第9話 ノーマルの限界

 カラドギアとは、そもそもが人機一体を前提とする機械である。

 人間を部品として利用する事を、設計段階から組み込まれているのだ。

 簡単に二足歩行をこなし、ちょっとした不調や不具合を無意識に修正して肉体を運用できる脳は、汎用性に優れた生体CPUである。

 処理速度こそ遅いものの、些末ながらも処理しなくてはならない大量のタスクを「なんとなく」「雑に」処理できる人脳は、一面においてシリコンチップのコンピュータを凌駕している。

 0と1で割り切れない領域の「適当さ」は機械には真似ができない。

 何よりも、その辺にゴロゴロしているので大変安価だ。

 動作補助専門のサブCPUとして、最適な素材である。

 それは人口爆発し宇宙の彼方に新天地を求めた、はるか昔の銀河大拡張時代から変わることはない。

 カラドギアとバンダーは、人類が惑星ヤガンナに訪れるよりもずっと前から二人三脚をしてきたのである。


 然るに、その両輪たるオペレーターの脳が接続されていない状態でカラドギアを動かせばどうなるのか。


「こぉのぉぉーーーっ!」


 眦を吊り上げたキアが入力するデタラメな操作に応じ、うつ伏せで転がったバウンスは駄々っ子の如く手足を振り回した。

 鉄腕が周囲を薙ぎ払い、鋼の膝が地を穿つ。

 バウンスの周囲は容易に近づけない危険地帯と化していた。


 だが、バンダーを欠いたバウンスは、まともに立ち上がることもできない。

 カラドギアは二足直立という非常に不安定な動作の補正を、全てバンダーのバランス感覚に委託している。

 手動でカラドギアを立ち上がらせるには、熟練の繊細な操作が必要であった。

 キアには望むべくもないものだ。


「むぐぐ……!」


 うつ伏せの機体の中で、下を向いたシートに半端に留めたハーネスで半ば宙吊りにされた状態のキアは、地べたしか映さないメインモニターを睨みながら闇雲にレバーを振りまわしペダルを蹴りつけた。

 想像以上に動けない状況に焦っている。

 怒りに任せた衝動でカラドギア強奪をやらかしたように見えるキアではあるが、勝ち筋を考えていない訳ではない。


 今、ゾーバンディグ3に配備されたカラドギアの数は半減している。

 一機を奪取した以上、格納庫内のもう一機と飛び入りのラームのカラドギアのコクピットを潰して、乗れなくしてしまえば良い。

 バンダーとはいえ、カラドギアが無ければ常人と変わる事はない。

 上手く操縦できていなくとも、こちらにカラドギアがあれば押し潰す事だって容易だ。

 そしてカティに関しては口先で何とでも言いくるめられると、完全に舐め腐っていた。

 とはいえ、あのいつも辛気臭い顔のチビすけも、ちょっとは見直さなくてはならない。


「こんな操縦しにくいの、よく動かしてるよカティは!」


 シメンにお仕置きされては転げまわって失禁しているスレイバンドの身を羨みはしないが、その操縦能力だけは欲しい所だ。


「んんんーっ! にゃろうっ!」


 左右のレバーを握りしめて前方へ突き出す。

 グリップに握力が強く加えられた事で握り拳となった両手を地面に突き、腕立て伏せのような姿勢で何とか状態を起こした。

 ようやく周囲の情景がメインモニターに入ってくる。

 ちゃちなプレハブの格納庫は内部でバウンスがのたうち回った事で完全に倒壊し、そこかしこに屋根や壁の残骸が散らばっていた。

 それらに埋もれるように座り込んだ、長い足と短い腕を持つアンバランスなカラドギアの姿を目にし、キアの唇は獰猛に吊り上がった。


「見つけたぁ。 待ってなよ、叩き潰してやる!」





「くそったれ、なんてぇ不始末だ!」


 のたうつように這いずって無様に前進するバウンスに、格納庫へ駆け付けた髭面のバンダーは歯噛みしていた。

 バウンスの目指す先である無人のカラドギア、リートスのパイロットを務めるホートである。

 左鎖骨を新入りの奴隷に叩き折られてパイロット休業状態と言ってもよいシメンを除けば、現在のゾーバンディグ3唯一の正規バンダーであった。


「シメンの野郎、どうせ役に立たねえなら自分の機体に鍵くらい掛けとけってんだ」


 馬鹿な同僚に毒づきながらも、ホートは何とか愛機に辿り着けないか、必死でルートを探す。

 しかし、ノーマルの奴隷の誰かが乗り込んだバウンスの挙動は素人以前の操縦っぷりで、まるで巨大な赤ん坊のような有り様。

 動きの予想もつかないので、危なっかしくて近づけない。


「ラームのお嬢さんに手助けを……いや、ダメだ!」


 ホートはこの拠点に逗留しているゲストの事を思い浮かべたが、即座に首を振った。

 大商人ゾーバンの看板を背負いつつ、ふらふらと神出鬼没なラームは各拠点の監察を行っているとホート達は噂していた。

 彼女が監察官であるなら、自分たちの失態を全て記録し、雇い主であるゾーバンへ報告するだろう。

 彼女が手を出すとすればホート達が万策尽きて泣きついた時くらいだろう。

 それで暴走バウンスを取り押さえられたとしても、その後の自分たちの未来は間違いなく暗い。


「俺たちで何とかしねえと、出世が閉ざされる所か下手すりゃスレイバンド落ちだ……!」


 ぶるりと身を震わせるホートの背後で、ずしんと重々しい足音が響いた。

 振り返れば、赤錆にまみれた、頭のない巨躯がそびえている。

 作業を放り出してきたカティのワークバウだ。


「……奴隷には奴隷をぶつけるのが最良か。

 カティ! あいつを取り押さえろ!」


 ホートの声が聞こえたか、ワークバウは巨体をわずかに揺すると、一歩踏み出し。

 そのままずるんと踏み込んだ足が滑り、バランスが崩れる。

 バンダーによるバランス補正すら働いていないのか、ワークバウは背中から地面に叩きつけられ、動かなくなった。


「は!?」


 あまりにも無様なカティの操縦に呆然となるホートだが、こちらにカメラアイを向けたバウンスも動きを止めている事に気づいた。

 

「今なら!」


 リートスへ一目散に走る。

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ブレイバンド! 首輪付きの野良犬は廃棄惑星を流離う 日野久留馬 @riot0305

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