第8話 マシンジャック

 個室と言うには雑すぎるドラム缶部屋と、鉄条網と柵で区切られた野晒しというロクでもない二択で考えると足を伸ばせる寝床がある分、カティはラフトラクターよりも採掘拠点の方が好きだった。

 荒い布地の襤褸切れのようなシートが敷かれた地べたに寝転び、これだけは贅沢とも思える満天の星空を眺めていると吸い込まれそうな気がしてくる。

 夜空に対する根源的な恐怖をわずかに覚えつつ寝入ろうとするも、低い怨嗟の声が邪魔をした。


「畜生……あのケチ腐れ野郎……ちんこもげて死ね……」


 雑魚寝の寝床で隣に配置されてしまったキアが小声でブツブツと呪いを振り撒いている。

 顔をしかめたカティはむくりと身を起こすと、キアの脇腹をつついた。


「キア、うるさい」


「うるさくもなるわよ、畜生ぅ……」


 キアは粗悪なシーツに爪を立てつつ涙を零していた。

 悔し泣きであり、恨みの涙である。

 カティは小さくため息を漏らすと、年上の同僚奴隷の頭を撫でて言い聞かせた。


「変な期待なんて、持つだけ無駄だよ。

 わたし達は掠め盗られてばっかりなんだって、受け入れなよ」


「なんであんたはそんなに諦め切ってんのよ!」


 キアは激怒の咆哮を上げた。

 小声で。

 奴隷の身では、ちょっと騒いだだけでもお仕置き必至であると心身に染み込んでいるのであった。


「私がっ!  私が掘り出したお宝なのにぃ!」


「そんなに欲しかったの、あの缶詰」


「違うわよ! お宝掘り出したんだから褒美のひとつも寄越せって言ってんのよぉ!」


 お宝を掘り出せばボーナスが出る、あわよくば自由の身にも!と期待していたキアは、あっさりと裏切られて激怒していた。

 だが、シメンに持ち込んだキアの方も見る目がない。

 スレイバンドのカティだけでなく奴隷全員を見下し高圧的に接するシメンによって、キアが掘り出したお宝はあっさりと取り上げられてしまった。

 ボーナスどころか、調子に乗るなと罵倒されて殴られる始末である。


 これがせめてラグマンなら、数日の労役免除だとか食事に一品添えるだとか、商会側にはなんら痛手でもない些細な役得を与えて丸め込んでいた所である。

 持ち込み先を間違えたばかりに、キアは寝る事もできないほどの怒りを抱える羽目になってしまった。

 何かに期待するような感情や情緒の類もすっかり摩耗しているカティは、恨み節を垂れ流すキアに呆れた視線を向けるばかりだ。


「どうでもいいから静かにして、寝れない」



「うぎぃぃ……ん?」


 引きずるように歩く足音にキアは歯軋りを止めて顔をあげた。

 星明りの中、手枷と足枷を嵌められた男、チェスターの姿が浮き上がる。

 キアは眉をひそめた。


「あんた、何やってんの。

 こっちは女子供の寝床だよ、男が近づいたら折檻されるよ」


 奴隷の間の揉め事を減らす為、男女の寝床は離して設置されていた。

 チェスターは困り顔で顎を掻く。

 手枷を嵌められているため、反対の手も持ち上がっている様はどこか間が抜けていた。


「寝床の場所を聞いてないんだ。

 こっちかと思ったんだが」


「仕方ないね、連れてったげる」


 どうせ頭に来すぎて眠れないでいる所だ、気晴らしとばかりにキアは立ち上がった。


「結構、面倒見いいんだ」


 手枷を嵌められたチェスターの腕を取り引っ張っていくキアの様子に、カティの頬はわずかに緩む。


「ふあ……」


 大きな欠伸をひとつして、丸くなった。

 騒音が無くなったお陰でゆっくりと眠れそうだ。





「まったく、酷い話でしょう!?」


 男子寝床への案内中、延々と繰り返される呪詛のようなキアの愚痴に、チェスターは苦笑いで頷いた。


「まあ、報いのない仕事なんてやってられないな」


「そうよねえ! あのドケチ短小チビ、包茎の中がカビちまえばいいのよ!」


「お、おぅ……」


 一応、何とか美少女枠と言えなくもない、そこそこ整った外見のキアが撒き散らす下品な罵倒にチェスターは若干引きつった。

 すぐに表情を引き締め、真面目な顔で囁いた。


「じゃあ、俺が代わりにご褒美をあげよう」


「……何よ、硬派ぶっといて、やっぱりそういうのが好きな口?

 そこの物影でする・・?」


「何ですぐに下の方に流れるんだ……。

 そういうのじゃない、俺があげるのは知識だよ」


「知識?」


 きょとんとするキアに、チェスターは頷く。


「ノーマルがカラドギアを起動させる方法だ。

 あれを動かせれば、色々と便利だぜ」


 星明りの下、影のかかった精悍な顔の口元が笑みの形に歪んでいた。





 翌朝、『快速クリッパーゾーバン』号はラグマンの指揮下で出航の準備を行っていた。


「よぅし、しっかり固定しろよ!」


 カティのワークバウによって再び格納庫に納められた銀のカラドギア、サクイカズチに奴隷達が取り付き、ワイヤーで固定を掛けていく。


「こんなにすぐに運び出すなら、倉庫に入れる事もなかったのに」


 昨日の仕事が無にされ、若干の虚無感を覚えたカティはぼやいた。


「まあ、そう言うな。

 鹵獲品に発掘品と、ようやくボスに献上できるものが手に入ったんだ。

 あんまり成果が無いと、この採掘拠点ディグポイントも閉鎖されちまう」


「ふーん……」


 ラグマンら商会所属のバンダーによる点数稼ぎであったが、カティにとってはどうでもいい話である。


「別に、ここが潰れても、他所に連れてかれるだけでしょう?」


「お前ら奴隷はな。

 だが、左遷される俺達の代わりにお前らの上役になるのが、みんなシメンみたいな連中 だったらどうする?」


「それは……嫌だなあ……」


 怯え以外の感情を顕にすることが少ないカティにしては、明確な嫌悪の声音にラグマンは苦笑した。


 シメンの評価は同僚の間でも低い。

 彼らゾーバン商会所属のバンダーにとって、奴隷は大事な商品である。

 立場の差を弁えているなら、無駄に傷つけて価値を落とすのは馬鹿げている。

 その大前提を無視して、己のサディスティックな欲求を満たすための仕置を行うシメンは、仲間からも見下げられていた。


「ラグマン、順調に進んでるぅ?」


 相変わらずお腹丸出しな装束のラームが格納庫に姿を現した。

 麻袋一枚で足がむき出しのカティらとどっこいな露出度だが、見た目の文化レベルは格段に差がある。


「あとは食料を搭載するだけですね」


「護衛は? あんただけ?」


「俺のリートスと、ガエンとグリーのバウンスです」


「三機も出すの?」


「今はお嬢が居てくださいますからね、ここの用心棒頼みます」


「あたしを顎で使おうなんて、いい度胸ねぇ。

 あっちの船の方がリーズナブルなんじゃないの?」


 係留ポイントに『快速クリッパーゾーバン』号と並んで停泊する、もう一隻のラフトラクターに流し目を向ける。

 二回りは小型の軽ラフトラクター『正直オネスティゾーバン』号だ。


「あっちは古いし、足も遅いですからね……。

 早くボスの所に荷を届けたいですし」


「まあ、あの船がまだ現役なのは叔父さんの拘りだけだもんねぇ……」


 正直オネスティゾーバン』号は大商人ゾーバンが若かりし日に初めて入手した、思い出のラフトラクターであった。

 その当時から奴隷を売り飛ばして稼いでいながら、そんな船名を名付ける辺り、ゾーバンという人物の偏屈さが窺える。


「ま、いいわ、ちゃんと荷物を叔父さんに届けてくれるなら、用心棒だってやってあげましょう。

 その間にチェスターを落としちゃってもいいわよね♡」


「お気に入りですねぇ、あいつの事」


「絞め落とされた分、判らせてやらないとね!」


 ケラケラと笑うラームに、ワークバウのコクピットから不思議そうな声が響く。


「チェスターを締め落とすんですか?」


「あっはははっ、違う違う。

 締めるのは首じゃなくて、

 教えてやったでしょう?」


 むき出しのへそからショートパンツに覆われた股間に掛けて指を滑らせるラームに、ワークバウの機体がひるんだかのように身震いすると、くるりと踵を返した。


「……仕事、します」


「あはは、少しは照れるようになったぁ?」


「……呆れてるんです」









 ゾーバンディグ3に駐屯するバンダーは員数外のカティを除いて五名。

 ラグマン率いる『快速クリッパーゾーバン』号が3機のカラドギアを搭載して出航すると、残りのバンダーは二名となる。

 居残りのうちシメンはチェスターに鎖骨を叩き折られたせいで、まともに操縦できる状態ではない。

 暴れるなら今がチャンスと言えた。


「でも、あの女が居るんだよね……」


 トイレと偽って穴掘りから抜け出したキアは、二機のカラドギアが並ぶ格納庫を覗いて呟いた。

 商会主の姪だとかいう女バンダーが乗ってきた機体は他所に置いてあるらしく、ここにはない。

 不確定要素だが、そもそもがこの暴挙自体が不確定の塊だ。


「いいよ、やってやろうじゃん、こん畜生……!」


 キアは獰猛に唸って気合を入れると、格納庫に忍び込んだ。

格納庫は採掘拠点に取って命綱の用心棒であるカラドギアが納められている。

 それにも関わらず、警備とも言えないような杜撰な人員配置しかされていないのは、長く何事も起きなかったため油断しきっているからだ。


 キアはカードゲームに熱中してロクに周囲を見ていない警備員を大回りに迂回すると、2体並んで座り込んだカラドギアの元に辿り着く。

 駝鳥めいた非人間型のリートスと、縦に並んだ二連カメラアイを持つバウンスだ。


「こっちの、頭がある奴の方が扱いやすいんだっけ」


 人間型の機体、シメンのバウンスによじ登る。

 駐機状態の機体のコクピットハッチは開けっ放しになっていた。

 これ幸いとキアはコクピットに潜り込む。


「う、なんか臭い……」


 シメンの体臭か、饐えた匂いの漂うコクピットに顔を顰めながら、チェスターに吹き込まれた手順を思い出す。

 まずはサブモニター下に隠された引き出しを引く。

 キーが整然と並んだ入力用キーボードが現れた。

 バンダーは、首輪を介して直接的、直感的にコマンドを入力するため、普段は全く使われていない機器だ。


「えっと、左上の左から二番目のボタンを押しながら、パネルの脇のスイッチを入れる……と」


 実の所、チェスターが語ったカラドギアの起動方法は長ったらしく、その操作の意味もキアには判っていない。

 だが、これが「ワンチャン」を掴む最後の機会と信じたキアは必死で複雑な手順を実行していく。

 メインパワースイッチが押され、機体OSが起動する。

 起動時にサブ入力機器からの信号をキャッチした機体はメンテナンス用のBios操作モードへ移行した。


「こ、これでいいのかな……」


 外の様子を映さず、真っ暗な画面に文字を踊らせるサブモニターに、キアは不安げに呟く。

 唇を舐め、次の手順を教え込まれたままに『発声』する。


「ぼ、ぼいすとりがーもーど、おん!」


 ピッと短い電子音を立てて、サブモニターにマイクをシンボル化したシンプルなマークが浮かび上がる。


「りもーといんぷっと、おーるおふ!

 だいれくとこんとろーるもーど、おん!」


「おい、何してる!?」


 声を上げれば、当然気付かれもする。

 カードゲームに興じていた二人の見張りが、小型のポンプガンを手にこちらへ向かってくる。


「あ、あわわっ」


 キアは手を伸ばしてコクピットハッチ裏側のバーを掴むと、力任せにハッチを閉めた。

 ちゅんっとハッチの外側で弾丸が弾ける音がする。

 ハッチを閉鎖したコクピット内はマイクのシンボルマークを映すサブモニター以外の光源が無くなった。


「急がないと……す、すりーぷ、とぅ、くるーず!」


 最後のボイストリガーと共に、バウンスの縦に並んだカメラアイが点灯した。


「や、やった!」


 カメラが捉えた光景がコクピットハッチの裏側に仕込まれたメインモニターに映し出される。 

 見張りの男達が起動したカラドギアを驚愕の目で見上げているのを把握し、キアの唇が吊り上がった。


「今まで、さんざんやってくれちゃってさぁ……お返ししてやるっ!」


 左右のレバーを握ると、力任せにペダルを踏みこんだ。

 バンダーの神経系を利用した精妙なトルク制御が行われていない完全手動操作のバウンスは、一杯に踏み込まれたペダルの指示に従ってアクチュエーター全開の力強い一歩を踏み出す。

 そして二歩目の入力がされていないため、そのまま前方へ転倒した。


「うぎゅっ」


 シートベルトもつけていないキアは顔面からモニターに突っ込んだ。

 弾みで左右のレバーがでたらめに入力され、転んだバウンスは駄々っ子染みた挙動で両腕を振り回す。


「うおぉっ!?」


 薄っぺらいプレハブの外壁とコンテナが鉄腕で殴り飛ばされ、見張りの男たちは飛び回る破片から必死で身を伏せた。




 

「思ったより行動が早い子だな」


 格納庫の方で上がった土柱を見上げ、チェスターは感心したように呟く。


「さて、ぶっつけ本番で乗りこなすのは流石に厳しかろう。

 急ぐか」


 足枷の許す歩幅で、速足に移動を開始した。

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