最終話 9月9日 帰国の日、人生の雨
シューメイカー家での滞在は今日まで。
家までのアプローチの片付けや、エリザベス号の廃車処理に追われていたら飛ぶように今日を迎えてしまった。
そうそう、新しく購入した芝刈り機の名前はエリザベス二世。必ずやシューメイカー家を助けてくれる、それも末永く。それを予感させる名前になった。
明日のフライトを控えて今日は集合教育、詳しくは書かれていないがおそらくは成果の発表の場と思われる。
大丈夫だろうか、期間中まるごと徹底的に遊び尽くしていたが。よそのお宅で過ごした人たちの体験が気になる。
圧倒的に濃かったのは僕の方にちがいない。一歩間違えば死にそうだったし、キスだってした。
……言えないことが多すぎるじゃないか。当たり障りのない部分だけにしよう。
さてとなり、玄関先で振り返る。
「いつでも来てええんやで。レイジくんはもう我が家の家族やさかいな」
「はい、ありがとうございます。あの、ところでマ、ソフィは?」
「ほんまになあ、顔も出さんでからに。自分の準備がある言うて出てこおへんねん。部屋にカギかけおってなあ。たぶんアレもアレなりに、別れるのがつらいんや思うねん」
「そう、でしょうね、きっと。でも残念です」
まさか、ソフィと僕の別れがこんな形になると予想できたろうか。
仕方ない。
極めて濃厚ではあったが、たかが一カ月半を一緒に過ごしただけだ。それに告白は振られてしまった。僕らの関係は友達以上、恋人未満で止まったまま。
彼女の部屋を見上げるが、逆光とブラインドでまるで中をうかがい知れない。
こちらをうかがっているんだろうか。それとも本当に荷づくりを。
親父さんの車に乗るまでモタモタとたっぷり時間をかけたものの、最終的にソフィが現れることはなく。
その後は本当に、あっけなくシューメイカー家を離れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
誰よりも内容の薄い発表でお茶を濁した僕がポートランド国際空港に居る。日本に帰るために手続きの列に並んでいる。
確実に成果はあった。それをよそで口にできなかっただけ。本当の成果は僕だけが知っていればいい。
考え方を矯正された。生き方を変えられた。この土地には、ここに住む人々にはそんな不思議な力があった。
焦らなくていい。
急がなくてもいい。
背伸びをしない。
ただやれることをやる、それだけ。
(またいつか)
自然とそんな思いが表出した。
口にはしない、だって恥ずかしいから。日本行きの飛行機だ、どこに日本人が居て聞いているかわからない。
チケットの発行を終え、手荷物検査で再び並んでいたら。
空港の建屋内なのになぜか心地よい風を感じる。
予感がある、これからの生活の。
僕の、人生の夏休みは終わった。ここからは長い長い二学期の始まり。きちんと宿題を提出し、やがてくる進学や就職に向けて。
「やれることを、やるとしますか」
ふふっと笑い、歩き出す。
「レイジ!」
なぜか僕を呼ぶ声が?
まさか!
でも!
顔を見ずともわかる。
ここオレゴンで、僕を大声で呼ぶ人物はただのひとり。
「ソフィ!」
どうして?
僕は列を抜けて彼女のところまで戻る。
彼女は汗だく。
親父さんは昨日仕事だと言っていた。だから自転車で来たのかここまで。たっぷり2時間はかかる距離を、朝5時到着で?
「ハァ! ハァ! なんでか……! ハァ! 来ちまった。なんでか」
「ソフィ……」
「フゥッ! その。ま、深い意味はねえっ! ……また来いよ。アタシはここには居ねえけど、また来いよな。ここにはさ、まだまだ楽しいことがいっぱいあんだ。もうすぐオクトーバーフェストやブラックフライデーがあるし、冬にはスキーがもっとふかふかで最高なんだ。春だってチューリップフェスティバルやローズフェスティバル。大人になったらお酒の祭り、ブリュワーズフェスティバル、ピノノワールセレブレーションなんかもいいらしいんだ。ハロウィンだってクリスマスだって。名所ならマルトノマフォール。ビスタハウス。ピトック邸。世界一小さな公園。NBAはダウンタウンにあるモダセンターで毎年やってる。ここは本当にいいところなんだ」
「ああ、知ってるよ、もう」
そんなのメールでもSNSでも済むじゃないか。そんなことを告げにわざわざ朝5時にここまできたんじゃないだろう?
「水はうまいし空気もうまい。バーガーにピザ。スシだっておいしい店があんだ。知ってたか? 砂漠に行こうぜ砂漠。本物の砂の砂漠に。そこでキャンプすんだ。砂でスキーしたりとか。楽しいぞぉ〜。こけるとめちゃ痛えし砂まみれになるけどな。洞窟探検とか化石掘りとか。とにかく、ここはみんないい人ばかりさ。空はどこまでも青く、道路は空いてて——」
そこで上を向いて止まる。
ソフィの顔をのぞきこむと、大粒の滴を目にためていた。
どうやら言葉にならなくなったらしい。
だったら僕が代わりに言うよ。
「君はさ、ここが好きなんだよ。この土地が好きで好きでたまらない。離れたくないんだ。本当なら新しく住むところの情報ばかり集めて楽しんでいるはず。それをしないのは名残惜しいから。そうだよね?」
「それじゃあまるでアタシがここに居たいって言ったみてえじゃあねえか」
「違うかい? だったらなんであんなに、まるで別れを惜しむかのように各地を忙しく回ってた? むしろ好きだろ。大好きだって絶対。ここはお母さんと過ごした思い出の地なのだから。都会に憧れはあっても、オレゴンも好き。この再訪が本当の好きを浮き彫りにしたんだ」
「そんなわけ……そうなのか? 自分じゃもう、よくわかんなくなっちまった。ただのお別れの儀式だったんだが」
「いいんだ、それでいい。すべてを投げ捨ててここに残れなんて言わない。行ってきなよニューヨークへ。そうしていつか、満足したらここに帰ってきてほしい。その時には僕もここに来るよ、母親を連れて」
しょうこりもなく口にした好意。だってソフィが空港に現れた時点でもう。
もう、もう。
もう、胸がいっぱい。
彼女にこの思いが伝わるだろうか。
「ここだっていい時ばかりじゃねえ。病気をしたり怪我したりすると大変なんだ」
「それはどこに居ても一緒だよ」
「そうじゃねえって。事件に事故。天災にも遭うかもしれねえ」
「もう体験したよね。一緒に」
「違うんだって。雨だって降る。振りっぱなしなんだ、一年のうち八か月も雨季なんだぞ? いい季節なんてたったの四か月の間だけ、おまえが来たこの季節だけなんだ」
「いいよいいよ。そんなの全然がまんできる」
「ちがうちがう! おまえは全然わかってねえ! 空から降る雨のことを言ってんじゃねえんだって。これからの、人生の雨ことなんだってば」
「わかってるって。だから人生の雨について答えてる。君はここで生き、ここで死ぬべきだ」
「クッ! この、唐変木のくせに……! そんなこと言ってもだなあ、ここにはなんにもねえ。知ってんだろ? 山があって川があって、そんだけだ。海は遠くて、街も遠くて」
「楽しめそうだ」
「あるのは土と雨、作物の世話や草刈り」
「がんばるよ」
「寒波や熱波、外界からの孤立に、山火事に」
「また助けるさ」
「そうかと思えば長雨だって」
「雨が降らなきゃ虹もかからないよ。それらが? なにか障害になるのかな? それとアレだ、いま挙げた内容に粗野なカントリーガールを付け加えてよ。重要な、大切な要素なんだ」
ああ、なんて複雑な表情を。
「口が悪くて、ガサツで。年中日焼けしてて、そばかすは一生残る。成績だって下から何番目かだ」
「ああ、知ってる」
「テーブルマナーだってめちゃめちゃだし、ドレスアップはもちろん、スカートなんて穿いたこともねえ」
「そんなの気にならないよ」
「運転は荒いし、車線変更はいつも一か八かじゃねえか」
「僕が横で確認するさ」
「あげられるものなんて何もねえ」
「もうもらったよ、たくさん」
「それでも……! それでもいいならもう一度、ここに……。オレゴンに、来てくれるか?」
不安と、期待と。
猜疑に、信頼に。
そんな複雑な表情で見守る君に、僕は最高の答えを贈る。
「もちろんだ。卒業してからになるからだいぶ先になるけれど。約束しようよ君と僕で。ここで4年後に必ず会うと。君がここに居ていい理由は僕が作る。次はズルしないでちゃんと秋に来るから。しっかりと雨季を体験して、また短い夏を君と一緒に。マリア」
「レイジ!」
抱き合って。
キスをして。
そこで周りから盛大な拍手と歓声が!
やけに静かだと思った!
少し前から見守られていたのか、空港職員の人たちも手を止めて。今やここに居る全員が僕らを祝福してくれる。
「こんの、ちょくちょく効果的に人の名前を使い分けやがって」
「あ、知ってた?」
「バレるに決まってんだろ!」
「でも? 効果的だった?」
「その通りだ、ばかやろ!」
万雷の拍手の前で、罵倒された上でキスされる人は世界中を探してもそう多くないと思う。
また来るよ、ここに。君と添い遂げるためだけに。
《おわり》
いきなり裸を見ちゃったカントリーガールとひと夏を、スローじゃないライフで おれごん未来 @oregonian
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