第75話 舞踏と武闘

 訓練場は溢れかえるほどの人だかりができていた。

 万吉とアイリの本気の戦い、獣人たちが殺到するのも当然だ。

 すでに魔道具により外部にも戦いの様子が投影され、その映像の前に多くの人間が固唾をのんで見守っている状態であった。


「アイリ、手加減抜きだ、本気で行く」


「もちろんです、お願いします」


 アイリは感じていた、眼の前の万吉から発せられる圧、そのオーラ。背筋に冷たい物が流れる。それでもアイリはこの方法にかけるだけの努力を重ねてきていた。

 周りの人間からすれば万吉が消えたように見えただろう。

 大きく斜め前方に移動、まるで飛んだように移動した万吉は、そのままアイリの横につけて首元にスコップを当てて試合終了。

 万吉本人も、別に舐めているわけではなく、それで終わりになると考えていた。

 最近の万吉は非常に充実しており、人間離れした身体能力は獣人たちとの訓練で更に鍛え上げられ、アイリに遅れを取ることは無いと考えても仕方がなかった。


「なっ!?」


 しかし、現実に振り下ろされた場所に、アイリは居なかった。

 移動した気配はない、

 万吉は混乱した。

 常に戦場には気を張っており、アイリがスコップを振り下ろした瞬間までそこに居たことは間違いがなかったはずだ。


「せやーっ!!」


 ギャンッ!!

 ただの偶然だった。

 万吉が本能的に身を捩り、振るったスコップが、偶然アイリの不可視の攻撃を反らせることに成功した。


「くっ! 何がおきた!」


 そのまま転がるように距離を取る。ようやくアイリの姿を視認した。

 双刀を構え、顔には悔しさがにじみ出ていた。

 今の一撃で決めたかった。

 それだけの必殺の一撃をアイリは準備していた。


「まさか、いまのを避けられるとは……」


 しかし、アイリは諦めない、今度はアイリが駆けた。


「早っ!」


 一瞬で間合いを潰され、鋭い剣戟が受けづらい下方より繰り出される。

 身を捩って交わしても、態勢を整える一呼吸も与えずに次の斬撃が繰り出される。

 回るように、踊るように、円の斬撃がとどまることなく万吉に襲いかかる。

 上から下から、右から左から、まるでアイリにいくつも腕が有るかのように攻撃の嵐に飲み込まれそうになる。


「でりゃぁ!!」


 しかし、万吉には圧倒的な力がある。

 数による暴力さえもひっくり返す、圧倒的なパワー。

 スコップの渾身の一撃でその嵐を粉砕する。


「なっ!?」


 その瞬間、嵐のように降り注いでいた双剣の斬撃をスコップがすり抜けていく。


「馬鹿なっ!?」


 斬撃同士がぶつかり合い、その後どのような状況でも対応できるように準備していた万吉。

 しかし、現実は万吉の思考を超えた結果になっていた。

 双刀が幻のように消えて、美しい舞を演じていたアイリも目の前から消えていた。


「グハァツ!!」


 強烈な一撃を喰らい地面に叩きつけられる万吉。

 そのまま頭に手を乗せられる。


「私の、勝ちですね」


「……ああ、俺の負けだ」


 背後からの当身、同時に足を取られ倒された万吉に、この状態からの逆転の目はなかった。


 アイリによる、完全な勝利だった。


 訓練場が静まり返り、そして波のように歓声が広がった。


「最初の一手で決めたかったです」


「……あれも、偶然だったから、本当に完敗だな」


「よくやったのニャ、アイリ」


「モフモフ様。ありがとうございます」


「あの双剣、気で作ってたのか……全くわからなかった……

 それに、あれは、分身なのか?」


「そうです。分身を作って私自身は不可視の結界をまとって死角から攻撃、もちろんギリギリのタイミングでバレることなく入れ替わるためにも攻撃の手は緩められません」


「舞踏のような動きでブレみたいなものも全く違和感がなかったし、いや、これは恐ろしい……初見で、いや、もう一度やっても……どう対策すればいいか……

 参った。これはアイリを見誤っていた。頼りにさせてもらう」


 万吉は手を差し伸べ、アイリはその手を取って万吉を立たせるのだった。

 歓声がこの日一番の高まりを見せた。


「こんな精度の武器とか作れるのか……」


「木剣は逆に凄く難しいです、魔力をまとっている武器、私は普段はこれを使っているのですが……」


 出された剣には確かに魔力をまとっている。いわゆる魔装武具と言われるものだ。


「この方が武器が魔力や気力を纏っていても不思議じゃないですから、木剣にする場合は気力の隠蔽と質感の再現を同時にしなければいけないので」


「……めちゃくちゃ複雑なことを戦いながらやっていたのか……」


「私にとってこの戦いは、命がけ、全てでしたから」


 アイリの覚悟を改めて感じた万吉は、ここに至るアイリの努力の深さも受け止めた。


「すごいなアイリは……」


「優秀な仲間が増えて応援してくれましたから」


 アイリが手を挙げると一部の集団が歓声を上げる。兵士たちが自分たちのことのようにアイリの勝利を喜んでいた。

 アイリは自分に与えられた仕事を完ぺきにこなしつつ、空いている時間は兵士に混じって訓練を続けていた。もともと気の素質として麒麟児であるアイリはその頭角をグングンと表し、いつしか万吉にボロッボロにされる兵たちの希望の星となっていた。

 皆、アイリは俺が育てたと言わんばかりの誇らしい顔をしている。


 万吉は、アイリと同じ様に虚を突く武器の具現化を試してみたが、その複雑で繊細な気の使い方を真似することが出来ず、改めて凄さを実感するのでありました。




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獣人世界の動物のお医者さん 穴の空いた靴下 @yabemodoki

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