第5話 幼馴染
ゾーバンディグ3では基本的に足枷は用いられない。
拠点の周囲はひたすら荒野が続き、乗り物無しでは間違いなく行き倒れるからである。
足枷どころか手枷まで嵌められたチェスターは、異例の存在と言って良かった。
両手首の鉄輪を繋ぐ鎖には肩幅ほどの長さの鉄パイプが通され、両手を組み合わせる事も出来ない。
鎖骨を叩き折るハンマーパンチの威力をシメンが警戒した結果である。
足枷も含めて不自由な動きの中、奴隷の身のチェスターは労働を課せられていた。
スコップの柄を左手で握り右手で尾部を押さえる姿勢ならば、手枷もさほど邪魔にはならない。
グレーのパイロットスーツを剥ぎ取られ、代わりに与えられた麻袋を腰に巻いたみすぼらしい姿のチェスターは、暗い地下で黙々と穴を掘る。
ゾーバンディグ3の中心を占める倉庫に秘められた入口から潜った地下遺跡。
旧時代の建物の残骸を、チェスターを含めた多くの奴隷たちが人力で掘り返していた。
地下深くまで掘り進めながらも換気装置など設置されておらず、汗まみれで働く奴隷たちの熱気もあって息苦しい。
こんな過酷な環境こそ強力な重機であるカラドギアの出番であろうが、この遺跡に投入されることはない。
足場が悪く狭い地下にカラドギアで侵入する事は難しいという理由もあるが、一山いくらの奴隷ならば使い潰しても惜しくはないという凄惨な理由もあった。
普段は湿度と熱気とは裏腹に諦めきった沈鬱な雰囲気が漂う地下遺跡に、今日は場違いな甘い声が響いている。
「ねーぇ、チェスター。
ちょっとは考えてくれたぁ?」
肌も露な服装のラームはチェスターの広い背中にチューブトップの胸を押し付け、蕩けるような声音で囁いた。
対するチェスターの声音は素っ気ない。
背中にラームを張り付かせたまま、黙々とスコップを地に打ち付けている。
「もぉーいけずぅー。
あたしの男になれば、色々便宜を図ってあげれるよ?」
「打算で女を抱く趣味はない」
「じゃあ打算じゃなきゃいいって事だね?
ほーら、ほーらぁ♡」
完全に脈のないチェスターの言葉を都合よく解釈したラームは、裸の逞しい背中に押し付けた胸を主張するように体をくねらせた。
チューブトップの薄い布地一枚を通してチェスターの背中とラームの胸が擦れ合う。
だが、チェスターの精悍な顔は微動だにしない。
生真面目なのか、ラームの悲しい程に薄っぺらい胸に感銘を受けないのかは定かではないが、目の前でいちゃつかれれば監督官を勤めるシメンの不快感も増す。
「お嬢、ちょっといいですかい」
「何よぅ」
露骨に不機嫌そうに応じるラームに内心ひるみながらもシメンは奴隷達の手前、毅然と言ってのける。
「周りのやる気が失せるんで、後にして貰えませんかね」
「ふーん、あたしが他所に行ったら、その間にチェスターを苛める気なんじゃないの?」
「……そんな事は」
ちょっとは思っていた。
歯切れ悪く答えるシメンに、チェスターの背中から離れたラームが歩み寄る。
ラームは艶やかな唇を小男の耳元に近づけて囁いた。
「あのカラドギアの出所も知りたいんだ、あんまり電気びりびりやったらダメだよ。
頭あっぱらぱーになっちゃう」
「てっきり完全に色ボケちまったのかと思いましたが、ちゃんと考えてるんですね、お嬢」
「いやいや、チェスターを誑し込みたいってのは本気だよぉ。
あのお堅いのがいいじゃないのさ」
途端にニヘラと締まりのない顔になるラームに、シメンはうんざりしながらタブレットを差し出した。
「そんなにやりたいなら、こいつをお貸ししましょうかい」
「いらないよ、あたしはサドじゃないんだ。
大体、そんなのに頼ってたら女が廃るってもんだよ」
言いながら露出の多い肢体をこれ見よがしにくねらせるラームであったが、巨乳派のシメンは全く感銘を受けずに小さく鼻を鳴らした。
人間が食べ物無しでは動けないように、カラドギアもまた電力無しでは動けない。
電力を備蓄するバッテリーはあるものの、発電機を持たないカラドギアは運用に外部電力を必要とする。
カティのワークバウは両足を前に投げ出す姿勢で座り込み、股の下に供えられた充電ポートを展開していた。
荒野を渡る風を受けて勢いよく回転する風車の一基から、ワークバウへとケーブルが伸びている。
「カティ、ケーブル差し込んだぞ」
ケーブルの端子をワークバウの充電ポートにセットしたモンドは、開きっぱなしのコクピットハッチへ声を掛けた。
「ん……いいよ。
電気来てる」
カティは操作パネル下部に設置された液晶サブモニターに映し出される充電マークを確認して頷いた。
文字は読めないが、シンボライズされた表示ならば直感的に理解できる。
レプタン肉を腹いっぱい詰め込んだオペレーターと違い、ワークバウは随分腹ペコだったらしい。
「充電、夕方まで掛かるかな……」
これまでの経験から大体の充電時間を判断すると、カティはバケットシートに身を沈めて目を閉じた。
ワークバウが動けないとなれば、同年代の子供よりも一回りは小さく力もないカティの出番はない。
腹もいっぱいだし、これ幸いと一休みである。
「なんだ、サボりかよ」
コクピットハッチの縁から覗き込んで笑うモンドの揶揄い声に、薄目を開けた。
「充電中だよ、この子も、わたしも」
「昼にあんだけ食って補充したんじゃないのか。
お前、丼三杯も肉食ってたろう」
モンドは呆れながら、麻袋ワンピースに覆われたカティの腹を見る。
あれだけの質量はどこへ消えたものか、いつもと変わらぬか細さであった。
「育ち盛りだもの」
「どこも全く育ってなくね?」
気楽な言葉の応酬は奴隷同士の気安さであり、付き合いの長さでもある。
カティがゾーバン商会に捕らえられた時、すでにモンドは年少の奴隷として小間使いに追い回されていた。
五年が過ぎた頃には、かたやスレイバンド、かたや少年奴隷のまとめ役へと成長していた。
同じ年頃の奴隷は何人も居たが、あるいは息絶え、あるいは売り飛ばされ、付き合いの長い者はもう残っていない。
ある意味、幼馴染のような関係とも言えた。
「新しくバンダー捕まえてきたんだってな。
スレイバンドが増えるのかね」
「多分ね」
「新入りが扱う機体あるのかねえ」
「さあ?
本人が乗ってた機体はなんか立派だったけど、多分それは取り上げられると思う」
「じゃあ、その新入りの腕が良かったら、この機体取り上げられるんじゃねえの?」
軽い思いつきのようなモンドの言葉に、カティは眉を寄せた。
「それは……嫌、かなあ」
バンダーである事に執着はないし、ましてや誇りなどある訳もない。
だが、カラドギアに乗らない自分が役立つ事などないと自覚していた。
きっとシメンなら、役立たずに食わせる飯はないと罵るだろう。
嫌な想像に顔を顰めるカティの耳を、サイドモニターが発するビープ音が打った。
「お、なんだ?」
「あれ、電気が来てない」
「風車回ってるぞ?」
「ん-……」
カティはバケットシートから立ち上がると、コクピットから出る。
投げ出されたワークバウの両足の間に飛び降りると、充電ポートを確認した。
「ちゃんと刺さってる……」
「だよな、カチって音がするまで差し込んだぜ」
「風車の方かも」
ケーブルで繋がれた風車へと小走りに走るカティにモンドも続く。
風車は風を捕らえ、順調に回転していた。
カラカラと回る羽根を支える胴体の低い位置に汎用ポートが取り付けられ、その隙間にケーブルは潜り込んでいる。
「中で端子が抜けてるのかな?」
カティは四つん這いになると、風車のポートを覗き込んだ。
「うおっ」
短いワンピースのような麻袋で辛うじて隠れたお尻を向けられたモンドは、ドギマギと目を逸らした。
初めて会った頃から、それほど背丈は変わっていない幼馴染だが、慢性的な栄養不足なりに肉付きは変化しつつある。
細く頼りないが、子供っぽい直線から優美な曲線へと成長しつつある腰回りに、モンドはそっぽを向きながらもちらちらと視線を走らせてしまった。
「やっぱり抜けてたよ」
風車側の端子をセットし直したカティは立ち上がると、膝に付いた砂粒を手で払う。
「……どうしたの?」
「い、いや、何でもない」
わずかに頬を染めたモンドに、カティは不思議そうに小首を傾げた。
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