第74話 勇気

 前回の激しい戦いからひさしぶりにパーティメンバーが揃っていた。

 ワク、ケビル、カイエル、ビルアン、モッドン、それにシーランス。

 それに加えてアイリと内政官達が加わって話し合いが行われることになった。

 ある事情で話し合いの会場は病院ガレージになった。


「シーランス、どうだ卵の調子は?」


「今ではすっかり甘えん坊になって、私の姿が見えないと不安になって周囲の物を叩きつけたり癇癪を起こして困りますよ~」


 困るという言葉とは裏腹にシーランスは愛おしそうに卵を擦っている。

 そう、シーランスが卵につきっきりでないと、激しいポルターガイストのような減少が起きてしまうために、今ではシーランスは卵の傍ですべての生活を済ませている。寝るときも起きてからも常に卵の世話をするのがシーランスの役目になっている。そして、卵と触れているせいかシーランスにも変化が起きていた。

 蜥蜴人だったシーランスの体表の鱗が美しく輝き、体つきも大きくなっていた。腕の怪我の影響も日常生活では全く問題はない、弓を引くときには違和感を感じる程度まで回復していて、万吉の予想をはるかに超える回復、というか、進化をしていた。


「ドラゴニュートに近いよな……」「ええ、ちょっと背筋が寒くなるっす」


 あの激戦を思い出してなんとも言えない気持ちになるワクとビルアンだった。

 実はこういった変化は一部の獣人に起きていた。

 特にモフモフ動物病院敷地内、もしくはその周囲に長い時間いる者に変化が多く、現在病院は街の中心に置かれ、隣には兵士たちの訓練所、公園が設置されており、町人たちや兵士たちにその変化をもたらしている。

 具体的な変化は気の増加、肉体の強化、身体特徴の変化、いいことづくめだ。


「しかし、どういうしくみニャ?」


「わからん」


 この卵、病院に満ちた気を吸収し、その何倍もの濃度の龍気を放出していく。病院の効能もパワーアップしていて病院外での病院備品活動時間が飛躍的に伸びた。伸びているという言い方が正しい。検証初期から遠隔地で使用している物が現在進行系で残っているからだ、もしかしたら、病院外でも壊れるまで残るのかも知れないが、まだ検証が終わっていない。あまりそれに頼ると急に消えたら困るので、とりあえず今は半年を消費期限に設定している。

 それだけでも、もう、革命が起きたようなものだった。

 お陰で遠隔地にも病院を作ることができ、万吉の下で認められた医師は分院でその腕を振るっている。今のところ近隣の都市だけだが、いずれこの波は世界に広がっていく。


「今回集まってもらったのは、今後のこの場所の運営・運用について、それと、俺は旅に出なければいけないということだ」


「はい」


 万吉は、少し拍子抜けだった。もう少し獣人たちから引き止められるかなと考えていたからだ。


「マンキチ様がいらっしゃらない間、基本的な街の取り決めは各代表に夜会議と、内政官、武官達による合議によって執り行い、最重要案件についてはマンキチ様の判断を受けてから実行するという方向で調整がついております。マンキチ様への連絡はもふもふ様を通してある程度の人員を配置しておけばスムーズに行えることは実証済みです」


「そうなの?」


「そうにゃ」


「なのでマンキチ様は心置きなく救国の旅に出立なさってください。そして、その旅には、今度は私をお連れください」


 そう告げたアイリの瞳はまっすぐとマンキチを見つめ、その瞳の奥には勇気と確固たる決意の炎が燃え上がっていた。アイリは先の戦いに参加せずに多くの獣人とそしてもふもふ、万吉を危機に陥った際に何も出来ない自分に深く後悔し、血の滲むような鍛錬を行い、今では指折りの戦士へと成長を遂げていた。次に万吉が戦いに出るときは自分が手助けをできるように、その鬼気迫る決意と行動は他の獣人たちを納得させるに十分に足りていた。

 しかし、アイリはあえて万吉にその鍛錬を知らせることをしなかった、そして、アイリの予想通り万吉はアイリの帯同に異を唱えた。


「いや、アイリはだめだ。連れていけない。

 君は大事な、この街に必要な人材だし……」


 戦いについては来れない。万吉はそう考えていた。


「マンキチ様、私の実力を判断するために、お手合わせをお願いできますか」


 おとなしいと思っていたアイリの曲げない言に万吉は驚いた。

 この作戦は、アイリが勇気を振り絞り考えたものだった。

 たとえ普通に実力をつけても、いや、実力をつけたからこそ、留守を任されるだろうと考え、万吉からの帯同の言質を勝ち取るためにアイリが考えた策だった。


「もし私が勝ったら、旅への帯同をお許しください」


「……わかった。ただ、一切手は抜かないよ」


「そうでなくては、困ります」


 本気の万吉から一本を取れる獣人はほとんどいない。

 だからこそ、アイリは今までの歯を食いしばってきた鍛錬の全てをぶつけて、万吉に勝利したかったのだった。


「では、お願いします」


「ああ、よろしくお願いします」


 場所を訓練場に移し、二人は戦闘服へと着替えた、アイリは両手に木製の曲刀を持っている。万吉は木製スコップ、本気の戦闘スタイルだ。


「それでは、はじめ!」


 アイリの決意の戦いが始まった。 





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