第7話 古き雷

 キアという名の女奴隷が掘り当てた金属物は、直径1mの円柱の形状をしていた。

 さらに深い地中へと先端が伸びており、その長さは判らない。

 とても人力では地上まで持ち出せない代物という事で、カラドギアが駆り出される事になった。


「さあ早く引っ張ってよ、カティ!

 私のお宝!」


 大きく開いた倉庫の入口から伸びるワイヤーを握ったワークバウの足元で、キアが騒ぎ立てる。


「キアのお宝じゃ、ないと思う」


 操縦レバーを握るカティは、冴えない表情で本人に聞こえない突っ込みを呟いた。

 作業などよりも、先ほどラームに囁かれた端的な未来予想の方がよほど気にかかっている。


「わたしは、バンダーを産むために飼われてるんだ」 


 怒りや嘆きといったものは特に芽生えていない。

 半生を奴隷として生きたカティは、売られていく者、捨てられていく者を多く見続けており、そういったものはとっくに摩耗していた。

 だが、カティの胸に別方向の黒い感情が生じている。

 シンプルな嫌悪感だ。


 学など全くないカティだが、購入者が奴隷に求める何かしらの「用途」があるのだと漠然と理解している。

 自分の「用途」が判明したのは、それはそれで納得できた。

 だが、その方面で考えを進めると、どうにも受け入れがたい事も出てくるのだ。


「シメンさんとの子供は、嫌だな……」


 ラームが入れ知恵した知識は余りにも品のない方向に寄っており、基礎知識のないカティは「子供を作るには裸で抱き合う必要があるらしい」くらいしか、いまだ理解できていない。

 それでも単純にシメンと抱き合うのは勘弁だった。

 他のバンダーの男たちもカティを叱責したり、時にお仕置きする事もあるが、面白半分で頻繁に首輪の機能を使うのはシメンだけだ。

 嫌悪を抱くには十分な理由である。


 カティの中の男性好感度ランキングでは、ぶっちぎりの最下位だ。

 ちなみに現在の暫定トップは、昼食のレプタン肉をたくさん盛ってくれたコックのおじさんであった。


「シメンさん以外ならまだ……まだ?……うーん……?」


 ぶつぶつ呟きながら、首を捻った。

 相手がラグマンなどシメン以外のバンダーであったとしても、それが歓迎すべき未来なのか、我が事ながら測りかねている。

 そもそも、恋愛感情のような情緒が極端に発達していない状態で、一足飛びに子を孕む話などをされてもピンと来ようがなかった。


「ちょっとカティ! 何やってんの!」


「もう、うるさいな……」


 お宝を前に焦れたキアに怒鳴られ、カティは思考を打ち切った。

 レバーを握りしめると、連動してワークバウの三本指がワイヤーをぐっと掴む。

 ワイヤーの先では万力状の汎用アンカーが金属製の遺物をキャッチしているはずだ。

 カティの操作でワークバウはその場で半回転すると、ワイヤーを肩に担ぐ。

 

「んっ!」


 わずかに抵抗を感じながらもレバーを突き出し、ペダルを踏みしめる。

 ワークバウはずしんと踏み出しながら、背面アクチュエーターの力も動員してワイヤーを引っ張った。

 テンションが掛かり、ワイヤーがピンと張る。

 操作盤のタコメーターの針が振れていくのを見ながら、さらにペダルを踏みこむ。

 タコメーターの針がレッドゾーンに突入し、アクチュエーターの超過稼働の余波で機体各部からパラパラと錆の粉が零れ落ちた。


「もう少し……行けっ!」


 後方で栓が抜けたような高い音が響き、ワイヤーに掛かっていた張力がすっぽ抜けた。

 出力全開で闇雲に踏み込んだワークバウのバランサーが、カティの神経系に悲鳴のような制御不能情報を送り込む。


「わあぁっ!?」


 勢い余ったワークバウはスライディングのような姿勢で地に滑り込み、十数メートルの跡を刻んで停止した。

 ワイヤーで結びつけられた直径1m、全長5mの金属製円柱がくるくると宙を舞い、ワークバウの背面装甲に甲高い音と共に激突した。






 日が落ちて。

 拠点唯一の大型施設である倉庫には煌々と照明が灯っている。

 拠点を運営する5人のバンダーと、彼らの上位者であるラームが会議室に集まっていた。

 地下で発見された円柱状の遺物への対応会議である。


「それで、何故俺も呼ばれているんだ?」


 部屋の隅から不審げな声が上がる。

 手枷足枷を嵌められ、パイプ椅子に座らされたチェスターだ。


「手前、舐めた口を利くんじゃねえ」


 奴隷とも思えない大きな態度に、シメンが青筋を浮かべてパイプ椅子から立ち上がる。


「待てよ、シメン」


 バンダーの一人、ラグマンが冷静な声音で同僚を制した。


「あれだけの高性能機を乗り回していたんだ、知識のひとつも無いとは言わさんぞ、チェスター」


「乗る専門さ。 機械の事なんか知らない」


「だとしてもだ。

 少なくとも俺達と違う視点を持っているのは確かだろう。

 オブザーバーとして意見が欲しい」


「それで俺のメリットは?」


「お前が使える男だと、俺達が認識する。

 どうだ?」


「承知した」


 肩を竦めて同意するチェスターに、ラグマンも薄く微笑んで頷いた。


「それで、アレについて何か知らないか」


 ラグマンは顎で窓の外を示す。

 倉庫の脇には出土した金属筒が転がされていた。

 土に汚れながらも、錆ひとつ浮いていない金属筒にチェスターは目を細める。


「……知っている」


「知ってんのかよ! ならさっさと言えよ!」


「落ち着けって、シメン。

 それじゃあ、アレについて教えてくれ、チェスター」 


「アレは大昔の土壌探査機だ。

 片方の端に供えられた掘削機構で地面深くまで掘り進んで、どんな資源があるか調べるんだ」


 パイプ椅子に逆さまに腰かけて男たちの会話を退屈そうに聞いていたラームが、資源と聞いて目を輝かせる。


「それが埋まってたって事は、ここに何か資源があるの?」


「どうかな。

 あの手の探査機はヤガンナの入植初期に手あたり次第打ち込まれて、資源を発見すれば連絡を入れるという運用だったらしい。

 逆に言えば、いまだに地中に埋まってたあいつは、何も資源を見つけれなかったんじゃないのかな」


「なーんだ」


 途端にラームのテンションは下がった。

 資源を掘り尽くした現在のヤガンナでは資源探査機など無用の長物である。

 

「なんか役に立ちそうにもない機械だね、古物マニアにでも売りつけるしかなさそう。

 それよりも」


 ラームはにんまりと唇の端を吊り上げて、チェスターに流し目を向けた。


「機械の事なんか知らないなんて言いつつ、結構詳しいじゃない」


「……使えない男と認識されるのは損だからな」


「ラグマンに使えない男判定されたなら、あたしが貰って存分に使ってあげるよ♡」


「結構だ」


 そっけない言葉に、逆にラームの笑みは深まる。

 落とし甲斐がある方が楽しいらしい。

 不真面目な方向に流れかけた空気を、ラグマンが咳払いで追い払う。


「ついでだ、聞いておこう。

 お前のカラドギア、あれは何だ?」


「……何だも何も、自分で言ってるじゃないか、カラドギアさ」


「バッテリーなしで駆動しているがな」


 チェスターは小さく舌を打つ。


「ロストテックの塊みたいな機体を持ってたからって、侮るなよ。

 俺たちにもメカニックはいるんだ」


「……どういう原理かなんてのは本当に知らない、動かしてただけだからな。

 知っているのはあの機体の名前くらいだ」


 小さなため息と共に続ける。


「サクイカズチ。

 無限稼働実証試験四番機、サクイカズチだ。

 無限に動くんだってさ、信じるかい?」

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