第6話 イグニッション
「ねーえ。
あんた達、サボってんのぉ?」
甘ったるい声が幼馴染同士の緩い雰囲気に割って入った。
「ラ、ラームさん!」
モンドは弾かれたように直立不動になる。
彼女は商会長の姪という、シメンよりも明確に立場が上の人物と聞いていた。
叱責されるのだろうか。
だが、ラームは緊張するモンドを無視して、隣で俯くカティに歩み寄った。
「サ、サボってません、よ……?」
黒い前髪の下から上目遣いに見上げながら、カティはオドオドと言い訳する。
気心の知れたモンドや人当たりの良いラグマン以外の相手と話すのは苦手だ。
ましてや、高い地位と強力なカラドギアを併せ持つバンダーである。
下手に不興を買えば、シメン以上のお仕置きをされてしまうかも知れない。
何かと言い掛かりを付けられては電流を流されて昏倒するカティであったが、その状況に慣れている訳ではない。
そもそも、毎度失禁して醜態を晒す羽目になるのは勘弁して欲しい所だ。
怯えと警戒の視線を受けたラームは、にっこりと微笑んだ。
「その年でもう男を咥えこんでんだぁ?
やるねぇ」
「く、くわっ……」
絶句したのは声を掛けられたカティではなく、モンドの方だ。
カラドギアに搭乗する関係から大抵一人で労働するカティと違い、年上の奴隷と集団行動する機会も多いモンドは何かと下世話な知識も得ている。
つい先ほど、カティの腰回りを見ていた事を言い当てられたようにも思えて赤面した。
一方のカティは何を言われたのか判らない様子で首を傾げている。
何故か赤くなっている幼馴染の、自分と大して変わらない痩せぎすな体を見回してラームに向き直った。
「モンドは、あんまり食べ応えがないと思います……」
「あっはははっ、そうかもねぇ!」
的を外した受け答えにラームは爆笑しながらカティの顎に人差し指をかける。
「ほい、こっち向いて」
「な、なんですか……」
顎を持ち上げながら左右を向かせ、カティの顔をまじまじと眺めた。
「……まあ、素材は悪くないのよね、あんた」
実際の所、カティの顔立ちは幼いなりに整っている。
慢性的な栄養不足で肉付きが薄く、いつ電流を流されるか判らない生活のストレスで目元に隈が生じてはいるが。
「もうちょっと食べさせるように言っとくわね、肉付けないと」
「……ご飯、増えるんですか……?」
何もしていないのに食事が増える好待遇に、カティは喜ぶよりも不安そうな声を漏らす。
「そ、あんたもそろそろ月の物が来るでしょ、そしたらバンダーの子を産んでもらう事になるから。
こんな痩せっぽっちじゃ頼りないもの」
「えぇ!?」
当人よりも大きな驚きの声をあげるモンドにラームは流し目を向けると、カティの薄い尻を平手でポンポンと叩いた。
「悪いけど、この子はあんたの相手はさせられないよ。
あんたはバンダーじゃないからね」
「い、いえ、そんなつもりは、ないけど……」
モンドは口ごもりながら、ちらちらとカティの顔を窺う。
「産むって、えぇ……?」
他の知識同様、まともな性教育を受けていないカティは、眉を寄せながらラームを見上げていた。
その顔には不安や不満の色よりも、単純に話を理解していない疑問符だけが浮かんでいる。
「あぁ、
それじゃ、お姉さんが色々教えてあげようか♡」
面白い玩具を見つけたとばかりに、ラームはにんまりと笑った。
スコップを握る両腕を引きしぼり、硬い土に突き出す。
「ふむ……」
小さく頷くとチェスターはスコップの刃先を引き抜いた。
わずかに角度を変えて、再度突き立てる。
「いや、こうだな」
更に角度を微調整しつつ、何度となくスコップを振るう。
チェスターはスコップを短槍に見立てて修練を行っていた。
一突きごとに頷き、あるいは首を捻りながらの作業に没頭している。
奴隷に落ちた身を嘆くでもなく、課せられた労働の中で自分なりの楽しみを見つけている辺り、肝の太い男であった。
「ねぇ、ちょっと」
スコップ槍術に開眼しかけているチェスターの隣に滑り込んだ女奴隷が、小声で話しかけてきた。
シメンはすでに地上に戻り、他のバンダーと監督役を後退しているが、大っぴらに私語をする訳にはいかない。
「何だ?」
心得たチェスターは、スコップを振る手を休めず囁きで応じる。
「あんたさ、バンダーなんでしょ。
なんで土いじりなんかさせられてるの?」
「知らんよ。 俺をカラドギアに乗せるのが怖いんじゃないかね」
精悍な顔に太陽のような自信の微笑みを湛えるチェスターに、女も笑みを浮かべた。
影のある、追従の笑いだ。
「腕に自信があるんだ。
それなら、カティの代わりにカラドギア貰えるかもね」
「……なんで彼女の名前が出る?」
「あの子がここのバンダーで一番立場が下だから。
あんたがカラドギアに乗るとしたら、あの子の機体だと思うよ」
「ふむ……」
チェスターはスコップを振るう手をしばし止めた。
食事を持ってきてくれた、明らかに成長不良な少女の頼りない姿が頭に浮かぶ。
今まさに彼自身が行っている肉体労働をさせるのは、余りにも酷に思えた。
思案するチェスターへ、女は言葉に熱を込めて囁く。
「あんたがカラドギアに乗れるようになったらさ、少し便宜を図ってくれないかなあ」
「便宜?」
「うん、こっちもサービスするから、ね?」
他の奴隷同様に着せられた麻袋の裾を、わずかに持ち上げて見せる。
つい先ほどまでチェスターの周囲をうろうろしていたラームよりも肉付きがよく、栄養状態の悪さとは裏腹に健康的な太腿が大きく露出していた。
チェスターは不快げに眉を寄せる。
「どうしてそう、はしたないんだ……。
あのラームって女といい、俺はそんなに色仕掛けに弱そうに見えるのか?」
「だって、他に出せるもの無いし。
カティにはこんなの効かないしね」
「俺にだって効かないよ。
こういうのは好みじゃない」
「あら、男の方が好きなタイプ?」
「そういう趣味でもない」
チェスターはため息を吐くとスコップを肩に担ぎあげた。
「カラドギアを任されたとしても、便宜を図る裁量まであるとは思えんがね。
だから、こういう話は無しにしてくれ。
……俺は向こうを掘る」
チェスターは女に背を向けると、もう話したくないとばかりに作業場所を変えた。
残された女は逞しい背中に舌を出す。
「何よ、硬派ぶってさあ」
袖にされた苛立ちをスコップに込め、ふくれっ面の女は力任せに地面を突いた。
チェスターのスコップ槍術(鍛錬中)で脆くなっていた土に、スコップの刃先がめり込む。
彼女の予想以上に深く刺さったスコップの切っ先が、何か硬いものに当たって止まった。
「え、何?」
思わぬ手応えに驚いた女は、地面に向き直ると慎重に土を掬う。
地下に持ち込まれた僅かな照明を反射する、明らかに金属の輝きが土の中から現れた。
「な、何か出た!? うそ、この遺跡って当たりあったんだぁ!」
興奮した女は、慌てて監督官を呼びに走った。
出土品を掘り当てたとなれば、ボーナスのひとつも期待できる。
もしかしたら我が身を買い取る事だってできるかも知れないのだ。
駆けだした女のスコップが突き刺さった土の中。
僅かに露出した金属の表皮の奥で、小さな電子音が鳴っていた。
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