの中に入れる。


「……」

「あれ? 何かありました?」

「い、いえ、値下げするって言わなきゃ普通に買っていったのになぁと思って……」

「まぁ、もうすぐ値下げするやつだったので。それに」

「それに?」


「お客さんいつも買い物に来てくれてるでしょ?」




●●●




「……言いません!」

「なんで?」

「言いませんったら言いません! 軽い女だと思われたくないので」

「どういうことだか全然分からない……」



ガラララララ


ピッ



 白河さんが値下げの機械を持ってくる。

 機械の扱いにも随分慣れたようだった。


「それじゃチーフ! 売り場の値下げに行ってきます!」

「うん、宜しく」

「……チーフ」

「どうしたの?」

「仕事以外のときは絶対に名前で呼んでくださいね……!」

「それはお互いに……、あと敬語も」

「そ、それはくせで! ど、どうしてもチーフと話していると敬語になってしまって!」


 そう言った白河さんは少し悩んだ後に恥ずかしそうにふぅーと深呼吸をした。


「――そ、それじゃ値下げに行ってくるね!」


 ……色々白河さんに言いたいことはあったが、それは値下げが終わってからでいいか。


 今日も白河さんは元気に値下げをしに売り場に出て行った。











スーパー店員の白河さんは値下げシールをよく間違える


別題「あなたの心を離さない“値下げ”されたいあの子」 


~FIN~

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【短編版】スーパー店員の白河さんは値下げシールをよく間違える 丸焦ししゃも @sisyamoA

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